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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1258/1593

夜の船 Ⅱ

 結果から言えば、レグラーレを始めとするマシディリ独自の連絡網は非常に速く機能した。裏を返せば、エスピラが構築したウェラテヌスの情報網は、より詳しい話と共にディティキにやってきたのである。


 父が、目を閉じた。ゆっくりと息が吐きだされ、肩も少し落ちる。


 報告者であるソルプレーサは部屋の中央に。淡々とした能面は変わっていない。態度が変わらないのは父の後ろにいるシニストラも同じだ。口元を隠してはいるが、クイリッタも変わっていない側の人間。


 一方であんぐりと口を開けているのはアグニッシモだ。

「馬鹿じゃないの?」

「お前が言うな」

 口火を切ったのもアグニッシモだったが、即座にクイリッタに叩き潰された。


 やーいやーい、とスペランツァに煽られている。

 弟達も親になった者が増えたのだが、このあたりは幼い時と全く変わっていなかった。


「いやだって、軍事命令権も無しで行った訳でしょ。しかもビユーディが居るじゃん。緊急になっても付与されるわけ無いし、されたとしてもティツィアーノじゃないの? だいたい、建国五門に並ぶはずだって言って旅立ったところで、この前の功績だけ。積み上がっているモノは圧倒的に違うじゃんね」


 アグニッシモがスペランツァを椅子に押し倒しながら言った。そのスペランツァは手を伸ばし、アグニッシモの頬を伸ばしている。


「そもそも建国五門の特権だけ見てずるいと言う奴が馬鹿。責務を果たさない奴は見捨てられるのが関の山。リングアもそう。調子に乗ったフィガロットもそう。頼られたからとか言っているけど、頼られているのはオピーマだけじゃないと分からない時点で視野が狭い」


 ぐ、ぐ、ぐ、とスペランツァが足をアグニッシモとの間にねじ込み、押し始めた。


「他の奴が賛同しなかったら、スィーパスだって戻ってくるよ。だって、持ち上げられないと動かないだろ?」

 アグニッシモが体で押し返す。


「そう見せてるだけ」

「でも、大事な決定はいつも誰かにしてもらってたじゃん。ちょっと門限破ろうぜ、とか、乳母撒いて遊びに行こうぜ、とかさ」


「おや。あの時の反省は見せかけだったのかな」

 父が、より幼い兄弟を、具体的には十五年ほど前の双子を窘めるように言う。

 双子がおずおずと離れた。座る場所は隣同士。すぐ傍だ。


「どうします? 戻りましょうか?」

 一足先の帰還を提案しているのは、予想通りのクイリッタ。


 父が否定するのも予想通り。他の者も、此処まで来たのならディミテラのためにもクイリッタを帰そうとはしないのだ。


「まだフラシ上陸直後に取り押さえられた可能性も残っています」

 父だけでは無く、弟達も見ながらマシディリは続ける。


「ヒブリットやポタティエも第一次フラシ遠征では肉を取り合う遊戯を通してマルテレス門下生との交流を深めました。口だけよりもよっぽどわかり合えたと思いますし、そう言った行動を好む人が多いのもマルテレス門下生の特徴です。スィーパス様の行動が大きな波紋になるのを防ぐための手は、此処からでも十分に打てるはず。


 一先ずはユリアンナの下へ行きましょう。折角の家族旅行ですから。これを完遂した後で、すぐに戻る人も決めておけば大丈夫では無いでしょうか」


 それに、と秘める。


『明日の旅が雪に閉ざされないとは限らない。明日の橋が流されていないとは限らない』


 これは、旅行前の占い結果だ。海の安寧と旅程の安泰の祈願だけを頼んだが、押し付けられた占い結果である。

 不穏なのは事実。だからこそ、会いに行ける時に会いに行っておきたい。忙しく成れば皆で揃えなくなるのはこれまでだってそうだったのだから。


「じゃあ、僕で」

 スペランツァが左に体を傾ける。


「俺だって行く!」

 アグニッシモが対抗するように手を挙げた。


「無理だろ」

「無理でしょ」

 クイリッタとスペランツァの言葉が重なった。

 アグニッシモが抗議するように勢いよく立ち上がる。


「俺だってほら、遊んでいるよ、幼い時。川遊びだってしたし、おじさんに対しておじさんって呼びまくって喧嘩紛いの決闘ごっこもしたし。よっぽどやってるよ! ティツィアーノとだって、まーだ喧嘩している兄貴よりもよっぽど仲良いしね」


「ああ。そうだな。ティツィアーノみたいにお前の力を目にすればアスフォスは黙っていただろうさ」

「アスフォスは今関係無いだろ」

 アグニッシモが唇を尖らせながらも乱暴に椅子に座り込んだ。


「アグニッシモも良いと思うけどね」

 アグニッシモの顔を綻ばせたのは、父。

 朗らかに優しく笑いつつも、一足先に帰るのをスペランツァに頼んでいる。


「ちちうえー」

 アグニッシモが溶けたことで、ひとまずは終了。


「ティツィアーノに手紙を送ると同時にハフモニ、フラシの朋友にも手紙を送ってスィーパスをすぐに捕まえられるようにしておくよ。名目は、旅路の供にでもしておこうか。

 それから、ティツィアーノを中心に軍団の準備をしておいてもらいつつ、マルテレスにも手紙を送ろうか。早まるな、とね。状況次第では、すぐにスィーパスを先遣隊とみなした軍団編成を行うと言うとして」


 さて、と父の手が止まる。目も左下に。


「インテケルンを軍事命令権保有者に推薦するとして。副官にスペランツァを付けるように内々に進めておくべきか。軍団長補佐筆頭にはビユーディ。軍団長補佐にアゲラータとオグルノの現地に居る者達。スィーパスは、軍団長補佐か騎兵副隊長にしておけば、ひとまずは満足してくれるか?」


 悪くはない条件だとマシディリは思う。

 気になるのは、大乱の予兆と言う神託。インテケルンは決して政治的な駆け引きが下手な訳では無いが、どうしてもカルド島での失態が頭をよぎってしまうのだ。


「スペランツァ」

「はい」


 マシディリの呼びかけに応じ、スペランツァの首から上だけが滑らかに動く。

 隣に座るアグニッシモも似たように首から上だけを動かしていた。


「どんな方針にするかは、決めてある?」


「ひとまずはサッレーネを土台にした強制的なメンサンの持ち上げと一角にアレッシアの武力を加える支配体制を構築させようかと思っています。

 このまま国防力をアレッシアの軍事力頼りに変えてしまっても良いですし、マヌアを呼び戻すための火種を残しておいても良いかな、と。両にらみで行く予定です」


 にらみ、と隣のアグニッシモが目じりを指を使って吊り上げた。


「ひとまずは、メンサン陛下集中の支配体制で、アレッシアの協力はサッレーネ様ら数名に絞らない?」


「何故だい?」

 質問は父から。


「早期安定を図ることによって付け入る隙を減らし、ひとまずはスィーパス様を落ち着かせようかと思いました」


 大乱の予兆、とは口にしない。

 だが、隠せているとは思えない。


 父は最高神祇官なのだ。ウェラテヌスとしての情報網も父が整備したことで発揮されたウェラテヌスの強み。


 今回は一部に全力を絞ることによって情報の遮断ができていたが、神託に関しては全く行っていないのである。


「マシディリが言うのなら、そうしておこうか」

 父の決定に対し、スペランツァの頭も素直に下がった。



「父上!」


 その後も何事も無く、予定通りの日程で進み、カナロイアに着けば予想通りにユリアンナが真っ先に父に抱き着いた。父も抱き止め、数秒で二人が離れる。


「兄上も久しぶり! 去年エリポスに来てたんだから、寄ってくれればよかったのに」

「仕事が多くて。ごめんね」


「誰かさんの所為で増えていたからな」

 クイリッタがアグニッシモを睨む。アグニッシモの唇がとがった。


「ねちねちと細かい男は嫌ね。ああなっちゃ駄目よ、アグニッシモ」

「はい! 姉上!」


 アグニッシモがクイリッタに対して胸を張る。クイリッタは鼻で笑うだけ。

 その後もスペランツァ、フィチリタ、レピナ、セアデラへと挨拶が続き、ぴょこぴょことつま先立ちを繰り返すラエテルの頭を撫で、ソルディアンナを抱きかかえた。


 下の二人は、興味深げに見ているがユリアンナには近づかない。

 ユリアンナも無理には近づかず、満面の笑みを浮かべた。その先は、もちろんべルティーナ。


「久しぶり!」

「ええ。久しぶりね」

「会いたかったよー」


 そうして、ユリアンナがエスピラに対してよりも熱烈に抱き着く。


「元気だった? 大丈夫? 兄貴に嫌なこと言われてない? 兄上はきちんと守ってくれてる? 子供達大きくなったね。ああ、そうそう、妊娠中のこととか、生まれてからとか、一杯聞きたいのだけど、しばらくいるよね?」


「ええ。しばらくいるから、落ち着いて」

「もー、べルティーナちゃん大好き!」


 より一層ユリアンナが腕に力を込めたのが、べルティーナの服にできた皺から良く分かる。頬もこすりつけるようにして、十代の女性同士のような仲の良さを発揮していた。


 対するべルティーナは、ユリアンナのおなかを気遣ってあまり腕に力を籠められないのか、少し困ったような顔と母の顔を浮かべながらユリアンナを受け入れている。


 ちなみに、二人は同い年だ。


「母上とられちゃったね」

 言いつつも、ソルディアンナが「抱っこ」と言わんばかりに両手を上に挙げて来た。マシディリは屈んでソルディアンナと視線を合わせてから愛娘を抱きかかえる。


「寂しいね」

「私がいるよ!」


 ぎゅー、とソルディアンナが口にする。代わって、代わって、とリクレスがマシディリのふくらはぎを叩いてきた。訴える先が違うが、これもこれで可愛い。


「喜びに浸っているところも申し訳ありませんが、先に宿に案内してもよろしいでしょうか?」

 そんなカナロイア高官の声に軽く答え、じゃれあったまま宿へ。



「エスピラ様。マシディリ様」


 そんな幸せな時間に暗雲をもたらしたのは、何度も往復する羽目になってしまったレグラーレの到着。


「マルテレス様が襲撃されました」

 紡がれたのは驚愕の言葉。


「は?」

 父から漏れたのは、威圧も混ざった間抜けな声。


「襲撃犯はクーシフォス様とルカンダニエ様。マルテレス様は、一晩明けた段階では行方知れずでした」


 瞬間に、マシディリはアレッシアへの帰還を決意した。

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