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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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これからのアレッシア Ⅱ

「それだけでは無いとは?」


「メルカトル様が失墜した今、オピーマ以外の家門を海運に入れることもできたはず。それをけん制、あるいは掃除することを名目にオピーマに協力を求めることも、メルカトル様の権限もマルテレス様が握ったからこそ推し進めることもできるのであれば、エスピラ様にとって護民官の枠を用意するほどに骨を折る必要は無いのではありませんか?」


 メルカトル・オピーマ。

 彼の男のは、息子であるマルテレスに最も多くの権限を継がせてアレッシアから消えたのだ。次に手に入れているのは孫のアスフォスだが、それもあってアスフォスを取り巻く状況は一年前から一変した。

 無論、悪い方に。


「プラントゥムの改革を考えています」

 マシディリがはっきりと告げる。


 マルテレスは、何も気にしていないようだ。反対に目を大きくしたのはスィーパス。インテケルンも唇を一度引き締めていた。


「イロリウスもそろそろ家として動ける段階に入ります。オピーマとイロリウスの両輪で以てプラントゥムの安定統治を図り、未だに続いている小火騒ぎを鎮火しようかと」


「プラントゥムを慰撫したのはオピーマ、だったような気がするのですが」

 自信なさげに確認を取るかのように、スィーパスがインテケルンを見る。


「畑を耕し種を蒔いたのはペッレグリーノ・イロリウスだろ?」

 背もたれに体を預け、冷や水を吐き捨てたのはクイリッタ。


 スィーパスからの所在なさげな視線がクイリッタへと注がれた。

 所在なさげに見せているが、その実、怒りが隠れているようでもある。クイリッタもそのことは分かっているだろうが、あたかも組むかのように足を動かした。


「カルド島で失敗したオピーマに機会を与えてやっただけ。あるいは、サジェッツァが脅威になり得ないと判断した結果。まあ、功績と実利を釣り合わせるためだけに行われた遠征だ。

 その上、オピーマがプラントゥムの統治に失敗したから今も度々反乱が起きているんだろ?」


 スィーパスの鼻筋にしわができる。

 強気に打って出るのは、二度のフラシ遠征で出来た自信か。それとも、機は熟したからか。


「元はと言えばイフェメラ・イロリウスを止められなかったそっちの責任ではありませんか?」

「自分の無能を棚に上げて都合の良いことだけ言うもんだ」


「クイリッタ」

 身を乗り出したスィーパスの動きを完全に封じ込めたのは、氷のようなマシディリの一言。


「自分にとって都合の良いことを言っているのは誰だい? それとも、話し合いを破産させる気かい? それなら、アグニッシモを呼んでも良いんだよ?」


「流石に。アグニッシモと比べられたくはありませんね」

 吐き捨てるように言いながらも、クイリッタは姿勢を整えた。


 申し訳ありませんとは口にしないが、マルテレスに対して謝るように目をゆっくりと閉じている。


「スィーパス」

 続いて、クーシフォスが自身の弟に謝罪を促す。


「兄上。功績を奪われるのは話が違います」

「喧嘩をするのも違うよね?」


 ぐ、とスィーパスの唇が白くなった。

 此処でエスピラはようやく動く。力感なく右手を振れば、注目が集まった。


「スィーパスが素を多く見せてくれるようになって嬉しいよ」


 普通の一言だ。他意はない。

 だと言うのに、なぜかスィーパスの頭がすぐに下がった。もちろん下げ幅は小さいが、反応速度がやけに速かった。


(いや、違うな)

 いつもの演技の延長線上だ。先の態度は、功績を立てた者として強気も見せねばならないのも責務と言う演技にかこつけた行動でもある。


「確かに、フラシでの君の功を思えば私からの支援など無くとも護民官には成れるとも。少数で突撃しては武勇に秀でるフラシ騎兵を蹴散らし、味方を救って帰ってくる。まるで物語の英雄のようだったそうじゃないか。


 だが、プノパリアは微妙な線だ。堅実に功績を立てたが、君に比べて華に欠ける。ルフスの名跡を考えれば万が一にも落ちるわけにはいかないからね。この調子なら三年目となるマヒエリに関しては、流石のオピーマでも続き過ぎと言う懸念が出てくる。


 悪くない話だと思ったけど、そうか」


 スィーパスを後に回せば良いと言う話では無い。

 それは、功績を無視した話なのだ。スィーパスの武功を考えれば、クーシフォスを除くオピーマ兄弟では一番に護民官にならないといけないのである。


「マルテレス。気を悪くする提案だったかもしれないとは思っているよ。でも、安定した統治が必要なんだ。今の戦争は、移動費だけでも馬鹿にならないからね。落ち着いた統治をしたい。そう考えた時、申し訳ないが、プラントゥムにも元老院が介入する必要があるんだ」


 元老院が、と額面通りに受け取った者が何人いることか。


 オピーマ、もといマルテレスやクーシフォス。そして、イフェメラ反乱によって潰れたような状態で存続しているイロリウス。


 どちらも頼るとすればウェラテヌスでは無いか。マルテレスを最初(タイリー)に推挙したのはエスピラ。イロリウスを実質的に庇護しているのはマシディリ。繋がるのは、ウェラテヌス。


 元老院と言いつつもアレッシアの決定はエスピラでは無いか。


 そう思う者は、此処に居る者だけでは無い。アレッシアでも大多数が思うはず。


「属州政府を置く、と言うことですか?」


 エスピラの提案に先んじて、インテケルンが座る位置を変えて来た。

 椅子の前へ。体も前景で。膝に肘をつくように。


「カルド島のような。ですが、カルド島と違ってアレッシア軍をある程度常駐させる組織を」


 エスピラは、口元に三日月を浮かべた。


 一拍目は何も言わない。


 二拍目に顔を動かしてインテケルンとはっきり合わせる。


 三拍目。ついに、両の唇を離した。



「耳が早い、と言うべきかな。それとも切れ者だねと評するべきかな?」


 楽しそうに。それでいて、得体の知れなさを漂わせ。

 インテケルンの喉仏が、大きく上下した。


「地方に強大な力の要員となるモノを作るのは危険です。文武を分けるべきでしょう。その際、やはり、オピーマ派が統治に向かないのも、認めたくはありませんが事実です。


 しかし、プラントゥムは我らにとっても思い入れのある土地。オピーマ派の力によって得た部分も多分にあると自負している地域です。


 武官として、現地での軍権をオピーマ派の誰かに預けてもらう。

 これが、元老院によるプラントゥム介入の条件です」


「君が決めて良いのかい?」


 目を細めるようにして訊ね、エスピラはマルテレスへと目を移した。

 その際、スィーパスにやや長く止めるのを忘れない。


「『元老院の決定に逆らうのも辞さない』と言っているように聞こえなくもない言葉だけど」

「そもそも、エスピラ様の決定が元老院の決定になるとも限らないのではありませんか?」


 横からインテケルンが入ってきた。

 エスピラも目だけを動かす。


「全く以てその通りだよ。だから、こうして多数派の形成に勤しんでいる訳さ」


「でしたら、軍権を持つ者と統治権を持つ者が並び立つ状態を作り、軍権を持つ者にオピーマ派の者を配置してください。それが、ひとまずの落としどころ。個人への評価が武器と財と女なら、派閥への評価は属する者の出世。そうは思いませんか?」


「後半部には同意するよ。でも、前者の『並び立つ』部分は駄目だ。それは、ハフモニと同じ権力構造を生み出してしまうからね」


 文官と武官。

 二つが分けられ、並び立ち、結果として第二次ハフモニ戦争で足を引っ張った構図を。


 逆に言えば、それが無ければ戦いは厳しいモノになっていた。マールバラに十分な支援が行き渡り、アイネイエウスの好きなようにカルド島を差配できる。プラントゥムも三つに分かれてなどいなかっただろう。


「誤魔化しておりませんか? ハフモニは、文官が武官を制御していたからそうなったのです。完全に並び立てば、そうはならないはずだと思いますが」


「最初は良いだろうね。でも、すぐに軍権の方が強くなる。最後に物を言うのは、純粋な武力だからねえ」


 父上、とエスピラだけに聞こえるようなマシディリの小声が聞こえて来た。愛息の唇は動いていない。しかし、視線はやってきていた。

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