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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1282/1589

偽装工作

 自分に合った大きさの防具を見つけると、マシディリは刃こぼれのした剣を手に取り、思いっきり叩きつけた。それを、何度か繰り返す。そうすればまるで激戦を潜り抜けて来たかのような防具の完成だ。


 後ろでは、アビィティロが一部が壊れた鎧に布をあて、内側から牛の血を染みこませている。こちらも激戦の痕跡を色濃く残しているような見た目になってきた。


「負け犬の群れみたい」


 レグラーレ言葉に、マシディリは笑みを浮かべた。

 不敬? と足を引くアルビタに、マシディリは手を横に振る。レグラーレも良く分かっているのか、何の躊躇いも無しに近づいてきた。髪は、砂ぼこりでぱさついているように見える。


「敗残軍団に見えるのなら、嬉しいね」

「そこかしこである程度自然に見える傷のついた防具が完成しているのを見ました」

「一部は元々ついていた傷でもあるけどね」


 だからこそ、アビィティロのように中の衣服から血が見える物を作る必要があるのだ。


 防具の数は六千には届かない程度。少しばかり少ないが、元々が鹵獲品。主にジャンパオロが討ち取ったアスフォスのいないアスフォス軍団、当時は山賊、今はマルテレスに合流した者達から奪った品なのだ。しかも、分捕った者達から買い取ると言う形をとっているため、質の良すぎる鎧は手放さないこともある。


 それでも、ジャンパオロの協力もあり、一カ所に集めてしまえば壮観なほど揃ったのだ。


「嬉しい報告ついでに言えば、クルムクシュ包囲兵は北方諸部族とはさほど連絡を取っていないようでした。把握している情報も、ルカッチャーノ様にマルテレス様が勝った程度。都合良く言えば、連戦連勝に浮かれているような空気がありました」


「悪く言えば?」

 アルビタが引きつらせるように口角を上げた。彼なりの笑い方だ。表情筋が不器用に過ぎるが、此処にいる者達はアルビタが冗談交じりで言っているのだと分かっている。


「勢いは継続している。特に北方諸部族の参集については疑った様子も有りませんでした。以前、第二次ハフモニ戦争時にまだ無名だったマルテレス様が北方で見せた活躍に紐づけて。今一度、勢いをつけてアレッシアを呑み込むのだと」


 レグラーレの声は、静かに。


「じゃあ、止めないとね」

 常温の息を吐き、表情を冷たくする。掴むのは鎧の首元。がつん、と揺らした。


「停止。同然」


 アピスが完成したぼろぼろの鎧を持ってくる。

 見事な出来だ。泥の擦り付け方も上手く、どのように逃げたかの物語が浮かんできている。


「マシディリ様と俺達が出るからか?」


 マンティンディがにっかりと笑った。

 彼の鎧は、少々豪快に傷がつき過ぎている。


 元々近くにいたマシディリとアビィティロ。そこにアピスとマンティンディが近づけば、何かあるのかと言わんばかりにルカンダニエが静かに近づいてきた。彼の鎧は武器よりも砂や石で着けた傷が多い。


「既にルカッチャーノ様が少し止めていますよ」


 最精鋭第三軍団。彼らに優先的にぼろぼろにする防具を配っているのだ。

 代えを用意したくとも、マシディリは結局、大事な場面では彼らに頼るしかない。六千人をくじ引きで選抜し、訓練を変えてもすぐに隊形変化を習得する当たり、本当に優秀なのだ。


「これまでのマルテレス様の戦いは、犠牲者が出ても軍団は拡大を続けていました。ですが、今回は違います。変化と言い切れるほどの変動はありませんでしたが、ルカッチャーノ様は確かに離脱者を抑えることに成功しました」


 そもそもの兵数に開きがあり、戦闘による被害の多寡にも大きな開きがある。


 それでも、これまでと変わったのは事実だ。小さな変化であり、多くの軍団兵にとっては気にも止めないことだろう。だが、上層部は気を引き締めなければならないと感じているはずである。あるいは、インテケルンなどの一部は、だろうか。


 それならそれで良い。

 マルテレス軍団の中に温度差が生まれてくるのなら、付け入る隙を広げていくことは出来るのだから。


 そして、もう一点。

 確実な温度差を生むためにも。


「エスピラ様」


 伝令の兵が走ってくる。

 包囲網をかいくぐりクルムクシュに入ったグロブスを除く高官が集まっていることによってか、多少の驚きを見せていたが職務を優先してすぐにエスピラの傍に片膝を着いた。


「グライオ様が到着されました」

「お会いいたしましょう」

「既に、こちらに向かってきております」


 グライオ様ならやりかねませんね。

 マシディリはそう思い、近くで鎧の加工をしている兵を少々横にはけさせた。


 少しだけ時間をおいて、グライオが現れる。傍らにいるのはジャンパオロだ。


「お待たせいたしました」

 グライオが目を閉じる。


「いえ。こちらこそ、ご足労頂き感謝いたします」

 マシディリも感謝をこめ、目を閉じ、前髪が僅かに動く程度に顔を動かした。

 挨拶は此処まで。


「クルムクシュ奪還に動く、と」


 グライオがすぐに切り出した。

 ええ、とマシディリも背筋を伸ばす。


「クルムクシュは現在、陸上を三千の兵で。海上を大小百艘に及ぶ船団で包囲されています。陸海共に物資の輸送は不可能だと報告が上がってくるほどに。

 クルムクシュは第二次ハフモニ戦争を通じて最後まで落ちなかった都市ですから。マルテレス様も無理に落とすよりは枯れ殺す方を選んだのでしょう」


 それと、北方諸部族との融合を優先したのもあるだろう。

 当初はルカッチャーノだけであったが、他にもアレッシアから軍団が向けられる可能性は高いのだ。しかも、北方諸部族内にも親アレッシア派の部族もいる。


「マルテレス様も三個軍団が北上してきていることには気が付いているはずです。このままいけば遠からずこちらに戻ってくるでしょう」


「決戦に持ち込むなら、その方が都合が良いのではありませんか?」

 グライオの表情に変化は無い。

 きっと、答えをしっての質問だ。


「そうなれば、クルムクシュからの信を失ってしまいますから。朋友は助けなければなりません」

「マルテレス様と似た考えですね」

「言葉と行動は似ていても、目的と手段は異なります」


 アルビタとレグラーレがマシディリの前に出て来た。レグラーレが持っているのは大きな地図。それをアルビタと一緒に広げ始めた。場所は、もちろん半島北部から半島外南部の一部にかけて。

 テュッレニアも、クルムクシュも描かれている地図である。



「マルテレス様が戻ってくる前にクルムクシュを解囲します。ただし、マルテレス様は呼び込まないといけませんので、陸上の兵は残したいですね。こちらの兵を逆に包囲し、閉じ込め、助けを呼ばせます。


 代わりに、水上の兵は殲滅してしまいましょう。船と一緒に歴戦の水夫も沈んでくれれば言うことありません。


 二度と立ち上がれない痛撃を。そして、陸の方が大事だと考えている兵と海軍の力も大事だと思っている敵上層部との間に決定的な意識の差を。


 国力で勝っているのなら、国力ですり潰してしまいましょう」



 海戦での損失は、国力の大きな損耗を招くのだ。


 船をつくるのには木材が必要である。その木材は、他にも木や輸送用の荷台、当然槍などの武器にも使われているのだ。そして、船は陸上の軍団が使うよりも多くの木を消費して作られている。


 無論、人的損失も大きい。

 海に沈めば助かる確率は低いのだ。鎧を着ていれば、沈む易く泳ぎ難い。水夫が逃げないように鎖などでつないでしまっていれば、助けることはほぼ不可能だ。その水夫も、ある程度練度が無いと連携は取れないのである。


 停泊している艦隊を急襲によって一網打尽にできれば、流れを変える痛撃になり得るのだ。


「まずは、油断させるために偽装敗残兵軍団で近づきます」


 マシディリは右手を横にやった。

 少し遠くにいたピラストロが走ってくる。手渡してくれたのは、望み通り蒼の布。蒼いペリース。


「青色のオーラを使える、外見的特徴がルカッチャーノ様に最も似た方を一人お貸しください。海上からも兵を引っ張り、船団の決定を遅くいたしますので、どうか、その隙を突き敵船団の壊滅を願います。

 敵の足が速くなってしまうのが難点ですが、グライオ様ならば問題無いと信じています。私もグライオ様を信じておりますし、私が敬愛する父上もグライオ様を信じているのですから」


 絶対的な信頼を添えて。


「共に、必ずマルテレス様を討ちとりましょう。それで終わります。彼らは、アレッシアに勝ちうる希望としてアレッシアの英雄を信奉しているようですからね」


 これは、マシディリ自身にも言い聞かせるような響きを持っていた。

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