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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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正式な招待状を Ⅱ

「グロブス」

「はい」

「頼みごとが多くて申し訳ありませんが、前線基地の構築をお願いします。敵が少なければ、そこで防衛を。多ければすぐに撤退してきてください」


 棒を指した地点は、此処から少し離れた場所。されど、敵に前線基地を作られると少し厄介な場所だ。

 こちらの有利を、と言うよりは、嫌な手を潰すための一手。同時に、敵に圧もかけられる。少数でこちらを抑えることを嫌がらせたいのだ。


「ご期待に沿う活躍を必ずや」

 グロブスが頭を下げる。


「アグニッシモ」

 そして、しぼんでしまった弟へ。


「グロブスと一緒に前線へ行ってください」

 血色を良くした弟が、また唇を締め直した。

 任務、と言うよりもマシディリの言葉遣いによって、だろう。



「マルテレス様は優れた戦術眼を発揮される際、『色』と言う表現を使っていました。


 アグニッシモ。同じだよ。恐らく、アグニッシモだけがマルテレス様と同じ景色を共有できているはずさ。マルテレス様の最大の鋭さをいち早く察知し、潰すことができるのは、アグニッシモだ。


 私はそう信じているから、そのためにアグニッシモを使う。それが今回のアグニッシモの役割だ。分かってくれるね?」


「兄上!」

 ぱあ、とアグニッシモが明るくなる。


 良い子だ、と、つい愛息と同じような感情を抱いてしまうが、まあ、仕方が無い。むしろ強力な戦術的な能力があるからこそ、母は父が何か言うまで他の方面を伸ばそうとはしなかったのでは無いかと勘ぐってしまうほどでもある。


(性格の問題ですね)

 だが、ヴィルフェットに対して自慢げに胸を張るアグニッシモを見て、先の考えを追いやった。


「ジャンパオロ様」

「はい」

「クルムクシュ包囲軍の包囲を完全にお願いすることになると思います」

「お任せください」

「ですが、一部、恐らくマルテレス様の本隊に家族がいると思われる者を捕虜に出来ましたら、こちらへ引き渡しをお願いします。作戦に使いますので」


 と、言っても容赦する気は無い。

 全面降伏を認めるつもりは無いのだ。敵もするつもりは無いだろう。するつもりなら、残されないし、既にしている。


 だからこそ、マシディリは攻勢を強めた。

 正確には、元クルムクシュ包囲軍の心への攻撃を強めたのである。


 主に稼働したのは投石機。

 こちらを昼夜問わず動かしたのはもちろん、投げたのも石では無い。排泄物だ。


 軍団兵だけで二万五千。此処に奴隷などの荷運びや馬などの動物が加わる。食事の量も凄いが、排泄物の量だってえげつないのだ。


 それを詰め、敵陣に投げ込むだけ。


 臭いも酷く成れば、見た目も悪くなる。何より病原菌の温床となり、食糧も口にするのもおぞましくなるのだ。井戸だけは確保されているが、果たしてどこまで無事で済むか。


(できれば、枯れ殺すとして)


 マシディリは、深く息を吐いた。両手を組み、肘は机の上へ。人差し指の側面に瞼を押し付けるような形だ。


 グロブス、アグニッシモ、マンティンディ、クーシフォス、ルカンダニエ、パライナは作戦行動のために陣を離れている。同時に、父からは手紙が届いた。念押しのように第三軍団のクルムクシュ以北の進軍を禁じる旨が書かれている紙も一緒である。


(父上は、マルテレス様が生き延びると考えている)


 あるいは、生きていて欲しいという願望か。


 だが、マシディリとしては此処で殺すつもりだ。

 例え父に恨まれても。父を生かすために。


「お呼びでしょうか」


 静かな夜と共に、アビィティロが入ってきた。

 マシディリも顔を手から離す。少しだけぼやけた視界に、常通りのアビィティロが居た。


 手を払い、マシディリは全員に離れるように告げる。天幕に残るのはマシディリとアビィティロのみだ。アルビタやレグラーレすら天幕の外にいる。尤も、二人は入り口と背面の番になっただけだが。


「アビィティロ」

「はい」


 返事が早い。

 いや、いつも通りのはずだが、もう一拍空けて欲しいと思ってしまった。


「私は、マルテレス様を殺すための作戦を立てるつもりです」


 返事は、言葉では無く首肯。

 あくまでもその次の、マシディリの言葉を待ってくれている。


「父上のための作戦です。父上を、万が一にも失いたくは無いのです」


 吐き出した熱い息が、喉を針で突き刺すようにちくちくと。いや、ちくちくを越え、はっきりと内から外に飛び出てきているようで。


 マシディリは、ゆっくりと一度瞬きをした。


 やや下に向けた視界には、アビィティロの表情は映らない。


「アレッシアのためにと言う感情が出てきません。それでも、きっと、私はアレッシアのためにと言って私欲のための戦いに兵を駆り立ててしまうと思います」

「よろしいかと思います」


 返事が早い。

 マシディリに一切の思考を許さない速度だ。

 上げた視界に映るアビィティロの顔にも、迷いは見えない。


「以前にも述べましたが、エスピラ様を守ることはアレッシアの利益に繋がります。エスピラ様の存在は士気にも関わります。エスピラ様だからこそと言う面は多分にあります。

 エスピラ様を守ることこそがアレッシアのためになっているのかと。


 それから、マルテレス様に勝てる可能性が最も高いのはマシディリ様。そのマシディリ様に戦う意欲が満ちているのなら言うことはありません。師弟関係によって躊躇いが生まれることこそが恐れられていること。


 マシディリ様が私欲だと迷われるのなら、私はそこに公的な意味を付け加えましょう。

 それが私の仕事です。そして、私欲に染まり過ぎたと思えば止めるのも私の仕事。

 マシディリ様。


 貴方の行動は、まだアレッシアのためになっております」



 間が空き、それからマシディリの口から息が漏れる。

 頬も上がった。


「随分と」

 くすり、と笑い、それから自信に満ちた不敵な笑みに表情を変える。


「やりましょう。英雄殺しを」

「是非とも成し遂げましょう」


「戦いに勝つのは我々です」

「勝つまでやるだけのこと」


「頼りにしています」

「失望はさせません」


 ぐ、と。

 拳を握りしめる。


 戦場でのあれこれを見て学び、駆け回って確認したのはマルテレスの下でだった。

 軍団に於ける後方管理もマルテレスの軍団で学び、マルテレスの軍団で認められ、財務官での仕事にも繋がったのだ。


 恩師である。

 そのことに変わりは無い。


 幼き頃に良く遊んでもらった思い出は今も鮮やかに残っている。

 気の好い人であり、大好きな人だ。

 そのことが変わることも無い。


 だが、殺る。


 天秤にかけた時、大事なモノは何か。

 どちらも救うように動けだとか、どちらも救えだとか。必要なのは理想論では無いのだ。


 マシディリだって、どちらも救えるように手は尽くしたが、どこかで諦めなければどちらも失う。それだけは避けねばならない。


(理想論は、現実を見る者だけが語ることを許される)


 強い視線と共に、マシディリは武具を並べ、手入れを施した。


 ボンシキリ族、灰燼に帰す。

 その報告が届いたのは、三日後。


 二万五千を潤すには足りないが、十分な戦利品も帰還と共にもたらされた。


 節度ある略奪。

 それは、アレッシアの象徴。エスピラもマシディリもやってきた行為。

 一人が取れる数、国庫に入れる物、順番、優先順位を決めた略奪だ。


 兵の統制を保つためと言うのが大きな理由であり、兵たちの楽しみ、臨時給金の時間でもある。略奪の禁止は兵のやる気の低下、装備の質の低下、生活の低下、ひいては軍団の弱体化に繋がるのも周知の事実だ。


 そして、マルテレスは基本的に禁じているのも誰もが知っていること。

 つまりは、この行動こそがクーシフォスとルカンダニエによる決別宣言。


「準備は、整いましたね」


 マシディリは誰にでも無く言い、占い師に吉日を出すようにと触れを出したのだった。

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