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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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幽生の者 Ⅱ

「ただ、私は政治家でもあるからね。統治のことも考えないといけない。その場合、半島を戦場にはできなくなってしまったよ。誰かさんが煽るからね。仕方ない。私が、少し覚悟を決めるまでに時間がかかってしまった所為だよ。お前の義父は良くやっている。そうだろう?」


「父上。サジェッツァ様は」


 右手のひらを向けられた。

 マシディリが口を閉じれば、そのまま右へと父の手が動いていき。同時に手も閉じていく。


「お前は自慢の息子だ。だからこそ、過保護にもなってしまう。万が一にも失いたくないからね」


 目が、熱くなる。

 それでもこぼすわけにはいかない。


「私は」


 いつもより、息を吸って。


「子も、愛する親を失いたくはありません。それも、一度、喪失を経験しているのならなおさらです」


 父の顔が上がる気配がする。

 呼吸の音も聞こえて来た。外は騒がしいのに、なぜかはっきりと、見ていないのに様子が分かる。



「長らく、メルアは私の全てだったよ。マシディリが生まれるまではね。マシディリが生まれてからは、どんどん大事なモノが増えていった。守りたいモノも、残したいモノも。


 一方でどんどん奪っていった。ディラドグマも、レステンシアも。マールバラの兄弟も殺していった。罪の無い人も居たし、やり過ぎだと思うこともあったよ。でも、もう一度があったとしても、私は同じことをする。


 碌な死に方など望めない。それは覚悟の上だ。幸せな死に方などしては、失礼だとも思うよ。同時に、生きている間は幸せにならなきゃそれも失礼だ。


 マシディリ。私は、お前たちが生きていることが何より幸せなんだ。


 だからこそ、マルテレスに対して戦って来いとは言えない。これは、父親としてどの子供達に対しても、だ。


 アレッシアの第一人者としては、希望を残しておきたい。マルテレスに勝てる可能性がある者を、ね。


 ウェラテヌスの当主としては、アレッシアのために動かないわけにはいかないだろうさ。スペランツァには申し訳ないけど、最初に立ち塞がる時の適任者はスペランツァだった。防御戦闘が得意で、戦略を理解してくれるからね。


 アグニッシモは戦略に組み込む分には最高だけど、戦略の一端を担うのはまだちょっとね。クイリッタではマルテレスに対して分が悪すぎる。


 仮に全員が死んだ後でも戦えるのは、マシディリだけなんだ。だから、私はマシディリを前に出したくはない。分かってくれ、マシディリ」



 ゆっ、くり。首を横に。体を動かさずに大きく振る。


「マルテレス様は蜂起の理由に私との対決も挙げました」


 次の言葉は、無い。

 用意していたが、不要だと思ったのだ。


 父の目も、種類を変え、流し目でやってきて去っていく。

 決して能面では無い。でも、父の表情に変化は無い。遠くを見るような顔で、何も見ていないように見える。忙しなく動く人も、積み上がっていく荷物も、空を飛ぶ鳥も。


 父の顔が、少し下がる。

 動き出しとしてはすぐに、動作としてはゆっくりと顔が戻っていった。


 口が開き、一秒。


「クルムクシュ奪還までだ」


 マシディリの目が大きくなる。

 視界が一気に開けた気がした。色も、一瞬にして多彩になる。


「これ以上の時間稼ぎは逆効果だろう?


 現に、降伏したアレッシア兵の一部はマルテレスの軍団に加わり、アレッシア人だけで二万に到達したとの話もある。物資も鹵獲し、装備だけじゃなくて攻城兵器も手に入れてしまったそうだ。


 これ以上無駄な軍団を送っても、敵に物資を送るだけ。次の対決は、出来れば決戦にしたい」



 背筋を伸ばした父が、一息つく。


「マルテレスを半島から追い出した後、万が一にも抜けられないようにクルムクシュに第三軍団を残す。高官はアビィティロ、グロブス、マンティンディ、アピス、ルカンダニエ、ウルティムスだ。他の者は、好きにしろ。


 マシディリは第三軍団ともう一つ軍団を編成し、それから、先にスペランツァ隊に合流する軍団から好きな者を抜き出し、三万以下の軍団を形成してくれ。それで、マルテレスと戦う。それで良いな?」


「ありがとうございます」

 頭を下げる。


「死ぬなよ」

 いつもの力強い声がかけられた。


「父上。そこは、勝て、と言ってください」

「勝つに決まっている者に勝てと言う馬鹿がどこにいる」


 顔を上げれば、父が悪戯っぽく、そして自信満々に笑っていた。

 マシディリも笑みを向ける。


「父上特有の下手な冗談でないことを祈っています」

「冗談じゃないさ。マシディリは負けない。必ず勝つ。何があっても私が味方であり、メルアの加護も着いているからね。最後に笑うのはお前だよ、マシディリ」


「はい」


「それから、マルテレスは軍団が崩壊しても生き残ってきた猛者だ。決して油断はするなよ。

 それと、私が居ない間の指揮決定権は副官であるマシディリにある。私の命じたことに違反しない範囲なら、好きにしてくれて構わないさ」


「ありがとうございます」

 適当に、父が手を振る。


「私達の不手際にいつもつき合わせて悪いな、マシディリ」

「いえ、そのようなことは」

「始末は付けるさ。メルアとの約束もあるしね」


 父が何かを握りしめる。

 恐らくは母の何かだ。


(必ず、勝つ)


 マシディリも決意を新たにする。



 第三軍団 軍団長     アビィティロ。

      軍団長補佐筆頭 マンティンディ。

      軍団長補佐   グロブス。

              アピス。

              ルカンダニエ。


 第七軍団 軍団長     ファリチェ。

      軍団長補佐筆頭 スペンレセ。

      軍団長補佐   ヴィルフェット。

              パライナ。

              ヴィエレ。

              ポタティエ。


 重装騎兵隊長 ウルティムス。

 軽装騎兵隊長 アグニッシモ。

 遊撃騎兵隊長 クーシフォス。


 他、第四軍団よりティツィアーノ、ボダート、スキエンティを引き抜く。

 残りの第四軍団は、北上し、フィルノルド隊の救援路を確保する。



 その陣容の発表と同時に、遂にマルテレスが半島に入ったとの情報がアレッシアに届いたのだった。

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