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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
1231/1589

メガロバシラス第二王子

「アリオバルザネス将軍は」


 次に声を張り上げたのは、第二王子。

 第一王子が隣に立つ弟を強く睨みつけた。


「アレッシアに対して優位に戦いを進めておりました。それでも戦争には勝てなかった。要因は幾つかありますが、一つはエスピラ様の戦略の前にメガロバシラスの戦略がお粗末だったからでしょう」


「アレッシアに魂まで篭絡されたか」


 第一王子が吐き捨てる。

 第二王子は、兄王子に対して怒りと言った表情は一切見せなかった。ただ父王に顔を向けるのみである。


「第二次祖国防衛戦争では、我らは全戦線で敗北を喫し、王都を乗っ取られました。それでも領土をほとんど失わずに済んだのは戦略の担当に此処に居並ぶ者が誰一人としていなかったからこそ。今のメガロバシラスでは、戦場で立てる戦術にてエスピラ様を上回ることは出来ても、先々まで見据える戦略で上回ることは出来ません」


 当然、父王の顔が険しくなる。


「王子はメガロバシラスをお忘れのようだ」


 誰かが口にした。

 明らかに、この場にいる全員に聞こえるように。


 それでも第二王子の表情に変化は無い。変化があったのは父王。唾棄するような顔だ。


「父上」

 その父王に相対するように、第二王子が二歩前に出る。


「父上が見出したアリオバルザネス将軍を殺害し、長らくメガロバシラスを支え続けたメンアートル様を一度閑職に追いやったのは此処に居並ぶ老害どもです。第二次戦争ではアリオバルザネス将軍が居る間はまともに戦えていたのを忘れたのですか?」


 父王の憤怒の形相が、居並ぶ貴族に向けられた。

 貴族たちの顔が下がる。誰も、王と目を合わせようとはしない。


 自身の利益を考え、王をアレッシアに押さえつけられる存在に貶めた貴族。彼らは、今も依然とさほど変わらない生活を手にしている。そのことに思うことが無いのであれば、それはもう人間では無い。


 そして、メガロバシラス愛を謳う彼らは、第一王子の支持基盤である。



「それに、他ならぬ我らの仇敵にして盟友アレッシアが失敗をしてくださいました。


 アスフォス・オピーマです。父上。


 エスピラ様の戦略とは正反対の積極策を打って出て、結果、どうなりましたか? 彼の兄弟の名声は上がりこそすれども、アレッシアは二正面遠征を強いられております。しかも、どちらも遊牧騎馬民族。厳しい戦闘が予想されます。


 父上。アレッシアはあくまでも援軍。我らが主力。


 もしもアスフォスのような決断を下し、二正面作戦を強いられれば、メガロバシラスの国力では持たないでしょう。保たせる手段はございますが、それを、ハフモニで実行しようとしたマールバラは、最終的にどうなりましたか? 


 アレッシア。ハフモニ。彼らが失敗した道をわざわざ歩む必要は無い。そのように、私は思うのですが。これが魂を売ったと罵られるのであれば、私はもう何も言いません」


 第二王子エキシポンスとマシディリが打ち合わせをする時間は十分にあった。

 それに、エキシポンスが実行部隊、即ち軍団の部隊長や後方支援を担当する文官や村長級の人物と会談を重ねている報告も受けている。


 恐らく、貴族の説得に失敗しても彼らの行動が実行できないようにする糸も張り巡らせているのだろう。


「私も、兄上に同意いたします。アレッシアが勢力を急拡大させているのは事実です。彼らの戦い方を学び、メガロバシラス流に落とし込むことは、国益に大いに繋がると思うのですが、メンアートルはどうお考えですか?」


 第三王子が顔をメンアートルに向ける。

 王も、生き残っている忠臣に顔を動かした。


「援軍要請から今日までの陛下の行動が、答えでしょう」


 メンアートルが膝から敬意を示す。

 王が難しい顔をして、椅子に深く座り込んだ。顎も引かれ、手も体の近くに持っていかれる。エスピラとは逆に、急所を悉く隠すような姿勢だ。


「再戦の機会を、覗わなかったことは無い。今もこの闘志は変わらない。ずっと、我が心は憎悪の炎で燃え続けている」


 くぼんでしまった所為で余計に暗くなった目で、王がエスピラを睨んで来た。

 エスピラは表情一つ変えずに王に体を向ける。相変わらず、首も正中線も何もかも晒す立ち方だ。


「だが、余はこの椅子に縛り付けられたまま、もう腰を上げることも叶わない。これが答えだ」


 がり、と椅子が音を立てる。

 王の爪は、酷く短い。


「エキシポンス」

「はい」


 息子を呼ぶ声は、往年の力に満ちていて。

 息子の応える声も、将来への希望に満ちている。


「軍団とは打ち解けられたか?」

「軍事行動に支障はございません」


「計算も重ねていたな」

「作戦を失敗した後、挽回するだけの時間を稼ぐ物資は今のメガロバシラスにはございません。人手を増やすにも、この時季はどこの村も人手の供出を渋りたいようでした」


「我が屈辱をそなたに授ける。この話を聞いても平然としているそこの化け物の心胆を寒からしめろ」

「父上が老いさらばえたと口さがないことを申す者達を、必ずや見返してみせましょう」


 今やアレッシアに、ウェラテヌスに最新技術の多くが、最新知識の多くが集まっていると見抜けない者達を。


(やはり、動きを封じていて正解だった)


 メガロバシラスの王をさほど優れた王だと思ったことは無い。

 それでも、人を使う立場になり、見出す立場になり、教育する立場となった時にこの王の恐ろしさは嫌と言うほどに実感できた。


 この男は、この年齢に至ってなお成長を続けている。

 柔軟に。むしろ、往時の方が頑固に過ぎた老人だったかと思わせるほどに。


「此処に明言する。メガロバシラスの総指揮官はエキシポンス。そなたの凱旋をそなたの力で華々しく飾れ」

「王命に、勝利の華を飾って見せましょう」


 第二王子が片膝を着き、父王に敬意を示した。

 今にも舌打ちを繰り出しそうなのは第一王子。冷徹な父王の視線に気づき、目を閉じて体を硬くしている。怒りは拳の内に封じ込めたようだ。


「私には戦場経験が足りません。兵の統括、命令、最終的な作戦の決定は私が下しますが、戦略・戦術の提案は、盟友であるアレッシアの意見を大にする所存です」


『盟友』を非常に言いにくそうにして、エキシポンスが言った。


 本音は違う。それは分かっている。

 だからこそ、エスピラは第二王子に乗るように表情の種類を変えなかった。


「ファリチェ、準備を」

「かしこまりました」


 返事と共に、鎧の音が一つ鳴る。その後に、二つの鎧の音。その音は増え、机と地図を運ぼうとしていた。

 その様子を見ながら、エスピラは追加で声を張る。


「ただでさえ二つの民族が等数いる軍団に、東方諸部族も加わります。軍団の公用語も定めた方が良いでしょう」


 メガロバシラスの貴族に嫌悪感が宿る。王の目もまた鋭くなった。メンアートルも鼻筋を険しくしている。


 エリポス人にとって、いや、アレッシア人にとっても諸民族が入り乱れる時の公用語はエリポス語だ。誰かに言われるまでも無く、そう思っている。事実、エリポス語を扱えることはアレッシアでの出世にも必要なことだ。


 それでも、敢えて言うと言うことは。


「全部族と共通言語には、諸部族との交易にも使われているアレッシア語が最適ですが、決定で良いですね?」


 傲慢とも取れる一言。

 覇権の交代を宣言するような言葉。

 エリポスが自然と強いてきたことを、今度はアレッシアが強いる番。


「お断りいたします」


 それを、敢然と断ったのは第二王子。

 堂々と立ち、エスピラに相対した。ちょうど第一王子を背に隠すような立ち位置である。


「今回の軍事行動はあくまでもメガロバシラスが起こしたモノ。アレッシアも東方諸部族も援軍です。ならば、エリポス語がそのまま公用語であるのが筋。

 メガロバシラスの軍事行動を、メガロバシラス人が理解できない言葉で実行することは未来永劫有り得ません」


 胸を突き出すようにして、国家を守る発言を。


(流石)

 そして、エスピラも己の本音を語りながらも第二王子に更なる多大な恩を売ることに成功したのだった。

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