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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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霧の決断

 無論、霧の出る土地柄と言うのは把握済みだ。

 故に、対策も打ってきている。早めの撤退を行い、有利な場所を確保しておくのもその一つ。高官経験者を過剰に持ってきているのも理由の一つだ。


 経験豊富かつエスピラの意図を理解できる者を配備することで守りを崩さず、エスピラの目が届かないところでもほぼエスピラの想定通りに動いてもらえるのである。兵の安心にも繋がりやすければ、より守りを固めやすい。


「防御徹底の指示を再度。高速で近づいてくる影は敵だと考えてかかるように。それから、見回りにも行ってくれ」


 フラシでは無くこちらに連れて来た伝令部隊出身者を再び伝令として派遣する。

 エスピラ自身は、天幕の近くから動かないことで全体からの使者を受けやすい状況を確保した。


「スコルピオの準備を。神官には占いを始めるようにと伝えてくれ。吉兆が見えたかどうかも広く募集する」


 無論、敵が出てくる保証は無い。


 敵としては奇襲の好機ではあるが、敵から見てもアレッシアがその場に留まり続ける保証は無いのだ。


 不意の遭遇から奇襲を受ける可能性だってある。

 逃げ出した時、散り散りになり、数の利を一瞬で失う可能性も捨てられない。


 敵が動くとすれば、それはかなりの危険を承知して。


 つまり。

(やってくる敵は、マシディリの考え方でも敵兵に数えられる敵)

 数がそのまま純粋な敵となる。


「鹵獲した馬も中央に集めておいてくれ」

「馬、ですか?」

「ああ」


 思わず疑問を返した者に即答しつつ、エスピラはすぐに動かした。

 周りに残るのは、いつもの如くのシニストラ。最近は手元に良く置いているフィロラードとヴィルフェットもいる。


 二世であり、かなりの縁故採用だ。


 ただし、フィロラードはまだ成人年齢に達していない。この待遇は当然である。

 ヴィルフェットに関しては、正直、フラシに送るのと迷った。旧エリポス遠征軍もエスピラの悩みを理解できている。


 故に、彼に関しては東方遠征で言うところの足下部隊長。自由度の高い高官格だと認識されている。何より、二世だから、と言うよりも周りが二世であることを望んでもいるのだ。


 グライオ・ベロルス不在時にその穴を埋め、復帰後は間違いなく両輪となり輝かしい未来を歩むモノだと信じて疑われなかったヴィンド・ニベヌレスを、重ねているのである。


「重荷であり誇りだと思います」とは、マシディリの言葉。愛息の推測。


「誰か来ます」

 そう言ってエスピラと気配の間に割って入った甥の本心かは、分からない。


「レグラーレだよ」

 エスピラは、同じく反応していたフィロラードに手を向け制止させた。


「やっぱり気づかれてしまいますか」

 霧の中から、ぬらり、と影が人を形どるかのようにレグラーレが現れる。


「この霧の中だ。マシディリも、君の力が必要だろう?」

 言外に端的に済ませて良いと告げ。

 エスピラは、被庇護者と目を合わせた。ユリアンナと同い年の被庇護者が膝を折り、頭を下げる。


「東方諸部族兵を部族ごとに動かし、霧の中で敵に奇襲を仕掛けます」

「マシディリらしいね」


 事実、第二次メガロバシラス戦争でのマシディリは霧の中で積極的に動いた。

 相対した敵は、マシディリが指揮していた数よりも圧倒的に多かったが、その積極性と虚勢によって勝利を手繰り寄せたのである。


「私は止めないよ。折角の少数単位の諸部族兵なんだ。存分に奇襲してくれ」

 これもまた、霧も想定した編成である。


「はい。各部族間の会話は大声で各部族の声でさせます。他部族との符号にはアレッシア語を用いることで決まりました。また、メガロバシラス兵は追撃用に待機いたします」


「現場には誰が出る?」

「パライナ、ピラストロ、イーシグニスが出ます」


 イーシグニス以外は高官経験者では無い。

 しかし、ピラストロの父親はタイリーの信任厚い百人隊長であったステッラ。教えはしっかりと生きているのも知っている。パライナも、サンヌスの反乱時にマシディリと直接対峙した時には一部隊を率いていた。統率力に問題は無く、対応力も高い。


「君は?」

「霧の中での戦いなんてご遠慮願いたいと頭を下げてきました」


 エスピラは口元を緩めた。

 本当にやったかもしれないし、やっていないかも知れない。はっきりしているのは、マシディリが命を懸ける場面ではその先にレグラーレも立つであろうことだ。


「そうか」

「はい」

「マシディリと君達に、アレッシアと父祖の加護を」

「はっ!」


 返事と共にイーシグニスが去っていく。

 すぐに霧に隠れ、遂に影も見えなくなった。


「諸部族兵は三千ほど。霧があるとはいえ、少々危険すぎる賭けではありませんか?」


 真っ当な感性だ。

 少数であれば奇襲。それを盲目的に決行する人物では無いのは少々意外かも知れないが、父であるシニストラの詩作が上手いのも他人から見れば意外に見えるだろう。


「トーハ族は主導権が変わったばかりだからね。霧で敵数が分からないとなれば、積極的に交戦に及ぼうとは考えないよ。変わったことで冷遇されるようになった部族は被害を抑えたいしね。霧の中なら、他の者から正確な兵数を割り出すこともできない以上、誇りもそこまで傷つけられないさ。尤も、だからこそ危険なこともあるけどね」


 何だと思う? とエスピラはフィロラードとヴィルフェットに目を向ける。

 先に目が合ったのはヴィルフェット。しかし、ヴィルフェットは横を見て動きを止めた。


 フィロラードに気づいた様子は無い。だが、さほど時間はかからずに口が開いた。時間はかかっていないが、地面に耳を当てる者は増えている。


「霧の中を進んで来た者は、覚悟が決まっている者の可能性が高い、と言うことでしょうか」

「その通りだね」


「うーん、と。あと、エスピラ様が動かなかったのは、敵に本陣の位置を知らせるため? えっと、知らせて、来た場合は確実に覚悟があると知るため、ですか?」


「そう。敵中突破にしろ、私の首を取りに来たにしろ。少なくとも上は覚悟があって、ついてくる者にも上を信じさせることができていると言うことだね」


 即ち、首脳陣にとっての主力。精兵。

 エスピラにとっての第一軍団。マシディリにとっての第三軍団。いや。もしかしたらプラントゥム以来の兵かも知れない。


「エスピラ様」

 地面に耳を当てていた兵の傍でしゃがんでいた隊長が、深刻な声を出す。


「多くの足音が近づいてきます。馬で、二千はくだらないでしょう。恐らく、縦長だと思われます」


 フィロラードが唾を呑み込む音が聞こえた気がした。

 エスピラは、目を細める。


(まあ)

 混ざりモノだ。


 トーハ族は、トーハ族とアレッシアやエリポスでは纏めているが、万を超えるなら確実に部族の集まり。温度差が無いはずが無い。特に、マシディリが霧の中でも動いていたと知る者は、アレッシアと遭遇しないことに賭けて偽りの忠誠心を見せていることもある。


「戦闘態勢の維持を。占いの結果も周知するように」

 伝えた後、エスピラも地面に耳を当てる。


(走ってはいない)


 奇襲のつもりだ。

 無論、敵兵では無い可能性もある。


「前面にスコルピオを厚めに配備」

 すぐにアレッシア兵が動き出す。


「一射目は空射ちだ。音を大きくたてろ。それで少数で近づいてくるのなら隊列を維持して待機。撤退するのなら二射目を準備したまま待機。全軍が突っ込んでくるのなら、だいたいの位置で良い。攻撃を開始しろ」


 話し終えた後だが、さらに息を吐きだす。


 体の中には新たに冷たい空気が入ってきた。手足の温度は十分。しかし、火照りそうな体を覚ますには十分。頭も、はっきりとしてくるようだ。視界は霧による靄が多いが、思考は澄み渡っている。


「空射ちの指示は、最前線にいるメクウリオに任せる。以降、諸君の規律ある健闘を期待する」


 この霧では、エスピラが全軍に指示を出すのは不適格。やるのは情報を集め、先読みし、隊列を維持し続けること。敵の数を正確に推定すること。


 少なければ晴れまで待ち、多ければ霧の内にはじき返す。


(私は、マシディリでは無いからね)


 不慮の事態への対応力で欠ける部分は、想定で補う。それがエスピラの戦い方。



 ばあん!

 と、スコルピオの射出音が響き渡った。


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