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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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サントン平野の戦い

 メガロバシラス第二王子エキシポンスが『全ての』作戦に同意したとマシディリから連絡が入ったのは、会議から三日後のことであった。


 一方で、エスピラはメンアートルからの承諾は得られていない。メンアートルも貴族なのだ。その違いは、やはりどうしても出てくる。


 それでも、エスピラは構わずにグライオとソルプレーサ、クイリッタに作戦通り、変更なしとの連絡を送ると、軍団を率いて北上を開始した。


 トーハ族も即座に南下してくる。


 先に行軍を停止したのは、アレッシア・メガロバシラス連合軍であった。


「近づいてこざるを得ない」

 昨夜、険しい顔で呟いたのはエキシポンス。


 今のトーハ族の首脳部は、先のボホロスとの戦いで積極的な支援に走らなかった先代首脳部を批判しているのだ。曰く、もっと積極的にマールバラと協力していれば勝てていたのだ、と。


 その上、エリポス侵攻で得られるはずの財の一覧が兵に流れている。トロピナなどの一部のモノは上層部だけが得ているのだ。


 そこに加わる、約定。

 百二十艘からなるアレッシアの船団が近づいてきたことによるエリポス人の心変わりの恐れ。


 攻め込まない選択肢はない。



「ようこそ」


 肌寒さが戻ってきた朝。

 聖なる鶏が餌を食べたのを見ながらエスピラは呟いた。呟きにしては大きな声で、はっきりと。


 シニストラ、ジャンパオロ、カウヴァッロ、ファリチェ、ヴィエレ、リャトリーチ、プラチド、アルホール、メクウリオ、アビィティロ、グロブス、マンティンディ、ウルティムス。


 五千の兵団に収めるには豪華すぎる高官が、静かに配置についた。


 やや広がった陣形。ただの平野。草は短く、地面はやや湿っている。その中央に、やや乱雑に、まるで動きを止められたかのように荷台を置き、兵を周囲に置いた。


 東方諸部族軽装歩兵は幾つかに分断し、アレッシア・メガロバシラス両重装歩兵の内側に置いている。彼らの手に渡したのは、綺麗に磨き上げた盾。昇り始めた朝陽を反射し、煌めくそれは目つぶしには至らない。だが、十分に欲を刺激してくれるはずだ。


「もし、負けるようなことがあれば」


 静かに。

 歩きながら。

 兵の一人一人に語り掛けるように。


「私も君達も生きている意味など無い。此処で死ね」


 淡々と。

 だからこそ、エスピラ・ウェラテヌスなら実行すると思わせる声で。


「まあ、君達が居て負けるとも思っていないけどね」


 絶対の信頼と共に。


 大規模な演説は行わない。あくまでも主役はメガロバシラス軍。ただし、軍団は共同しない。二つの方陣が並ぶ形だ。その内側で、エスピラはいつも通り兵に声をかけていく。いつもと違うのは、エスピラの信任厚い高官が至る所に居ること。もう一点はいつもは信用できない他民族の軍団も、今回ばかりは専属の戦士のみであるかのような集団であるため、信頼できること。


 確かに、メガロバシラスの軍団にもあまり戦場を知らない貴族が居る。アレッシアを敵視している貴族もいる。


 だが、彼らに与えられた軍権は、実が伴わないモノ。

 兵に慕われ、実権を握っているのはエキシポンスとマシディリだ。


 特に、目の前にトーハ族の軽装騎兵が攻め込んできている状況では、兵は『命』を優先し、誰なら守ってくれるかで命令を聞くことになる。無論、メガロバシラスの誇りもそうだろう。


 いずれにせよ、従うのはエキシポンスの指示。即ち、マシディリの指示。


 トーハ族自身が攻めざるを得なくさせられていることに気づいているかは不明だが、煌めく盾に欲望を向けている以上、褒美への不満分子を先鋒にしているのだろう。彼らは、自分の欲を満たすために戦う。誰かに奪われる前に、自分の物にするために。


 当然、最初の攻め手は苛烈さを増した。

 その中では逃げる指示よりも踏み堪えるようにとの指示の方が歴戦の兵の耳には届く。


 此処も、メガロバシラスに軍事制限をしていて良かった点だ。


 弱兵を残すわけにはいかないのである。故に、単独で逃げることが危険なことは理解していた。それでも僅かに逃げるが、彼らはすぐにトーハ族の餌。槍の餌食。されど、軽装騎兵が最も突破しにくい兵種は重装歩兵による守り。


 それを壊すために居るのが、重装騎兵だ。

 さらに言えば、重装備を用意できる時点でトーハ族の中でも有力者の集まりなのである。


「巨大な山、とでも評しましょうか」

 フィロラードが顎を引いた。隣ではヴィルフェットが投石具に指をかけている。


 二人とエスピラの視線の先に居るのは、綺麗に並んだトーハ族重装騎兵。

 足並みを揃え、一歩ずつ、ゆっくりと戦場に出てきている。


 なるほど。素晴らしい威圧感だ。


 人馬共に鎧を着こんだその姿は、まさに別次元の生物。

 大地に沈む蹄鉄は、まさに悲鳴。

 戦場を横一列に並ぶ様は、まさに鉄床であり鎚。


 数で補った兵団なら、この時点で隊列が乱れてもおかしくはない光景だ。


「私は、兵数劣勢で戦うのは好きじゃないんだけどねえ」


 エスピラは、向かい風に声を乗せた。

 風は無機質にエスピラの声を流し去っていく。


「それでも劣勢の兵数しか揃えなかった意味を考えて欲しいよ」


 君なら分かったのかな、と。

 エスピラは、今頃苦戦を強いられているであろうフラシの長男、マヌアの顔を思い浮かべた。


 直後に、大地が大きく揺れる。

 重装騎兵による突撃だ。


 長槍を持って、衝撃で以てアレッシア・メガロバシラスの盾を打ち破るための破砕の一撃。


 大きく成る姿はそれだけで恐怖だ。伴い大きくなる音は、同じく大きくなる心音と共に指示すらもかき消す。大地の揺れは、ともすれば部隊から取り残されたと錯覚してしまうほど。


 近づくだけで、攻撃。

 少しでも乱れれば、そこを壊される。


 隙間が空けば重装騎兵が突撃し、軽装騎兵が浸透してくる。


「予測の範疇は出ていないよ。後は、経験したかどうかさ」


 破壊の近づく状況下で、エスピラはフィロラードとヴィルフェットにウィンクを飛ばした。


 直後、オーラが走り抜ける。

 重装歩兵の一角が割れた。あるいは、しゃがんだ。


 重装騎兵がそれに伴い動く。穴を突こうと並ぶ。それは、場所によっては一直線になるように。



「放て」



 エスピラの声がシニストラの白のオーラに変わる。

 エスピラの想像と寸分たがわず、射出音が響き渡った。


 対人兵器スコルピオ。貫通兵器。実装当時で三人を貫いた、タイリー・セルクラウス構想の決戦兵器。


 その一撃が、トーハ族の人馬もろとも貫いた。


 馬が暴れる。人がしがみつく。されど、隊列の穴を突こうとした結果、次々と後ろからトーハ族重装騎兵がやってきており、詰まった地点に突っ込んだ。


 そこに、容赦なくスコルピオが二射、三射を叩き込む。

 軽装歩兵の投石も降り注いだ。


 確かに、騎馬民族で大事なのは重装騎兵と軽装騎兵の連携だ。

 軽装弓騎兵が主力のイパリオン騎兵も重装騎兵は用意している。


 ただし、主力は軽装騎兵。

 トーハ族もその意識はある。


 重装騎兵が敵前で暴れ、落馬し、狩り取られて行っても。まだ主力はいるとの意識はあった。数にも勝っているのだから、囲って攻めれば良いと思い、実行するのも当然のこと。


 問題は、アレッシア・メガロバシラス連合軍の行軍中に攻撃した訳では無いことを考慮していないような攻撃であったこと。


「放て」


 淡々と、冷たくエスピラは告げる。


 対人兵器を最早隠す必要は無くなったのだ。


 そして、数で攻めてくるのならば、適当に打っても当たるようになる。メガロバシラス軍にも統制が取れていることを確認できれば、東方諸部族兵に「はぎとり次第」と伝えるだけでやる気も出させることができる。それが原因で東方諸部族兵が固まり、そこをトーハ族に狙われたとしても。人としては酷いかもしれないが、要は餌だ。集まったところをスコルピオで狙い撃つことができる。


 野戦だが、野戦では無い。

 知らず知らずの内にトーハ族に陣攻めを強いた連合軍は、初戦を圧勝で飾ったのだった。


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