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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
1230/1589

精兵で無いと言うのなら

 まだ暑いが、軍団を行動させるのであれば寒気の訪れを数えなければならない季節。

 エスピラは、当然の如くあらゆる軍団の高官の最後尾としてメガロバシラスに足を踏み入れた。


 一度攻め上ったことがある都市は、今は至る所で人がせわしなく動いている。騒がしいほどの通行量があるが、街路は粗雑なところが無く、きちんと掃き清められていた。物価の高騰は、軍事物資の補充によるモノ。人々の顔に昏さはあるものの、駐屯軍による犯罪が横行していることによる怒りや憎しみと言ったモノは無く、憂いが多いように見受けられる。


 メガロバシラス軍五千。

 アレッシア重装歩兵四千八百。軽装歩兵六百。騎兵千。

 東方諸部族連合軽装歩兵三千。


 これだけ他国の軍隊が多い中で規律が守られているのは、高官たちの成果だろう。


「お待ちしておりました」


 文官としての儀礼服の上に胸当てと脛当てを付け、剣を帯びた状態で出迎えに出てきたのはメガロバシラスの第三王子。


「本来であれば父王や兄王子達も居並ぶのが礼儀でしょうが、今は非常時。私だけの出迎えになったことをお詫び申し上げます。また、此処二十年で幾度となく起こってきた両国の不幸なすれ違いは、この出迎えに一切関係ないことを今一度ご理解いただければ幸いです」


 アレッシア語だ。

 第三王子が、背筋を伸ばし、やわらかく目を伏せた状態で滑らかにアレッシア語を紡いできた。


(ほお)

 感心しつつも、構いませんよ、とエスピラは鷹揚に答えた。


「私が遅れてきておりますしね」

 そう、人受けの好い笑みを返しながら。


 そのまま第三王子の反応を待つことなく、人々が割れる中を王宮目指して足を進める。第三王子も何も咎めることなく、エスピラの横、少しだけ後ろに並んできた。


 足音ははっきりとしている。背筋も伸びているようだ。以後の会話に用いているのはエリポス語。内容は現状の釈明に説明。それから、少しだけカナロイアで何をしていたかの探り。


 この探りも、深く突っ込むことは無くすぐに退いてもいる。


(なるほど)

 野心は、ある。


 この野心が自らも王位をすぐに狙うモノなのか、兄王子の下で発揮したいがためのモノなのかは分からない。

 それでも、第一王子の会議での戦略を狭めるモノではある。


「エスピラ様がご到着されました」


 第三王子が声を張り上げるとともに、無駄に高さのある扉が開いた。


 入り口正面に陣取るのは、眼のくぼんだ王。


 左に居並ぶのはメガロバシラスの面々だ。一番王に近い位置にはメンアートルが居り、次は第一王子、第二王子と続いている。


 右に並ぶのはアレッシアの面々。エスピラが議長から引き抜いたアルモニアが一番王に近い場所にいるが、最前列は空いている。エスピラの位置だ。


 まるで、メガロバシラスがアレッシアを支配下に置いているかのような構図だ。

 同時に、アレッシアがメガロバシラスを半分乗っ取っているような構図でもある。


 大きな違いはメガロバシラスは全く鎧を着ていない者、しっかりと着込んでいる者、動きやすい程度に着ている者などばらけているのに対し、アレッシアはほぼ均一に鎧を着る前段階でありながらその状態でも戦える服装であること。


「私の代わりの軍事指揮をありがとう、アルモニア。此処からは私が引き継ごう」


 エスピラは、郎、と天井の高い大部屋に声を渡らせた。

 アルモニアが頭を下げる。本当に変事が起きた際の指揮官になる手はずだったマシディリはほぼ無反応。ただし、ジャンパオロを始めとした長らくの高官、アビィティロなどの伝令部隊出身者もエスピラに対して小さく頭を下げた。


「それから諸君、見事な規律だ。此処で兵に乱暴狼藉を働かれては、全てが台無しになってしまうからね。本当に助かったよ。良くぞ他人の欲望を制御すると言う難事をやってのけてくれた」


 高官の前を歩きながら、エスピラは褒め称えた。

 各々、短い言葉とはっきりとした動作で応答をくれる。


 メガロバシラス側にはさほど見向きもせず、ずんずんと前へ。ペリースをはためかせ、大股で、堂々と歩く。後ろにはもちろんシニストラ。油断なくほとんど無い足音をエスピラの足音に繋げながら、エスピラを守ってくれている。


「陛下」


 そして、エスピラは王の座す椅子の前で足を止めた。

 王に対しての礼儀など取りはしない。あくまで同格。堂々と王の視界を封じるように立ち塞がる。


 王の手が、椅子を強く握りしめた。

 悲しいかな。袖口から見える腕は、往時よりも筋肉の動きが見えなくなっている。


「本日は援軍として参りました」

 顎をあまり下げず、首筋を隠すことの無いようにエスピラは顔を動かす。


「ご壮健で何より」

「たった今気分が悪くなったわ」


 身を前に。くぼんでいた目を押し出すかのように。枯れ萎びれていた木が水を吸い込み一気に生気を取り戻すかのように。

 王も顎を突き出すように顔を前に出してきた。


「怒るほどの気力があるのなら、もうしばらくはお元気そうですね」


 さらりと返し、王に背を向ける。


 王を全員の視界から隠すように、エスピラは左手を横にあげた。ペリースが広がる。歩く時に生じる僅かな風によって、持ち上げられたペリースはすぐには落ちて行かなかった。


「既に周知したとおり、こちらに有利な地点にトーハ族を引き付けてから一気に叩く。

 ファリチェ、リャトリーチ。地点はもう調べてあるな?」


 自分の場所に戻るための足取りは遅く。

 中央にいる時間を長く。


「アレッシア軍団内部では既に周知徹底済みです」

「国土を荒らされるのを待つわけにはいかない!」

 ファリチェの丁寧な返事を、第一王子が踏み荒らすように声を張り上げた。


 エスピラは、自身に用意された場所にたどり着く前に足を止める。体の向きも第一王子へ。

 それと同時に確認した居並ぶメガロバシラス貴族の一部には、第一王子に苦言を呈するような表情があった。


(戻り切る前に言う時点で、か)


 少なくとも、仇敵であるアレッシアと共に発展繁栄していく未来を作りにくい王子であると宣言しているようなモノだ。


 尤も、敢えての宣言かもしれないが。


「アレッシア人にとってみれば単なる遠征の一つかもしれないが、戦場はメガロバシラス。害を被るのは我ら。我らの使命はメガロバシラスを守ること。


 ならば、此処は積極的に打って出るべし!


 だと言うのに、そこのアルモニアは貴様が来るまではと一向に話に参加しなかった。それを無視して決定事項のように進めるのはやめてもらおう。


 打って出るか、貴様の案を採用するか。

 その話し合いからだ!」


 王の若い時の子である。

 第一次メガロバシラス戦争時の屈辱は、全王子の中で一番強く噛みしめているだろう。


「何も、要塞まで敵を引き付けるとは言っていません。ですが、騎馬民族相手に野戦を挑むこと自体が敵にとって有利な場での戦いを強いられると言うこと。ならば、せめてこちらにとって有利な地点で戦おうと言う話です」


「大軍は動きが鈍くなる。こちらから果敢に攻め、打ち払うのみだ」

「動きが鈍くなることには同意いたします。ですが、敵は騎兵。こちらの機動力の方が低いので当てはまりはしないでしょう」


「アレッシアはあくまでも援軍。主体は我らだ! こちらの意見に従ってもらいたい」


 エスピラは左手を曲げ、左の甲の上に右肘を付けた。指を折り、右人差し指だけは半分伸ばして唇に触れる。目は冷たく。


「打って出るなら打って出るで、既に今とは違う準備をしておりました。それを変えると言うのならば、承服しかねますね。援軍ではありますが、同時に私には一人でも多くのアレッシア人を生きて帰らせると言う使命がありますから」


「我らには生きて帰れると思って戦場に赴く腰抜けはいない」

「それは勇気では無いでしょう。無謀と言うのです」


 さらりと微笑み、エスピラは両手を広げた。

 全ての急所を、目の前の第一王子に晒す形になる。


「敵が来ることを待ち続ける。その場に踏みとどまり、敵の猛攻を受け続ける。その場で仲間を見捨てずに、守り抜く。攻めに転ずるより守り続ける方が、より強い精神力を要します。


 勝ち目の薄い死地に兵を飛び込ませることは果敢とは言いません。それは逃げでしか無いでしょう。


 私は、メガロバシラス軍は勇猛な兵だと思い、守備型の作戦をこなせると判断いたしました。

 私の思うほど精兵で無いと言うのなら、既に大王以来の魂が失われて久しいと言うのなら、私も作戦を練り直しましょう」


 第一王子が、下唇を噛みしめた。

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