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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1283/1591

解囲戦

 クルムクシュ解囲戦。

 この戦いは、マシディリの作戦通りに進み、マシディリの想定以上に円滑に終わった。


 まずはウェラテヌスの情報網をテュッレニアからクルムクシュに集中させ、敵の斥候の位置を割り出したのだ。その後に、敵に見せつけるように威容泰然とした軍団を見せつけながら行進させる。その際、攻城兵器にも見える多くの物資を運ばせもした。


 次に、敵の意表を突く速度で偽装敗残兵軍団でマシディリが近づく。


 敵としては当然、合流はさせたくないだろう。

 クルムクシュの包囲を続けるにせよ、マルテレスと合流するにせよ、ひとまずは待ち構える有利のある場所で敗残兵軍団を討ち取りたいはずだ。


 そのためにも、包囲軍は陣を出る。海上から兵を下ろして数も増やす。確認もしっかりとしようと偵察を繰り返すあたりはマルテレスが残した兵だけはあった。


 だからこそ、嵌めやすい。


 マシディリは、あえて兵を減らし、伏兵の位置を伝えるような僅かな痕跡を残して移動させ、四千まで減らした軍団で敵軍に相対したのである。


 この数は、迫ってくる敵兵以下。それも、最初に陸上にいた三千を意識した数である。本当はもっと多いことは知っていたが、この時点で兵数不利になるようにしたのだ。


 そして、開戦。


 戦闘は全員が参加できる訳では無い。だからこそ、奇襲する位置と兵数が大まかに分かっていれば十分に対応でき、対応されたことで敵に動揺が生まれる。動揺が生まれれば、その瞬間に実兵数は逆転するのだ。


 なるほど。包囲軍も見事な読みだったと言えただろう。


 それが、マシディリらに読まされていたのでなかったのなら。


 陸上での戦いは、じりじりと続いた。第三軍団は崩れなかった。一応、ルカッチャーノの真似をしてもらっている人に指示のオーラを飛ばしてもらう工程を挟んでも、崩れなかったのである。


 それは、敗残兵の度を越えていた。

 ルカッチャーノの指揮であれ、やや耐え過ぎていた。


 これがアレッシアに帰れば処刑されてしまうのならわかるのだが、タルキウスの当主にそんなことはしない。だと言うのに、兵の気合が十分なのである。包囲軍からすれば、敵の作戦は全て読み切ったはずなのに。


 決着。

 土地に明るいジャンパオロと一千の兵の隠匿起動、および、アグニッシモ・クーシフォス両名の率いる騎兵の強行機動によって到着した援軍が、敵軍団を決壊させた。


 逃げ道は、第三軍団の連携によって誘導する。クルムクシュに行く者やマルテレスの方へ行く兵は見逃して。残りは殺すか、はじき返した。


 そうしてたどり着いたクルムクシュは門が開きっぱなし。警戒した者は近づかず、中に雪崩を打って入った者はグロブスの配置した兵によって遠距離武器で確実に処理された。


 結果、敵兵はクルムクシュの壁伝いに移動してしまう。その軍団の側面を一気に押し、マシディリは敵兵をクルムクシュの壁と味方で包囲したのだ。


 一方の海上でも、グライオが完全な勝利を収めている。

 こちらは質が悪く、急造であっても船を集め、練度の低い水夫も乗せて数を増させていたのだ。一方で精兵船団の半分は乗員する兵数を減らし、物資も減らし、船速で数の減った包囲軍を上回らせたらしい。


 つまり、数と速度で圧倒したのだ。


 こうなれば、半ば奇襲を受けた形のオピーマ水軍に勝ち目はない。

 大部分を損失する被害を受け、ならば敵中突破だと意地を見せて見せかけの船団に突っ込んだ一部が逃げ切れただけであった。その一部も、さらに別れて死ぬために戻ってきたような者もいる始末。


「言葉にすると簡単ですが、恐ろしい戦果ですね」


 感謝を告げつつ、マシディリはウェラテヌス水軍の内、特に功のある者達への褒美とその分け方を用意しながらグライオを労う。


「父上が一番信頼していることに、誰も嫉妬はしないでしょう」

「ありがとうございます」


「もちろん私も、グライオ様を信じています。グライオ様が出られれば、その作戦は成功したも同然だと考えてしまって。今回も失敗した場合の次善の策を考えていませんでした」


「御冗談を」

「本当ですよ」

 大真面目なグライオに対して笑いかけながら、マシディリは羊皮紙を手渡した。


 ティツィアーノに預けた本隊はまだ到着していない。故に、今も稀に敵伝令の強行突破が続いてはいるのだ。

 マシディリは、彼らが東へ行くのなら見過ごした。北に行くのなら、殺す。伝令は必ずマルテレスの下に救援要請をしてくれなければ困るのだ。


「オルニー島からの物資が到着次第、追撃に移ります。まずはプラントゥムに於ける一大拠点グランディ・ロッホを攻略後、フラシとプラントゥムの海峡を封鎖し、敵経済拠点を破壊する方針です。陸には上がらず、あくまでも海から支援いたします」


「第一次ハフモニ戦争に於けるハフモニの戦略ですか」

「はい。ですが、我々はハフモニとは違います」


 たった一つの敗戦で処刑をすることは無い。

 内政と軍団が分けられているわけでも無い。

 何より、陸上でも勝つ。


「海を気にせず、物資の補給に頭を悩ませる必要が無いのは本当にありがたいことです。マルテレス様対策に頭を割けば、それでいっぱいになってしまいますから」


 もう一度、マシディリは感謝を告げてグライオと別れた。

 例え知り合いであっても分からないほどに全身を汚した伝令が現れたのは、グライオが去った日の内に。


「スペランツァ様から伝言です。『兄上がクルムクシュを解囲するのに合わせ、こちらも敵の包囲を打ち破ります』と。ですが、その、もう、終わってしまいました、よう、ですか、ね?」


 汚れ切った状態で合っても、気まずそうな顔をしているのは何となくわかる。

 マシディリはゆるりと笑いつつ近くの兵に新しい衣服と濡れた布を持ってくるようにと伝えた。


「クルムクシュ解囲戦は終わりましたが、マルテレス様と決戦するまでには時間があります。包囲を打ち破っても、即座に増援が来ることは無いでしょう」


 ところで、とマシディリは薄めた酒を手に伝令に近づいた。


「残存するアレッシア軍の状態を敵の状態を聞いてもよろしいでしょうか?」


 薄めた酒を兵に手渡す。

 ありがとうございます、と杯を掲げ頭を地面にこすりつけるように下げてから伝令が酒を飲み干した。



「スペランツァ様と共に山に籠る兵は一万程度。ですが、病が流行り高熱を発している者や足を痛めている者が多くおります。対して、白と緑のオーラ使いの数は足りず、常に疲労状態。物資調達の目途が無い以上、集めた物資を守る必要もありますから、攻勢に回せる兵は三千から四千。スペランツァ様はその予定で計画を立てているそうです。


 敵軍団は、現地兵を主軸とした二万。ただし、その軍団構成は部族単位を軸としており、二万を二万として運用する術はほとんど無いのでは無いかとスペランツァ様は見ておりました。ですが、勢いがあれば話が異なります。勢いのままに手柄を争って二万が襲い掛かってくる。そうなれば、流石に耐えきれません」


「アレッシア人やフラシ人、プラントゥム兵の数は分かりますか?」


「申し訳ありません。ですが、さほど多くないと思われます。騎兵は、まとまって滞在しておらず、ばらばらになっておりましたので、恐らくは部族単位で騎兵を集めたに過ぎないのでは無いでしょうか」


 口元に手を当て、考える。

 スペランツァのことだ。部族間に調略を仕掛け、「アレッシアが優勢になったら寝返れば良い」だの「最初は日和見に徹してくれ」だのと言う約束は果たせているだろう。


 が、多分、それは裏切る余地を残した交渉だ。

 そうしないと応じてくれないため、そうなっているはずである。


 何より、スペランツァは正確な情報を保持しておらず、情報が届くにも時間がかかりすぎる。


 ならば、此処で方針を決めなければ不味い。


「トクティス・ラクテウスを軍団長補佐筆頭、コクウィウム・ディアクロス、ケーラン・タルキウスを軍団長補佐とし、ミラブルム・タルキウスに騎兵五百を預けた四千五百の兵をそちらに送るつもりです。高官から見てわかる通り、再編第四軍団の半分です」


 尤も、戦力的には半分でも無い。

 ティツィアーノ、ボダート、スキエンティが居る方が半分以上の戦力を有しているのだ。


「事情を知らない彼らによる強襲を軸に、スペランツァの交渉を生かす形での決着を望んでいる、と伝えてきてください。ですが、ひとまずは私の本隊が到着するまで休憩を。温かい物も用意いたしましょう」


 マシディリが立ち上がる。時を合わせ、衣服と濡れた布を持ってきた兵が近くに寄って来た。渡す先は、当然汚れだらけの伝令。


「ありがとうございます」


 礼を言う伝令に、マシディリは褒美として更なる福祉を提供したのだった。


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