表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1284/1590

正式な招待状を Ⅰ

 包囲した敵軍に対し、マシディリはさほど攻撃は加えなかった。

 包囲を頑強にすることもしない。徹底して見張り、沈黙を貫いている。


 理由は単純だ。

 決死の覚悟による攻撃を受けたくは無いから。それだけである。それだけであるので、本隊が到着すれば一気に様相を転換させた。


 まずは、到着前にある程度木枠を完成させる。

 次に、到着を夕方になるように調整させ、第三軍団の訓練を壁の組み立てに完全に変えた。

 最後に夕方と言う本格的な会戦に不向きな時間に包囲壁の構築を開始する。


 無論、敵も抵抗した。

 攻撃は相次いだ。


 だが、マシディリの手にはもう数多の物資がある。

 その中から攻城兵器を選び、敵軍に打ち付けても良かったのだが、やはり此処でも本格的な攻撃はされたくないのだ。


 故に、選んだのは葦の玉。咳き込む煙を自陣から発し、敵の攻撃意思を削いだのである。風向きを見て、自陣に来そうなところでは深めの穴を掘ってから玉を入れ、火をつける。


 相手からすれば意味不明の攻撃でもあるのだ。

 煙の中に入ったら、何故か咳が止まらなくなった。最初に疑うのは、妖術や神罰の類。共に使うのがアレッシア語であるならば、戦場での扇動も容易。


 結局、敵軍の抵抗は一晩中続いたが、アレッシア軍は壁の骨組みを作ることに成功した。

 あとは本格的な壁を構築しながら、同時に投石機やクルムクシュ壁上からの攻撃を開始する。


「さて」

 人の数と物の数で敵を圧倒しながら、マシディリは叩くように手を合わせた。

「そろそろマルテレス様を案内しましょうか」


 レグラーレが顔を上げる。

「マルテレス様も決戦を望んでいるのならやってくるのではありませんか?」


「それでも、招待状は正式な物を送るのが礼儀ですから」

 そう言って、マシディリは全高官に集合をかけた。


 アビィティロ、グロブス、マンティンディ、ルカンダニエ、アピス、ウルティムスの第三軍団はもちろん、ファリチェ、ヴィエレ、スペンレセ、パライナ、ヴィルフェットの第七軍団。そして、再編第四軍団の半分であるティツィアーノ、ボダート、スキエンティ。騎兵のアグニッシモとクーシフォス。加えて、ジャンパオロ。


 合計十七名がすぐに集まった。

 レグラーレやアルビタもいるため、二十名が一つの天幕に会合すれば、随分と狭くも感じるモノである。


「さて」

 マシディリは、高官を見渡した後、ヴィルフェットに目をやった。


 マシディリの副官として名高いパラティゾや信頼厚い長弟であるクイリッタを外しているのに、二十二歳のヴィルフェットが高官として抜擢されている。


 マシディリからの評価は知っていても、一番周りから品定めをされている存在だと言えよう。


「私がマルテレス様の立場だったら、どのように動くと思いますか?」


 旧伝令部隊の目がヴィルフェットへと向かう。口を開こうとしないのは、マシディリの意図を理解しているからか。


「ルカッチャーノ様に全力を傾け、決定的な勝利を収めてからマシディリ様との対決に向かうと思います」


 背筋を伸ばしたヴィルフェットが、堂々と答える。


「その意図は?」


「クルムクシュ包囲軍は残した時点で全滅を覚悟しています。助けたいと示すことはあっても、助けることは無いでしょう。それに、包囲軍を撃破したところでこちらが北方に抜けるのは悪手です。背後をマルテレス様に突かれる危険性がありますし、抜けた先にもまだ兵がいる。何より、アレッシアを攻撃に晒す行為ですから、政治的な敗北の結果此処で戦うことになった我らが北上することは出来ません。


 マルテレス様がそこまで考えているかは分かりませんが、マルテレス様としても挟み撃ちは避けたいはず。それに、マシディリ様に攻めかかるにはインテケルン様とイエネーオス様も揃える必要がありますが、ルカッチャーノ様には必要ありません。


 もちろん、ルカッチャーノ様も傑物です。しかし、数でも勝るマルテレス様が全力を傾け続ける相手でもありません。我らに対してインテケルン様かイエネーオス様を差し向け、遅滞戦術を繰り返している間にルカッチャーノ様を撃滅。その後、適当な地まで誘引してから決戦を行う。


 これが、私がマルテレス様の立場だったら採る作戦です」



 最後の一言がどうか、と言う問題はあるが、マシディリが振った意図を見事に読み切った完璧な回答だ。

 マシディリも口角を上げて頷き、「その通りだよ」と肯定する。


「挟み撃ちにしたいとは思っていませんが、ルカッチャーノ様を潰されるのは避けたいですからね。どうしてもこちらに呼び寄せる必要があります」


 そこで、と棒を手に、中央に広げている地図の一端を叩いた。


「ボンシキリ族を殲滅いたします」


 北方諸部族の一つ。諸部族の中でも大きな勢力範囲を持つ部族だ。

 マルテレスに同調して一部の者を同行させているが、五百を超す兵士を残している部族でもある。目的は、もちろんクルムクシュを解囲しようとする者への備えだろう。


「最大の攻撃力で、一気に攻め滅ぼします。

 クーシフォス様、ルカンダニエ。主力は任せました」


 これも、必要なことだ。

 二人はオピーマ派。しかも襲撃によって最後の一線を越えさせてしまった者達。

 だからこそ、マシディリは絶対の信頼を声音と視線から感じさせた。


「パライナはすぐ北の山に登ってください」


 そして、余計な言葉は付け加えない。

 あくまでも他の高官と同じように、それでいてこれまでと変わらない信頼をマシディリだけでは無く他の者からも示すために。


「その際、白い布を持つように」

「白い布ですか?」


 パライナが繰り返す。

 マシディリは首肯した。


「暗い中に青や黒のオーラを白い布に当てると、いつもより一気に明るくなりますから」


 パライナの両眉が上がる。

 理解してくれたらしい。


 頬を上げ、口角を上げ、にやりとしながら頭を下げて来た。

「かしこまりました」


「マンティンディ」

「はいさっ!」

 一番元気が良い。


「ボンシキリ族壊滅の監督を任せます。もしも大きく想定外のことが起これば、殿を務め全員を撤退させてください」

「お任せください!」


 略奪には関与できないが、重要な役目だ。

 クーシフォスやルカンダニエ、パライナとはまた別種の信頼の表明である。


「兄上」

 やや不満げな声は、アグニッシモから。


 上がった頬は心中に隠して、マシディリは冷たく手を振って愛弟の言葉を止めた。

 言いたいことは、分かっている。


「悪癖が続くようなら、アグニッシモ、お前でも処罰しなければならない私の気持ちを考えてくれ」


 冷たく、一つ。

 一気にアグニッシモがしぼんでしまった。拗ねた、と言うよりも本気で悲しんでいる様子である。


「私は用いるために信頼している者達を集めたつもりだよ、アグニッシモ。私の目への疑いならまだ良い。でもね、アグニッシモ。美味しいところをアグニッシモだけに取らせるため、と思われたら、それはマルテレス様と同じだ。

 結果は大事だけど、過程を築いた者からかすめ取るような形ではいけないよ」


 そして、イフェメラが反乱に追い込まれた原因もこのあたりと関係している。


 マルテレスの場合は、アスフォスが暴れ回りエスピラの戦略を破綻させた上に、褒美はウェラテヌスが出して補填したのだ。そのことも、マルテレス離れに繋がり、同時にマルテレス信奉者との溝になったのだろう。


(火種を失う、とは、このことでもあったわけですね)


 今になっては、後の祭りだが。


「はい」

 しょんぼりと頭を下げたアグニッシモが、力ない返事をする。


(そうなっては欲しくないんだよ)

 だからこそ、今は心を鬼にしたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ