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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1259/1589

子供な大人 Ⅰ

 カナロイアに居残るエスピラに襲撃が失敗に終わったとの連絡が届いたのは三日後。襲撃の目的が判明したのが十日後。マルテレスの行き先と連れて行った者が判明したのが十五日後。


 エスピラの出発準備が整ったのは、マシディリの出発から二十日後のことであった。


 誰かが遅かったわけでは無い。各々が最速で滞りなく動いてくれた結果である。


 迎えに来た船団は二十二艘。二千八百の兵。統率のとれた船団は乱れも無くカナロイアの港にたどり着き、降りてくる者は足取りの乱れなく港の治安も悪化させることも無く陽光に鎧を煌めかせている。


 カナロイア人も息を呑むほどの水軍だ。


 無駄と言う勿れ。

 アレッシア人を見下すエリポス人は、未だ多いのだ。


 此処で焦った結果無様な船団を晒せば、今後の外交に影響が出てしまうのである。

 加えて、エスピラは最高神祇官だ。さらには発言力も強大で、アルグレヒトの『じさま』から譲り受けた永世元老院議員でもある。


 護衛は、欠かせない。

 されども連れて来た護衛と物資が真に必要なのは子供達だ。


 エスピラもマシディリも戦う術を持っている。遠征経験も豊富なため、飢餓にも劣悪な環境にも強い。でも、子供達は違う。今年二歳になる孫娘のヘリアンテを始めとして、まだまだ人も物も必要な子が多いのだ。


 だから、エスピラが移動するには一部隊を呼び寄せる必要があったのである。


「流石だね、グライオ。急がせて悪かったよ」


 ぎゅ、と衣服の仕上げに左手の革手袋の紐を縛る様子を居並ぶアレッシア兵の前で見せつける。

 グライオが膝を曲げれば、一音も乱れず後ろのアレッシア兵も動いた。


「いえ。此処に居る者は皆がもっと早くエスピラ様の下へたどり着きたかったと思っております」

「気にしなくて良いよ。準備ができていなかったのは私の不手際だからね」

「空白が出来たからこそ、クーシフォス様が事を起こしたのだと思われます」


 ウェラテヌス一門はカナロイアへ向かっている最中。アルモニアはインツィーアへ。オピーマ派の中でもある意味独特な立ち位置のオプティマはプラントゥムへと赴任している最中だ。曲者であるサジリッオもそちらへ。


 都市アレッシアに残る建国五門は、アスピデアウスだけになっている時間だったのである。


「アルモニアは?」

「未だインツィーアに留め置かれております」

 エスピラの眉間に皺が寄る。


「まあ、サジェッツァもマルテレスを討ちたくはないからね。何とか、マルテレスを船に積み込むよ」

「つかぬことをお聞きしますが、エスピラ様の御身に降り注ぐ危険については、如何致しましょう」


「構わないさ。マルテレスは私を守ると約束したからね。そのマルテレスの目の前で私が死ぬことはあり得ないよ。それに、もしも私が討たれたらそれこそ遠慮なく行動できると言うモノさ」


 グライオは納得してくれないだろう。

 でも、異論もはさんでは来ない。


「アンネン・アプロバシレイオンに残した者達も、当初は元老院の命令だと思ってマルテレスを迎え入れたのなら、マルテレスにとっても安泰とは言えないはずだからね」


 問題は、此処からエスピラがフラシに向かっている内にマルテレスの上陸から一か月近く経過してしまうこと。


 武威だけで従えるつもりならば、十分すぎる時間かも知れないのだ。


「父上」

 ユリアンナの声に、エスピラは振り返った。


 愛娘の後ろにはカナロイア王太子フォマルハウトがおり、カクラティスもその後ろにいる。王妃の姿は無い。代わりでは無いが、ユリアンナの隣にはべルティーナが立っていた。


「次来る時は、ちゃんとこの子の名前考えといてね」

「私で良いのかい?」


「そ。父上が良いの。父上の名づけなら、神のご加護と父祖のご加護があると思うから。

 あ、でも、ちゃんとエリポス式、できればカナロイア式の名前にしてよ。この子はカナロイアの王族なんだから。ね」


「もちろんだ」

 そこまで心配しなくとも、と思いつつ、エスピラは右手をユリアンナの頭に載せて撫でた。

 離れる前に左手も愛娘のおでこに乗せる。


(ユリアンナと新しい孫に、神々と父祖の加護を)

 祈り、革手袋越しに口づけを落とした。


 またね、と手を振るユリアンナに手を振り返し、旗艦である七段櫂船へ。


「クーシフォスとルカンダニエはどうなりそうだい?」

 出航まではユリアンナに手を振り、見えなくなってからグライオに尋ねる。


「無罪あるいは軽微な罰で終わると思います」

「証拠は十分か」

「挙げられる不満は性急すぎたことや討ち漏らしたことが主なモノになっております」

 エスピラは隠すことなく盛大にため息を吐いた。合わせて肩も落とす。


 正確には、この件を機に胎動を始めた他の家門の動きも結論に繋がっているのだろう。マルテレスにはアレッシアに反逆する意思は無いはずだ。しても、利点は何も無い。アレッシアを裏切った者の末路など誰もが知っている。悲しき英雄は、今もなお裏切り者でもあり続けているのだから。


 数日もすれば、航行に際して先団を進んでいた旗艦が後ろに下がる。

 上陸が近いのだ。


 例えアレッシアに連絡を飛ばしていたとしても、エスピラのいる船団に連絡が来る訳では無い。故に、警戒を敷かざるを得ないのである。どうせ敷かざるを得ないのなら、と最もアンネン・アプロバシレイオンに近い港にしたのも警戒を強める理由だ。


 最初の船が、港に到着する。

 五艘から計六百名が降り立った。確認のために広がる様子も、騎兵の一団がやってくる様子も海上に残るエスピラから見える。


「スペンレセを動員いたしました」

「そうかい」

「帰った後、ベロルスの者との婚儀をディファ・マルティーマで挙げてもらおうかと考えております」


 流石に、そうかい、とはすぐに出てこず。

 エスピラはグライオに目を向けた。グライオはいつも通り真剣な目をしている。


 多分、後継者と明言しない方が良いのだろう。本人としても、あくまでもベロルスの後継者として向かえるだけの気持ちだろうか。


 なるほど。最も盲目に近い忠誠心を持っているのはスペンレセ。家門としての立場が初めて鮮明になったと言っても良い。グライオは、これまで個人で動いていたようなモノなのだから。


「帰ったら、手はずを整えようか」

「ありがとうございます」


 上陸の準備も整う。


 旗艦含む九艘が新たに接岸した。残る八艘は洋上待機。陸にてグライオが総指揮を執るが、陸地と海上は二人の指揮官級が交代で務める予定だ。指揮官級の交代に伴い、部隊も交代する。船の手入れも上陸部隊を乗せていた船から行い、エスピラが戻ってくるまでに二十二艘全ての手入れを済ませる予定だ。


「此処からは、私がお供します」


 張り切った挨拶はスペンレセ。

 彼の後には、千二百の兵が続く。


「頼むよ」

「お任せください!」


 どん、とスペンレセが胸を叩く。


 マルテレスは何度か手紙を送ってはいるものの、ほとんどアンネン・アプロバシレイオンから出ていない。代わりにスィーパスが出撃を繰り返し、次々と部族単位でフラシを支配下に置いているとのこと。一か月で為したとは思えないほど広大な領域が、今やオピーマの支配下にある。


 では、その間、現地に駐留していたビユーディは何をしていたのかと言えば、初戦で撃破されてしまったとのことだ。


 仕方が無いことである。


 ビユーディに残された左右の者、アゲラータとオグルノへの警戒もしなければならなかったのだ。そして、本当に二人はビユーディを裏切ったのである。


 当初は二千対三百で始まった戦いであったが、開戦直後に千二百対千百へと変化。裏切られた動揺が軍団に広がる中で寝返りは後を絶たず、駐屯地ごと明け渡してしまったらしい。


 幸運なことがあるとすれば、そのおかげでビユーディは助かったこと。撤退せざるを得なくなったおかげで、忠実なアレッシア兵を温存できたのだ。


 それが、スペンレセから聞いた話。


「お気を付けください。少なくとも、オピーマは明確な意思を持ってアレッシアを攻撃いたしました」


 馬から降りたエスピラに、膝を着くスペンレセからの声がかかる。


 アンネン・アプロバシレイオン。

 エスピラとマルテレスが落とした街。

 今度は親友が居座る街に、エスピラはシニストラを含む僅か五名で乗り込んだ。


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