表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1268/1589

エスピラの親友 Ⅰ

(駄目か)

 マシディリは、目に痛いほどに綺麗な朝焼けを見ながら、弟からの手紙を畳み込んだ。


(いえ。目に痛いのは私の心情故に、ですかね)

 窓枠を離れ、つま先を見る。思い返すのは、先ほど閉まったばかりの手紙の内容。


『兄上がマルテレスに同心したと言う噂が流れ始める時間にもなりましたので、お早めの決断を願います』


 暗号化してあったが、おおむねそんな内容だ。


 だが、おいそれと帰る訳にはいかない。


 今はアンネン・アプロバシレイオンの内側に入ってしまったからこそ居座れているのだが、離れてしまえばもう二度と入れない気がしているのだ。それこそ、武力で以てこじ開けるぐらいしか手が無いのである。


 もちろん、マシディリだって色々手は尽くしてきた。

 アレッシア人高官はもちろん、フラシの部族にもさまざまに手を回している。強引に居座っていて問題になっていたはずなのに、しれっと同じ陣営にいるプラントゥム騎兵にも接触した。


 彼らが同居していること。

 即ち、マルテレスと直接の接点がある可能性が高い。


 そう判断したためだったのだが。

(難しい)

 かくも上手くいかないモノなのか。


 気掛かりなのは本国の様子だけでは無い。護衛の者達の精神も、だ。

 此処は敵地。マシディリは見え方によっては敵首魁の後継者。最大の欠点。


 なるほど。暗殺が最大の効果を得られる賢いやり方だ。同時に、閉じ込めておくだけでも大きな戦果を挙げられる。


 もう一度息を吐く。

 耳が、鷹揚な足音を捉えた。


 マシディリの瞳孔が開く。窓から離れ、体を扉へ。扉は叩かれることなくあっさりと開いた。


「よっ」


 現れたのは、聞き間違いでは無い。

 マルテレス・オピーマその人。

 マシディリの師匠であり、会えなくて困っていた男だ。


「マルテレス様」

「何だよ。いちゃ悪いか? 此処は、まあ、うん。俺の街だ」


 マシディリは、口元を引き締めた。

 顎を引き、拳も軽く握りつつ後ろへと隠すように回す。


「ところでマシディリ」


 そんなあからさまな態度にも関わらず、マルテレスは遠慮なく部屋の中央へと入ってきた。マシディリのために用意されていたガラスの瓶を手に取り、陶器へと中身を移している。


「クーシフォスは元気にしてるか?」


 大柄な声で。ただし、目はコップに溜まりいく水へと向き続けている。


「体は問題ありませんが、あのような事態が起きてクーシフォス様が元気でいられるとお思いですか?」


「じゃあ褒めてやってくれ。良くやったって。クーシフォスは何一つ間違っていない。アレッシアのためになった、役に立ったってな。

 イフェメラを追いかけた時だって、イフェメラを呼び寄せた時だって、東方遠征で囮になった時だって、怖くなかったはずはねえんだ。でもクーシフォスは部隊に覚悟を決めさせて実行した。それは、アレッシアのためになると信じていたからじゃねえか? んでよ、誰かがその通りだと認め続けたから次があったわけだ」


(それは)

 ぐ、と拳をより硬くする。今度は、隠さない位置で。


「マルテレス様が、声をかけるべきだと思います」

「マシディリが弁護してくれたんだろ? あ、もちろん無罪だよな? ルカンダニエもか?」


「もちろんです。私が出陣することになったら、共に戦うことになっています。

 願わくは、相手がマルテレス様にならないことを。クーシフォス様が父親に二度も剣を向けるようなことなど起こらないようにしてください」


 マルテレスの口が波打って閉じられる。

 しかし、予想に反して視線は切れない。マシディリとしっかりとあったまま、ほのかに笑っているとも思える困り顔で首を横に振るだけ。


「できねえなあ」

「裁判ではあまり証拠を提出していません。マルテレス様が戻ってきた時にも、勘違いであったと。誰もが間違ってもおかしくは無い思い違いによるすれ違いが発生していたのだと弁明できます」


「できねえな」

「出来ます」


 マルテレスが腕を下げた。とん、と音を立て、コップが机に戻る。


「俺だって護民官経験者だ。それも、戦功がある前になってるし、あのサジェッツァに色々叩き込まれての就任だったからなあ。いっちょ前に勉強はしている訳よ。


 ま、どの意見も聞いてりゃ良い意見だと思ってしまうから足りてはいないんだろうが。

 うん。でも、分かることもある。戻らない方がオピーマにとって良いってな」


「そんなことはありません」

「あるんだなあ、これが」


 世間話でもするように言って、マルテレスが近くにあった椅子を引いた。

 しっかり深く腰掛けている。足は開いて。つま先ももちろん外向きだ。


「今のままならクーシフォスは正しい決断をしたと思われる。どんな言葉があろうと、俺がアレッシアに対して刃を向けたのは事実だからな。


 だが、戻ればそうじゃない。早とちりで武力行使に出る奴をどれだけの人が信用する?


 それにな、マシディリ。オピーマの立場は勝っても負けても悪くなることは無いんじゃねえかって思うんだ」



 そんな訳が無い。

 マルテレスによる反乱だと断定されれば、もうアレッシアを三分する派閥ではいられないのだ。大きく後退するだろう。それこそ、歴史からはオピーマはマルテレスだけの家門であったかのように語られるだろう。



「そんな顔すんなって。オピーマの立場はそうだろ?


 俺は政治が良く分かんねえから発言はあんまりしない。取り上げられるかどうかはエスピラやサジェッツァ次第。オピーマの名を使って別の奴が発言するだけだ。頭がこんな具合だから、三番手から脱却も厳しいだろうな。


 でも、俺が反乱に成功すればそうじゃない。オピーマはアレッシアで一番の派閥になる。今より立場が良くなるんだ。俺の後継者はもちろんクーシフォスを指名する。ってか、他にはいないしな。


 流石にアレッシア人が両親であった方が良いし、俺もエスピラと同じで調子に乗らない奴に跡を継いで欲しいと思っているし。クーシフォス以外に適任はいねえよ。エスピラも、オピーマを全然疑わねえのはクーシフォスのおかげじゃないかって思うしな。流石にスィーパスとかが真っ先に出ていれば、監視だってされてたろ?


 でだ。話は戻すが、混乱した政治はエスピラに収めてもらう。悪いが、俺の近くにいる奴は誰も出来ねえだろ? あ、もちろん、マシディリがこっちに来てくれるなら大歓迎だ。マシディリなら出来るし、エスピラも協力してくれるしよ。


 ああ、心配はすんなって。約束があるからな。


『俺がエスピラを守って、エスピラが俺を支える』ってな。


 だからエスピラはやってくれるさ。今は、流石にメルアには勝てないからなあ。墓は動けないんじゃあ、エスピラはアレッシア側だよ。荒らされるのが一番嫌だろ。あいつは昔からメルア一筋でよ」



 話が、とりとめもなく逸れていく。


 他の人ならば両親の仲睦まじい話を聞くのは気恥ずかしいと思うのだろうか? もしかしたら、それが普通なのかもしれない。


 無論、マシディリはそのような感情はあまりなかった。


 当然のことすぎるのだ。二人の仲の良さなど、ずっと見て来た。母が亡くなった今も続いている。ただそのことを、家族では無い者からも誇らしく語られるのが嬉しいだけだ。



「マルテレス様」


 しかし、マシディリの目的はマルテレスのアレッシアへの帰還。父を死なせないための最善の策。


「反乱が失敗した場合は、オピーマの立場が悪くなってしまいます」


 故に、話を強引にでも引き戻す。


 父に内緒でサジェッツァと共にメルアがどのような女性かを覗きに行こうとしたら絶交されかけた話をしていたマルテレスが、口を止めた。


「ああ。それなら、マシディリがクーシフォスとルカンダニエを守ってくれるだろ? 多少オピーマの発言権が無くなったところで問題ねえよ。むしろ、今が過剰なんだ。


 なんて言うか、こう、功績に見合った立場かも知れないが、俺の能力で扱える立場じゃなくなった的な? 軍事関係とかだけ投げてくれればよかったのによ、元老院での重鎮みたいな置き方されてもただただ困っちまうよ。


 だから、クーシフォスが自分が働ける場所で能力を発揮してくれりゃあ十分だ。それは、きっとマシディリなら用意してくれる。それが一番良い。能力に見合わない立場なんて疲れるだけで。意外と何も手に入らない。零れ落ちていくだけだからな。


 多分、それが一番丁度良い。

 能力にあった出世だよ」


 なんてな、とマルテレスが苦笑した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ