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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1265/1589

分水嶺

「半島の外で撃滅するってこと?」


 アレッシアからプラントゥムに行くには二つの巨大な山脈がある。

 無論、山越えしない道もある。アレッシア側の半島に入る経路ではクルムクシュを経由する道がそうだ。

 プラントゥムに関しては、プラントゥム側のピオリオーネとマシディリが作り上げた三角防御の植民都市群がそうである。


 この内、クルムクシュはアレッシアの古くからの同盟都市。第二次ハフモニ戦争でも一貫してアレッシアについてくれていた。ピオリオーネは、プラントゥム属州総督として赴任したオプティマの管轄内。


 即ち、マシディリの名代としてモニコースを三角防御の植民都市群に派遣すれば、マルテレスを封じ込めるとチアーラが思うのも当然の流れである。


 海上に関しても、オルニー島とカルド島による盾があり、南方にあるマフソレイオもエリポスにあるカナロイアもアレッシアの味方なのだから、半島強襲作戦は確率が低いのだ。


「いや、あくまでもマルテレス様の攻撃に晒さないための策だよ」


 ひまー、とコウルスに頭でおなかをぐりぐりされているチアーラに返す。

 今日ばかりは「しゃきっとしなさい」とチアーラに背中を叩かれ、コウルスが今日三度目の着席体勢に移行した。両膝を揃え、チアーラの横にちょこんと座っている。


「ドーリス人傭兵がただの戦力だけじゃなくて教官の役目を担っているのはこれまでも良くあることだからね。モニコース様にも同じ役目を期待したいのさ。

 マルテレス様とドーリスの強力な結びつきも、クーシフォス様を介したモノだしね。此処でモニコースが籠る場所を攻撃してしまっては、ドーリスとの決裂、ひいてはエリポスでの論調にも影響が出てくるから」


「プラントゥムが落とされ、クルムクシュが落とされてもモニコースはそのままなの?」


 夫婦の情は、ある。

 些か距離があるように見えるのは、エスピラやマシディリが妻と近すぎるため。


「攻撃を受ける可能性は低いよ。完全な保証はできないけどね。

 でも、クルムクシュが攻撃を受ける段階になったらグロブスを派遣するつもりでいるから」


 グロブスは第三軍団の高官だ。

 防御戦闘に秀でた伝令部隊出身者である。


「クルムクシュを激戦地にしようってこと?」


「いや。マルテレス様と戦うのはあくまでも半島。半島でなら全ての軍事行動が父上と私に筒抜けになるからね。移動できる場所も把握できるし、道なき道の強襲も、それがあること自体を察せるよ。

 元はマールバラ級の男が攻め込んで来た時に迅速に勝つための道路整備さ。


 半島に入った時点で、マルテレス様に勝ち目は無い。半島に入らないと、マルテレス様に勝利は無い。


 そうやって詰んでいることを理解してもらえれば良いのだけどね。

 理解されなかった時のために、プラントゥムを封じ込めたり、クルムクシュで塞いで半島から出られなくしたりするつもりだよ」


「父上も、決戦せざるを得ない時は半島で行うって言っていましたね」

 呼んではいないが来ていたクイリッタが言う。

 態度と口ぶりからして、父も戦いたいと思っている訳ではなさそうだ。


「じいじの伝言?」

 コウルスが体を動かす。

 ちらりと覗いたふくらはぎは、幼いながらもしっかりと引き締まっていた。


「エリポス人に名代を頼むことになるのですが、大丈夫ですか?」

 質問者はモニコース。


「私の家族ですよ。それに、今回はアレッシア人では無いからこそ良いのです」


 エリポスに昔と変わらない敬意を示し続けることは、マルテレス派だけの方針とも言える。


 無論、良く言えば、の話だ。

 敬意自体は他の二派も持っているが、国家としては対等。あるいは、アレッシアを上に見ているのが他派。よりアレッシア第一主義であるのがエスピラとサルトゥーラと言う、他部族からの評判の良いアレッシア人である。


「じいじの伝言?」

 今度はコウルスがクイリッタの傍で囁いた。

 後ろにある左手は、母の服を掴もうとしているのか『ぐっぱっ』を繰り返しているが、何もつかめていない。


「兄上がお忙しそうなので、私なりの見解を伝えておこうと思って来ただけだ」

「じいじ……」

「その内、お土産を持ってやってくる」

「じいじ!」


 コウルスが跳ねながら母の横に戻る。

 ぴょん、と膝の上に乗り、「あ」と口を丸くした後、いそいそと横に座り直した。


「見解?」

 コウルスによくできました、と微笑みながら、弟に質問を飛ばす。

 コウルスはマシディリでは無く母親に褒められた方に気を良くしたようだ。


「兄上には言うまでも無いことかも知れませんが、嫉妬を中心とした感情的な反乱に担ぎ上げられた可能性があります。利益や将来像を訴えるだけでは変わらないかも知れません」


「もちろん、正論だけで交渉を進めるつもりは無いよ」

「では、スィーパスも嫉妬によって行動を起こした可能性があると言ってもですか?」


「弟達に?」

 誰か、スィーパスを脅かすような者がいただろうか。


 そう考えると、ルフスに婿入りしたプノパリアや、ウェラテヌスと近いソリエンスが候補者にはなってくる。ただ、二人とも功績ではスィーパスと大きく水を開けられているのも事実だ。


「いえ。クーシフォスに」

「クーシフォス様に?」

 思わず、そのまま返してしまう。


「はい」

「でも、スィーパスは兄を支えると」

 確かに、そう言っていたはず。


「欲が出たのでしょう」

 さらりとクイリッタが言った。


「オピーマは貴族でも無ければ、有力な平民でもありませんでした。海運によって財を成したことで元老院からは蔑まれ、平民の有力家門ルフスからの覚えも悪い。そんな家門で育ってきたのです。しかも、ウェラテヌスと同格だと子供達が思い込むような家庭教師が導いてきた。

 功績を挙げて来たスィーパスが、これなら、と思い込むのも万能感を得るのも無理からぬことかと思いますが」


「でも」

 言葉を区切り、自身に忠実な弟に視線を注ぐ。

 これ以上の言葉は、口にしたくない。


「クーシフォスは極光ではありません。父上も、伯父上が生きていたとしてもその内取って代わっていたと言っております。あり得ない話ではありません。

 その場合、何としてでもマルテレス様を反乱軍に留めておきたいと言う気持ちも、また、強すぎるほどに強いかと」


 マルテレスも子供達に甘いのはフラシ遠征で証明済みだ。

 その後の対応も、後手後手に回っている。


「まさか」

「あくまでも一因です」


 言って、クイリッタが立ち上がった。

 マシディリは手を前に出し、退室しようとした弟を留める。


「しばらく、アレッシアに居る予定かい?」

「ええ」

「なら、アレッシアでの工作は任せるよ」

「私に?」

「アルモニア様とは大きくやり方が違うけど、似たような役割を、かな。クイリッタは父上や私の意図もすぐにくみ取ってくれるでしょ?」


 買いかぶり過ぎです。

 そう言って頭を下げ、クイリッタが外に出て行く。


「照れてたわね」

 きもっ、と普段なら言っていただろうが、母親になったからか続きの言葉は無い。


「そうだね」

 手招きをして、レグラーレを呼び寄せる。

 受け取ったのは羊皮紙。今後の計画をモニコースと詰めるためだ。


 他にもユンバも呼び寄せる。打ち合わせ内容はフラシ第二王子にして今の統一フラシの頭領メンサンに対するモノ。

 マルテレスを唆していないと証明するために、マシディリと一緒にアンネン・アプロバシレイオンに入るように、との命令。


 安全な上陸準備と、数々の引継ぎの後、マシディリはアレッシアを発った。


 約束の期限は三か月。とうに、一月は過ぎ去ってしまっている。

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