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方針転換

 まんまと出し抜かれたエスピラであったが、動いた相手の行動を読み違えるほどやられたわけでは無い。


 ただ、それは止めることもできない最悪な結果であるとも言える。


 戦いはやはり小規模から始まり、今となっては一個大隊、四百人程度が常に出張るようなモノにもなっている。そのほとんどが取るに足らない、どちらかがどちらかを発見して距離を取るだけのようなモノだが、ハフモニが先に退けば誇大にアレッシアへ報告された。


 ハフモニにやられ続けているのに積極的に動こうとはしなかったサジェッツァとは違い、積極的に仕掛けるグエッラは人気が出る。例え嘘でも結果が出れば熱に浮かれる。サジェッツァがどんな言葉で熱を冷まそうとも、唯一独裁官でも裁けない権利を持つ護民官がグエッラの代わりに言葉を発するのだ。


 会戦へ。会戦へ、と果実は熟していく。


 加えて、グエッラは自軍を分けることになったとしても近くの救援要請には全て応えていた。安易に応えていた。


 最初こそ慎重な面もあったが、今や自軍が不利になりかねない場合でも民の要望を聞き入れている。だからこそ、人気が出る。支持が集まる。会戦はいつかと期待も集まる。


 その羨望は。その期待は。


 十分にアレッシアを動かしたらしい。


「護民官の特権をこれほど削ってやりたいと思ったことは無いよ」


 エスピラは、アレッシアに居るカリヨから届いた手紙を机の上に投げ捨てた。


「エスピラ様がアレッシアの唯一の頭になればそれも可能だとは思いますが?」


 手紙を持ってきたソルプレーサが冗談交じりに発した。


 グライオから位置を奪ってエスピラの護衛をするように立っているシニストラが大真面目に頷く。グライオは、そんなソルプレーサを目で諫めているようだった。


「やはり、父上がまだ帰ってこないのは」

「ああ。護民官が尋問や召喚と称してサジェッツァの動きを制限しているからだ」


 パラティゾの言葉を受け継いで、エスピラは言った。


 平民を政治に参画させるため、それでいて元老院の意思決定を優位なモノにするためになあなあで作った護民官だが、今ではそれに独裁官が縛られている。「戦わないのは売国奴だ」と言っている連中を見逃しているのである。最早元老院が民の顔色を窺っていると言っても差し支えないのだ。


「カリヨ様は何とおっしゃられておりましたか?」


 グライオが聞いてきた。


「会戦やむなし。パンを受け取りに来る人は減っているし、子供たちも外に出たがらなくなったとさ」


 シニストラが剣の柄を二度叩き、エスピラに懇願するような視線を向けて来た。

 エスピラは片眼を閉じて顔を横に動かす。


「人気などそんなものだ。また流れが変わる時も来る。大事なのは、今、長期的な視点を共有できる君たちのような人材を得ておくことだ」


 シニストラだけは自分の意見と言うよりもエスピラの意見を、と言うようにも見えるが。


「ただ、家族は恋しいな。メルアやマシディリからの手紙は?」

「あったら出してます」


 ソルプレーサがすげなく言う。


「クイリッタも書ける頃だろうか? ユリアンナも書いているかもな」

「無いものはありませんよ」


 エスピラは盛大な溜息を吐いて、肩を落とした。


「妹君からくるだけでも良いではありませんか」

「エスピラ様の御子息たちがどれだけ聡明で可愛いか、ソルプレーサ様は知らないと見受けられる」


 シニストラがソルプレーサを威嚇した。

 ソルプレーサがふざけた調子で肩をすくめる。


「元老院に期待しても無駄でしょう。期待できるのなら、最初から独裁官に副官を選ばせております。おそらく、既に根は張っていたものだと考えられるかと思います」


 グライオが話題を戻した。


「恐ろしいかな。神殿は未だに私の味方だ」


 エスピラは言って、紙をつまみ上げた。

 もちろん、神託を捻じ曲げたりはしない。ただ、ほんの少し読み方を変えてサジェッツァに有利になるようにしてくれているだけである。


「シジェロ・トリアヌス」


 パラティゾが呟く。

 意図的に、その言葉には誰も反応を示さなかった。


「こうなった以上、フィガロット様が蓋だな」

「邪魔の間違いだろ」


 ソルプレーサの言葉にシニストラが重ねた。


「日暮れ前には酒を喰らって眠り、夜中に目を覚まして僅かな供と見回りをしてから再度寝ているそうだ。警備も甘い。やれるぞ?」

「言葉を慎め、ソルプレーサ」


 乗っ取る前提でソルプレーサもシニストラも同じ軍団に入れたのだが、今ではその上司たるフィガロットと軍事命令権保有者であるグエッラの所為で動きが大分制限されてしまっている。


「エスピラ様は慎み過ぎだと思います」


 ソルプレーサがそこで言葉を止めた。

 視線の先はパラティゾのいる位置。


「ウェラテヌスもアスピデアウスと同じく誇り高き建国五門の一つ。その被庇護者たる者、不名誉極まりない暗殺などと言う手段を、よりにもよって上官を対象に据えて仄めかすのは許されざる行為だと思います」


 そのパラティゾが低い声で言った。

 怒りを隠そうとしているのは良く分かるが、それでもにじみ出てしまっている。


「失礼いたしました。何分、私は庇護者を変える決断をしてまでもエスピラ様に懸けている者でして。言葉が過ぎてしまったのなら謝罪いたします」


 アルモニア手法か、とエスピラは思った。


 思い入れが、強い感情があるからこそついつい他がおろそかになってしまった、と。


「パラティゾ。言葉と言うモノが剣よりも恐ろしい存在であると言うのは使節に加わったこともあるソルプレーサも良く知っている。取り扱いには細心の注意が必要なモノだ。だが、それでも扱いに間違ってしまうほどにグエッラ様は凄い方なのだ。仲間内でしかない今は、見逃してもらえないかな」


 エスピラは優しくパラティゾに諭すように述べた。

 パラティゾの眉間にやや皺が寄る。


「グエッラ様のどこが素晴らしいのか、聞いてもよろしいでしょうか」


 シニストラが不機嫌に言う。


「自身の描く策を実行に移せるところだ。


 確かに、頭の中にある理想を実現できるのが一番良いことに変わりはない。だが、そうもいかないことの方が多いだろう? サジェッツァにしたって、結局は頭の中の策に対する賛同を得られず十全に効果を発揮できる前に崩壊してしまった。


 その点、グエッラ様は自身の思い描く未来を共有し、多少はスケールを落としてでも皆に理解させ、後押しをさせた。四万人全員が賛同しているわけでは無いが、四万の軍団の方向を決められるほどに味方を増やしたのだ。


 十分に素晴らしい才能だと、私は思うが。どう思う?」



 シニストラが不機嫌な顔をしたまま押し黙った。

 代わりに口を開くのはグライオ。


「分かりやすい考えと言うのは、相手からも読みやすいと言えるのではありませんか?」


「その通りだ。だが、軍団が全く理解していない状態ならば不平不満も出やすい。予定通りに動かないことも多くなる。カルド島のように数が少なく、程よい間一緒に居たため纏まりやすかった軍団ならば兎も角、数が増えすぎれば目が届かないところも増え、不平不満も育ちやすいモノだからな」


 一長一短である。


「ティミド様のような方が増える、と言うことですか」


「勘違いするな。アイツだけだ。エスピラ様に従わなかったのはアイツだけ。グエッラ様とは違う。エスピラ様はしっかりと軍団を纏めていた。グエッラ様と一緒にするな」


 シニストラが理不尽とも言える怒りをグライオにぶつけた。

 グライオは言い返しもせずに頭を下げる。


「グエッラ様も、意図的にまとめていない部分もあるとは思うがな」


 言いながら、エスピラは天幕の入口に目を向けた。


「エスピラ様。グエッラ様が来ております」


 直後に奴隷の言葉が天幕に入ってくる。


 ソルプレーサが脇にずれ、グライオが入口近くに移動した。シニストラは剣から手を放しているにも関わらず、今にも剣を抜きそうな雰囲気を放ち始める。


「失礼するよ」


 そして、グエッラが入ってきた。


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