恐怖の名、偽りの希望 Ⅱ
「アレッシアがメガロバシラスにやってくるまでは時間がかかります。軍団を鍛え上げてとなればよりかかるでしょう。対してトーハ族がやってくるのは見張りが発見してから時間を開けずに。
メガロバシラスを守るためならばメガロバシラス独自の兵力は必要です」
両手は硬く、顎は引き。それでも目は爛々と。
メガロバシラス第二王子エキシポンスは、エスピラに意見を言える種類の人間だ。
「独自の兵力ならばあるだろう?」
「足りないと判断したからアレッシアが援軍に来たのではありませんか?」
「君達が求めるからだ」
「求めてからが早かったのはメガロバシラスを案じて。先に分かっていたのなら、また違った策があったと信じております」
エスピラの笑みが深くなる。
メガロバシラスの貴族たちの顔に、いくばくかの明るさが戻った。向けられる先は、当然第二王子。
「ならば兵力の増強は必須。最低でも今回の遠征と同じ一万三千の兵力と、絶大な効果を発揮した対人兵器が必要です」
「申し訳ないが、スコルピオは野戦装備として数えない方が良い。確かに私は良く使っているが、あれは、野戦で使う物では無いよ」
「でしたら、より多くの兵力を。制限前のメガロバシラスは、独力でトーハ族を退けることができておりました。此処にいる、有力者の方々と共に!」
「おや。貴族に買われていたのは君の方だったか」
父の雰囲気が昏くなる。空気が凍り付いた。貴族の顔が、再び翳る。
(伯父上戦法)
つまり、タヴォラドとエスピラの時のように、仲が悪いと見せかけるための演技。
それでも、隣にいる第二王子から空唾を無理矢理飲み込む音が聞こえてきた。
「父上」
マシディリは、第二王子の防波堤となるべく声を発した。
「少なくとも、今回の遠征にて邪魔が入らなかったのは殿下の尽力。あの場では殿下が最上位だったのですから。殿下が望めば、妨害だって強行できたと思います」
「そうだったね」
父が笑みを深める。
その後ろに居並ぶ貴族たちは、人形を並べた方がメガロバシラスの威信が保たれそうな程だ。
「スコルピオを活かすためには、受け止める壁が必要です」
呼吸を確保していくように第二王子が言った。
胸と肩も数度大きく動く。
やがて、堂々と胸を張り、眼光も力強いモノを取り戻していった。
「メガロバシラス北部に強大な壁を築きます。そこにスコルピオと、遠距離の相手に対してより有効な投石機を配備する。技術提供と兵器譲渡をアレッシアに要求しますが、認めてくださいますね?」
北部はアレッシアに敵意を見せないため。
投石機は自身の価値。
譲渡と言う言葉は、メガロバシラスの誇りを守る砦。
これが、普通の交渉ならそう言うことだ。
「私に敵意を見せ、機があれば立ち上がると宣言している者が玉座に着いている状態で、かい?」
第一王子の手に力が入った。
上下がはっきりしていないと言えない言葉である。第三王子は、ただただ黙っていた。王も黙している。
「メガロバシラスを潰すおつもりなら、そう仰ってください。私も立ち振る舞いを考えます」
第二王子は、胸を突き出すように言った。
現実の体は堂々と真っ直ぐに立っている。
「それとも、エスピラ様は恐れているのですか?」
「ああ。畏れているとも。同時に侮ってもいる。だが、メガロバシラスが軍事力を増強させるには時期尚早だとアレッシアの政治家として思っているよ」
意味が違う。
二人はそれが分かっているだろうが、果たして、周りはどうか。
「そうだ。殿下。ならば折衷案としてアレッシア軍を駐屯させるのはどうだろうか。北方に壁を作り、兵器の運用はアレッシア軍が行う。君達はこのままで良い。北方の備えと言う名目で残した五千の兵団だが、これも解体はせずに残して良いと譲歩しよう」
増強どころか取り上げもある。
どれほどのメガロバシラス人が、その可能性に気づいていたか。
少なくとも、この場にいる多くの者は考えもしなかったようである。
「御冗談を」
はっきりと、強い声。
顎を引き、拳を握りしめ、その状態で第二王子が大きく一歩踏み出した。
「言葉の通じぬ者にとって、現地の者の悲鳴は風の音に同じ。どれだけのことを行おうと、駐屯しているだけで貴国を守っているのだからと、彼らの中では言い訳が立つ。自分達は祖国から離れ、遠く異国の地で務めを果たしているのだからこれぐらいの役得はあるべきだと。
そうして国に帰れば、大した罪も無く全てが許される。
それが駐屯だ。軍団など、結局は暴力装置。他国の危険分子をメガロバシラスに残しておくわけにはいかない!
私が要求するのは、メガロバシラスが単独で戦える軍事力だ」
いや、と第二王子が首を横に振る。
「許しを請うことこそが普通であればおかしなこと。メガロバシラスのことはメガロバシラスで決定すべきで、他国が脅して介入してくるべきでは無い。それを曲げて頼んでいることを、もう少し考慮していただきたい!
父上も。平和をアレッシアから買う気ですか!
お集まりのメガロバシラス人。先ほどから聞いていればお前らは何だ。何をした。何もしていないのに文句ばかりを言い、いざとなれば黙りこくってアレッシアに要求を通そうともしない。
祖国が此処まで腑抜けていたとは思えなかった。
これは、フラシもアレッシアへの対抗手段としてアレッシアを選ぶわけだ。メガロバシラスを弱くしたのは、紛れもなく我らの所為。ならば我らの手でまた強くするべきだ。
国民に、まるでメガロバシラスとアレッシアの関係が対等であるかのように思わせるのでは無く。今は下にされているのだと。しっかりと理解させ、それでもアレッシアの力を借りて、その内アレッシアと並ぶ国家に変える。
その狡猾さもないまま文句を垂れ流すのは、どういうことか!」
「殿下」
エスピラが微笑む。
「アレッシアを利用すると仰せですか?」
「エスピラ様がメガロバシラス留学に来たのと同じことを言っただけですよ」
第二王子が右足を引き、やや半身となる。
ちなみに、第二王子の利き腕は右手だ。
「そう言うことにしておきましょう」
エスピラの口角がもう一段上がった。
ペリースを翻し、父王に正中線を合わせている。
「エスピラ様」
呼び戻すは、第二王子。
「聞きたい言葉はそれではありません」
やや喧嘩腰に。
「メガロバシラスの軍備増強の許可を」
「それは、元老院が決めることだ」
「元老院とはエスピラ様では?」
「不敬だよ」
父が鼻で笑った。
「それなら、全アレッシア人にメルアの冥福を祈らせるからねえ」
それも良いか、と父が呟いた。
確かに、父の冗談は下手だ。ユリアンナですら愛想笑いを浮かべ、レピナですら反応しないようにするほどである。
それでも、どこか、冗談で終わらない響きを感じてしまうのは、不安を感じてしまうのは、気のせいか。
「メルアか」
父が、小さく呟いた。
グライオとソルプレーサに明確な反応が生じる。
グライオは顔を上げ、素早く全員を見回し。
ソルプレーサは目を上げながら顎を引き、腕を腰もとに少々動かしている。
「北方に壁を築くことは認めよう。だが、投石機の類はメガロバシラスにもあるはず。まずはメガロバシラス独力で防衛思想を築き、その上でアレッシアとしての協力を考える。こちらから軍事顧問と言う形で人も送ってね。
その方針で元老院に提出し、条件の緩和を働きかけるよ。
それで良いな?」
エスピラの顔が第二王子へと戻ってくる。
その目は、どこか焦点が合っていない。
「ありがとうございます」
感謝を告げるエキシポンスに、いつもと変わった様子は無い。父の顔が見える位置にいるメガロバシラス貴族にも変化は無い。
(気のせい、かな)
胸のざわつきを無視しきれずに、マシディリは今一度父を見た。
父の眉が僅かに動く。今度は、はっきりと視線が合ったのが分かった。
父が先ほどまでと同じで、そして先ほどまでと違って堂々とメガロバシラス国王に体を向ける。
「戦後処理とメガロバシラス国民に対しての我らの扱いについて、詰めましょうか」
そこからは、やはり、いつもの父であった。




