全幅の信頼を Ⅱ
自分の父を助けるために、子を父親にぶつける。
何とも残酷で冷酷で自己中心的な決断だ。
ただし、決して二人を疑っている訳では無いとは視線で伝える。空気で信頼しているからだと周囲に知らしめる。先鋒として痛撃を与えうるのは二人が適任なのだと、誰しもに訴えるのだ。
「第三軍団も左に寄せ左翼を厚く、一方で右翼に連れては敵に回り込まれないように横に長く薄くします」
「射線陣か」
ティツィアーノが小さく、されどマシディリに聞くようにこぼす。
ええ、とマシディリは肯定した。
厚くした一翼で敵の一翼を打ち砕く攻撃。記録上最初にこの戦術を使用したジャンドゥールも左翼を厚くし、敵右翼に陣取るドーリス王直属の部隊を粉砕しているのだ。
ただし、その後に起こった射線陣を用いた別の戦いではドーリス人の決死の攻撃により、射線陣を実戦で使用できるモノに昇華した人材の悉くを討ち取られてもいる。
以後、似た作戦は所々で実行されてきた。成功と、それ以上に失敗もして。
「戦場ではマルテレス様が主導しているかも知れませんが、話を聞く限り反乱自体の主導はインテケルンやイエネーオス、スィーパスの可能性が高いと思えるのですが。流石にインテケルンは見抜いてくるのではありませんか?」
質問者はスキエンティ。
マシディリは、いつも以上にとげとげしく聞こえないように気を付ける。
「見抜いて、どうします?」
うん。この声ならば勘違いはされないだろう。
言葉だけなら厳しく取られかねないが、声自体は自画自賛できるようなモノに上手くなった。
「数で勝る左翼を前進させ、こちらの右翼を先んじて攻撃します。イエネーオス、スィーパスと攻撃力はある以上、取れない作戦では無いでしょう。マシディリ様は不在でしたが、第二次フラシ遠征での二人の突破力は目を見張るものがありましたので」
「その二人に劣る者を高官として選抜した覚えはありません」
はっきりと。
自信を込めて。
背筋を伸ばし、顎は少しばかり引くが目は遠くをはっきりと見据えるように。
「軍団の質もこちらが上。縦深が浅く成る以上、時間は敵の味方ですが、隊列の変化と維持、採択できる作戦の複雑さではこちらが上です。
敵が前進するのなら、こちらもより広く横列を伸ばし、片翼包囲を狙うように動きましょう。その際、くれぐれも隙を見せないように。非常に難しい行動ですが、出来ると信じているから此処に呼んでいます。
そうして広げていけば、敵には必ず隙が生まれます。小さな物でも構いません。マルテレス様は拘束しているのですから、恐るべき精度でこちらの隙を突く可能性は低く、こちらが先手を取れる可能性は高くなっています」
真っ直ぐな目を、愛弟に注ぐ。
「アグニッシモ。
そこを、突いてくれるね」
アグニッシモの目が大きくなった。口角も上がる。胸も膨らんだ。
「はい!」
マシディリも口角を上げ、頷いた。
「敵戦列の一部を破壊後、傍にインテケルン様がいる様であれば、インテケルン様の排除を。いないのであれば、右翼へ。
作戦は変わりません。
マルテレス様に対しては数的優位を築き、敵の頭を潰します。
頭をもいだ蛇の体が巻き付いてくることはありますが、それ以上はもう実行できません。毒も無く、非常に美味しい肉としかならないのです。
あくまでもマルテレス・オピーマを討ち取るのが勝利条件。射線陣もそのための策の一つに過ぎません。
性格上、マルテレス様は精鋭による突破を戦局を変える絶対手として用意していますし、傍に控えさせても居ます。かと言って使い渋ることも無く、必要とあれば繰り出してくるでしょう。
決殺の手を真正面から打ち破るのは非常に困難です。しかし、敢えて打たせ、あるいは打つ前に一気に決める。
私は、少し早めに前線に出ます。どう見えるかは分かりませんが、こちらが劣勢ならば士気を上げるのに役立ち、優勢ならば敵はそこに逆転の好機を見出すでしょう。
突撃してくるのなら、構いません。
私を囮に第三軍団全軍を以て最精鋭ごとマルテレス様を包囲し、確実に殺します」
拳を硬く握る。
(愛しい炎の先で)
即ち、マシディリはエスピラより先に死ぬことは無い。
あるいは、マシディリが死ねば神託が外れたことになる。
「私が指揮を執れなくなった時は、アビィティロが全軍の指揮を。次にファリチェ様。ティツィアーノ様。マンティンディ。そこまで来ても誰も執れないのならグロブスが執り、撤退を」
尤も、ファリチェとティツィアーノもその状況になれば撤退よりの考えになるだろうが。
「一部、本来であれば招集したい人材はいましたが、此処にいる皆さんが私が思う最高の布陣です。提案した作戦ができないと言うのであれば、仕方が無いでしょう。
言うのは単純。ですが、戦場での隊形変化と秩序を保ったままの行軍と言う非常に難しいことを要求しているのですから。
ただ、私はこの練度の高さこそが最大の武器だと思っています。
敵より優れた部分を押し付け、そこでの戦いとし、勝利をつかみ取る。
勝つのは、アレッシアだ」
握った拳を胸の前に。
音を立てて足を揃えたり、マシディリと同じ行動をしたり。高官が気を引き締めたことを態度で示してくれる。
「マルテレス様が右翼にいない可能性もあるのではありませんか?」
雰囲気を変えかねない発言の主はこの場の最年少であるヴィルフェット。
非常に勇気ある行動だ。若さゆえの無謀では無いのは、ぴたりと閉じた膝が物語っている。
「マルテレス様は右翼で指揮を執ります。それがエリポス式ですから」
無論、アレッシアでも取り入れられることが多い。
エスピラは基本的に中央にいたが、騎兵突撃が得意なマルテレスは騎兵と共に居た方が良いと言う理由もある。
「何より、私との決戦を望んでいるのなら、マルテレス様は右翼に陣取り私を待っているでしょう。そう言う方ですから」
とは言え、と目を細める。
「左翼にいるのなら、右翼を破壊した後で敵軍を南に押しやります。クルムクシュからは離れてしまいますし、マルテレス様からすれば父上がいつ来るかは分かりませんからね。
マルテレス様はやはり突撃に攻撃を変えるか、あるいは一度退くか。
こちらの最右翼はティツィアーノ様に担当していただきます。軍団の繋がりでボダートとスキエンティも近くに。騎兵としてヒブリットを。軽装歩兵としてコパガも配置します。
ティツィアーノ様は自他ともに認める父上の弟子。ボダート、スキエンティ、ヒブリット、コパガは伝令部隊出身者であり父上の薫陶を受けています。作戦思想に大きな齟齬なく、務めてくれると信じています。
それから、マルテレス様が中央にいた場合は敵両翼の打撃に考えを変え、中央突破による分断だけはされないようにと言う消極的な作戦に切り替えます。この場合、会戦は二度以上行いましょう。戦場を離れれば時間はこちらの味方ですから。
仮に、マルテレス様が中央で騎兵を揃え、敵中央歩兵も道を開けるだけの隊形変化が出来たのなら、撤退です。此処にまで対応する手を用意していてはこちらの予想通りに進んだ場合でも決定力に欠けてしまいます。この場合は負けましょう」
本来。奇襲とはそう言うモノだ。
これが、逆に奇襲ばかり用いる者であれば備えることもしただろう。そして備えてしまえば勝つのは容易い。
中央の、しかも大軍同士の激突で中央にいる騎兵はその足を失いやすいのだ。
騎兵である利点を消失させ、こちらは騎兵の利点を活かして両翼を突破。囲いつつ一部を開けてしまえば勝利は容易い。
即ち、奇襲を活かすのは王道。
良く用いられる道こそが奇襲の効果を何倍にも上げていく。同時に、良く用いられるのは対策されていても強いから。
特に、マルテレス・オピーマが用いるとなれば、手を読み切ったところで幾重にも策を用意しないと踏み潰されて終わってしまう。
「大丈夫ですよ。マルテレス様は私の師匠なのですから。師匠が弟子の挑戦を逃げるはずがありません」
それでも。
(父上のために)
末弟の顔も浮かぶ。まだラエテルと同じ年齢だ。
まかり間違っても、父親まであの年齢で失って欲しくない。




