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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1274/1590

剣と呼ばれる者 Ⅰ

(早すぎる)

 マシディリは眉間に皺を寄せ、立体地図の至る所にマルテレスを示す石を並べた。


 全てプラントゥム沿岸だ。


 オピーマの櫂船を用いての一挙上陸。いや、正確にはその前にマルテレスによるプラントゥム上陸作戦があった。マルテレス側三千に対して、オプティマとサジリッオの属州総督府が集めた兵数は一万。しかし、勝負は一日で決したと言う。


 先鋒を務めたスィーパスとイエネーオスの突撃の後、風が強くなった瞬間にマルテレスも突撃を敢行したのだ。


 結果として書きだすと、これだけ。

 オプティマらの名誉のために補足するのなら、属州総督府が連れていけたアレッシア人は僅か二千。後はプラントゥムの兵。これは、プラントゥム全土に兵を散らばせて反乱に備えねばならなかったためだ。


 スィーパスとイエネーオスが率いたのはそれぞれ二百から四百。対して迎え撃ったのは千のアレッシア兵。互角の勝負は、責められるモノでは無い。残りの千を後方に置き、槍の先を見せて味方を脅すのも普通のことだ。


 しかし、あまりにもマルテレスに勢いがあった。勢いを見せて来た。


 先鋒同士の戦いで様子見に陥ったプラントゥム人たちが、マルテレスの突撃を機に一気に寝返ったらしい。

 これは、当人たちの報告もそうだが、海から監視していた者達からも連絡が入ってきている。


 この寝返りが、全てを決した、と。


 属州総督府軍はこれにて壊滅。アレッシア海軍もウェラテヌスを欠けば数が少なすぎてオピーマの船団に勝てる数は無い。

 プラントゥムは、一万を超える程度の兵数によって瞬く間に占領されてしまったのだ。


「サジリッオ様は奥地に逃げ、機を伺っていると思いますので、プラントゥム沿岸を再奪取できれば内側から呼応してくれるものと思われます」


 纏めたのは、ファリチェ。


「オプティマ様もいるのでしたら、しばらくは保ってくれそうですね」

 安堵の息はパラティゾの物。


 マシディリも、楽観主義のオプティマがいれば果ての無い籠城戦でも耐え続けてくれるだろうと信じている。


「問題は、プラントゥムの主導権を奪われたイロリウスが怒りそうなことと、同調した兵力だけで一万を超えて来たところか」

 ティツィアーノが重く言う。


 彼の言う『同調した兵力』は、既にマルテレスに合流したアレッシア人兵力だ。老兵が多いが、裏を返せば経験豊富な者達。第一軍団がエスピラにとって最も扱いやすくなるように特化しているとすれば、彼らはマルテレスのやり方を熟知している兵である。


「マシディリ様への軍事命令権が遅れているのなら、私が軍事命令権を得て、先にルフスを討ち、クルムクシュにて防御陣地を築くのも有りだと思いますが」


 ルフス、正確に言うとルフスに婿入りしたプノパリアが北方に抜け出した後で堂々と兵力を結集し始めたのだ。無論、サルトゥーラらがクルムクシュを抜け、半島を出たからこその行為でもある。


 同時に、クーシフォスの元妻がクーシフォスの子を連れ去りかけた事件も起きた。こちらは未遂に終わったが、直後にアレッシアにもスィーパスとの再婚が伝わってくる。


 そうなれば、後はアスフォスの扇動の出番。

 質はお世辞にも良いとは言えないが、オピーマを慕う者達が続々と北上、軍団となりつつあるのだ。


 対して、元老院を通さねばならないアレッシアは後手に回り続けている。

 アスフォスらの集合地との間に湿地帯と山があり、アレッシアよりもテュッレニアの方が近いのもいまいち危機感が上がらない理由かもしれない。


「クイリッタ様は?」

「まだ父上の下にいますよ」


「エスピラ様の説得には失敗したか」

「そもそも、父上はやる気のある日と無い日の差が激しいと言っていました。セアデラやラエテルと図上演習をして一日を潰すこともあるそうです。尤も、渋られるとは思っていませんでしたが、ね」


 アスピデアウス兄弟にそう返せば、無理からぬ話です、とファリチェが言った。


「エスピラ様は、恐らくスペランツァ様の副官にも反対だと思います。マルテレス様とは仲がよろしかったですから。その上、手心を加えて戦える相手でもありません。

 エスピラ様の得意な戦い方を展開しないといけない相手だと言うのに、きっと、エスピラ様の頭の中ではイフェメラ様やジュラメント様のことが思い浮かんでしまうのでしょう」


 父上は甘すぎる、とクイリッタならば言うのだろうか。

 多分言わないな、とマシディリは思う。マシディリも良く分かるのだ。一回目なら展開できても、二回も同じことが出来るのか。


 アレッシアに居れば、父は同じことをできてしまうだろう。

 では、何故アレッシアに居ないのか。

 それはマシディリがディファ・マルティーマに追いやったから。やって欲しくないからだ。


 そして、マシディリが父にやって欲しくないことは、父も自分にやって欲しくないと言いかえることもできてしまう。


「ですが、アルモニア様やグライオ様を始めとする第一軍団の高官の皆さんも、マルテレス様の軍事命令権保有は時期尚早と見ております。

 現時点での軍事命令権の保有は、即ち出陣と同義。半島に呼び込む基本戦略に反するモノになる可能性が高いと、私でも思ってしまいますから」


 そうなのだ。

 ウェラテヌス派は、盲目的にマシディリに従ってくれる派閥では無いのである。


「エスピラ様に軍事命令権保有者筆頭になっていただき、マシディリ様とグライオ様を両輪にして作戦を展開するのが最善だと、私は考えていますが」


 ファリチェが息を吐く。

 グライオもグライオで父の命令以外を受け付けないのだ。先に動いてエスピラの出陣を促すと言うやり方を行おうとしている者達もいるが、グライオが動かないことで失敗に終わっているのである。


「父上も私であれば否との強硬主張はし辛いでしょう」


 ティツィアーノが自身を示す石を手に取った。

 歩いて机を回り、プラントゥムの方にやってくる。


「エスピラ様には及びませんが、父上の性格上、物資は豊富にあります。クイリッタをクルムクシュに入れてもらえれば、ディファ・マルティーマにてエスピラ様が用意されている物資は不要。

 幾重にも及ぶ防御線を基本方針としながら、マルテレス様の用意不十分と見ればその隙に大軍による速攻を仕掛けることもできますが、私の判断を信じていただけますでしょうか」


 マシディリは腕を組んだ。


 ティツィアーノの言うことも一理ある。フラシを手中に収められ、プラントゥムが落ち、一万のアレッシア人がマルテレスの下に集まった。しかし、それだけなのだ。まだマルテレスは訓練されたアレッシアの大軍と戦うだけの準備は整っていない。商人たちの情報から判断しても物資は不十分。


 マルテレスだからと防御に編重するのでは無く、攻めるのも手である。


「マルテレス様に対して攻防に柔軟性を持たせた曖昧な作戦を立案し、任せられるのはティツィアーノ様とグライオ様、アビィティロぐらいなモノですが」


 マシディリの言葉の歯切れは悪い。

 パラティゾも、マシディリと似たような表情で頷いてくれた。


「政治的な判断を下せば、半島外で迎え撃つ姿勢は大事になってきます」

 ティツィアーノが畳みかけてくる。


 尤もだ。同時に危うい判断である。

 マシディリの眉間に、ぐ、と力が籠る。


(父上は、本人の希望とは言えスピリッテ様のことを激しく後悔しています)


 従兄(スピリッテ)のことは、マシディリも忘れられない。

 マルテレスに弟子入りしていたため会えた期間は短いが、祖父(タイリー)(タヴォラド)と自身の才を比較し、自身の命を軽んじていた才能ある人だ。非常に優秀な人だった。


 スペランツァも、良く慕っている。

 今でも慕っている。だからこそ、ベネシーカも大事にしているのだ。


 そのスペランツァがいる前線に、自身の命の価値を軽くしているティツィアーノを送るのは、どうしても快諾などできない。


「マシディリ様!」

 硬直しかけた空気は、飛び込んで来た汗によって動き出す。


「アグニッシモ様が軍団を連れて北上中とのこと。アスフォス様を討ちに行くとも、アスフォス様に合流するとも噂が流れております」


 叫んだのは、ウェラテヌスの被庇護者。


(頭が痛い)

 思わずそう思うと、マシディリはペリースの下で衣服を握りしめ、愛妻の顔を思い浮かべたのだった。

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