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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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踏み台とならん Ⅲ

「ビユーディは何て?」

 ささやかながら歓迎の宴を行うとソルプレーサに伝言させてから、エスピラは両足を開いて座り直した。


「現時点ではどの勢力も非常に小規模であり、十分に鎮圧可能だと言っております。しかし、旗幟には不確かなところも多く、状況次第では巨大な勢力が出てきかねないとも言っておりました」


「アゲラータとオグルノに関しては?」


「個人の交友も広げており、一応報告は上がっているようでした。ビユーディも疑ってはいますが、疑い過ぎて亀裂が入ることは絶対に避けなければなりませんので、問い詰める等の行為はできておりません」


 エスピラはティツィアーノから視線を切った。


 ビユーディと他二人は元々派閥が違うのだ。共闘経験もほとんど無い。アスピデアウス派ではあるが、どちらかと言えば武辺者であるビユーディに細かい調整まで頼むのは難しいと言うモノだろう。


「師匠」

 声に、再び目を戻す。

 ティツィアーノはまっすぐに背筋を伸ばしていた。足は揃っているが、閉じてはいない。


「標的を数名に絞り、彼らを討ち取った者を元老院議員にすると布告しましょう」


 それは、アレッシアが軍団を派遣せずともフラシの内乱を鎮圧できる策。

 フラシの取り込みの、最終段階とも言える作戦だ。


「駄目だ」

 労力で言えば最善の策を、エスピラは突っぱねた。


 右手のひらはクイリッタに向けておく。そのクイリッタの視線がエスピラにやってきた。顔は当然と言った顔をしている。


「アレッシア人以外を元老院議員にすることはあり得ない」

「失礼いたしました」

 ティツィアーノも即座に引いた。


「アスフォス・オピーマの監禁をマルテレス・オピーマに要請しては?」

 代わりの言葉はクイリッタから。


「明らかに私達以外の者がフラシを扇動しております。此処からの伝達には船が最適。その船をたくさん持ち、いざという時に多くの人を移動させられる家門。その中で最も警戒すべきはアスフォスでしょう。あの男は扇動だけは上手いですから」


「マルテレスは反対するな」

「今ならトリンクイタ様を完全なる悪者に仕立て上げられますよ」


「他のオピーマ派に格好の攻撃材料を与えることになる。余計な分断を招くよ。アレッシアの分断を招くの、愚策も愚策さ」


 違う。

 そんなこと、分かっている。


 トリンクイタを悪者に仕立て上げると言うことは、クイリッタの中で穏当に済ます手筈が整っていることも意味しているのだ。


 それでも反対するのは、エスピラも子を持つ親であり、マルテレスの親友だから。


(父を失う、ねえ)


 義父の時は、いきなり多くの責任が降りかかってきてそれどころでは無かった。

 実父に関しては、そもそもかかわりが薄い。父祖を貶されることに怒りを覚えることはあるが、父を貶されることに覚える怒りはそれよりも少ないのだ。


 ただし、マルテレスは違うだろう。


「ディファ・マルティーマからも一部艦隊をカルド島に移動させておこうか。ヴィルフェットとアダット様にも連絡して、オルニー島にも入れておくよ。それを急場の備えとしよう。

 アレッシアには攻撃準備が整っている。

 それを脅しとして圧をかけ、乱を小規模なモノに押しとどめようか」


「足りないのでは?」

 クイリッタが言う。

 ティツィアーノも、意見は同じとばかりにエスピラを見て来た。


「スィーパスにそろそろ火遊びを止めるように伝えておくかい?」

「アレの愛人全員にきっちりと教え込んでおきます」


 クイリッタの言葉に、ティツィアーノが目を細めた。

 嫌悪感丸出しだ。エスピラはクイリッタの父親なのだが、そんなことお構いなしにクイリッタを睨みつけている。


「私からお伝えしておきます。全てを失う前に火の始末をつけておけ、と。クイリッタはとっととビュザノンテンに居る愛人の下へ行ったらどうだ?」


「おや。悪いなあ。気を遣ってもらって。

 でも私は不安だよ。スィーパスにアレッシアへの未練を残しておかないと暴走しかねないだろう? 愛人の心を再び奪いたいと思わせておかねば、ねえ」


「相も変わらず嫌味な冗談だ。心まで奪えば、それこそアレッシアへの未練が無くなり暴走する。愛人の家族をアレッシアに縛り付けておく方が効果があると思うがな」


「一度失いかけた方が取り戻したくなるものだ。手にある状態でアレッシアに縛り付けても、フラシで愛人を作れば良いと思って終わるかもなあ」


「経験者は語ると言う奴か? 誰よりもビュザノンテンの愛人にお熱らしいじゃないか。少々愛人管理が雑になっていると言う噂だぞ?」


「正妻を持ち上げるためだよ、間抜け。お前の頭は穴だらけか?」

「いや、どうやら私が悪いのは頭では無く耳のようだ。どこの誰が正妻を持ち上げるって?」


 エスピラは、人差し指の爪で机を叩いた。

 二人の言い合いが止まる。


「君達が悪いのは性根よりも目だな」

 ため息をたっぷりと込めて。


 すぐに、ティツィアーノが頭を下げた。

「失礼いたしました」


「アレッシアのために戦った者を遇するのは当然のことではありませんか?」

 一方でクイリッタは反抗を貫いてくる。


「クイリッタ」

「ディミテラはアレッシアの功臣。私と関係のある女性で、ディミテラ以上にアレッシアのために働いた者はおりませんよ」


「ディミテラがマルハイマナ戦争に於ける功労者なのはその通りだ。ああ言った形式の功績を挙げた女性で、上回る者はカリヨかユリアンナくらいだろうな。

 だが、クイリッタ。話が変わってきているぞ」


 クイリッタの唇が強く閉じられた。

 カリヨもユリアンナもウェラテヌス一門の娘。そこを突いてと言う話の流れはエスピラも想定済みだ。もしかしたら、生まれた時とは違い、今やサテレスに高位高官をと望んでいるからティツィアーノの元老院議員発言も見逃したのかもしれない。


(そうであるなら)

 危険だ。

 エスピラも自身が親馬鹿であるとはうすうす感づいている。どもりはするが認めもするだろう。


 だが、子供達が優秀なのは事実だ。

 そこを違えたことは無い。


「父上。ディミテラを馬鹿にされたのです。兄上がべルティーナを馬鹿にされて黙っていられましたか? スッコレト・マンフクスは今やアレッシアの笑い者です」


「私には、ティツィアーノがディミテラを馬鹿にしたようには聞こえなかったよ」


「私からも訂正いたします。ビュザノンテンの愛人を愚弄するつもりはありませんでした。尤も、私が妻を失いかけたのはクイリッタの所為ですので、その怒りを伝えるつもりは十分にありましたが」


「ふんっ」

 クイリッタが鼻を鳴らす。


 本当に性格的な相性が悪い。致命的だ。

 それでも一緒に行動することが多いのは、能力的な嚙み合いが良いと二人とも思っているのだろう。マシディリも良く組ませている。エスピラとしてはやめて欲しいところだが、成果が挙がっているのも事実なのだ。


「スィーパスは、将来の展望を描くことに於いてはてんで駄目だが、武力はある。できればこちら側に引きとどめておいて欲しい」


 呑むか、呑まざるか。

 呑みにくい条件だろう。スィーパスがこちらに着こうと思えば、これまでの方針を捨てねばならないのだから。

 それでも、スィーパスの武勇は魅力的である。


(もしかしたら)

 相性の悪い二人の間にさらに相性の悪いスィーパスを入れることは、良い変化をもたらすかもしれない。


 そんなことも思いながら、エスピラはカナロイアへの旅程の共有へと移ったのであった。

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