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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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万難を排し、君に穏やかな未来を Ⅱ

「オピーマや、アスピデアウスにコウルスが狙われる可能性はどのくらいありますか?」


 モニコースからも質問が飛んでくる。

 どのくらいありますか、と言っているが、どのくらいあるとマシディリが考えているかを知りたいのだろう。


「婚約の段階で狙われるようなことがあるとすれば、既に父上も私も、他の後継候補も死んでいる時でしょう」


「互いに成人した時ならば、如何ですか?」

「ウェラテヌスに喧嘩を売る可能性と直結していると思います」

「まあ、その時までに二つとも残っているとは限らないけどね」


「チアーラ」

 マシディリは、低めの声に呆れの色を混ぜた。


 チアーラはコウルスを解放している。解放されたコウルスは、軽やかに母の隣に降り立った。小さな手で椅子を叩きながら、ごろんと転がってチアーラの太腿に頭を置いている。そのまま左右に転がり始めた。チアーラの手が、コウルスのおなかをくすぐるように撫でる。



「小さい時、ウェラテヌスが此処までの家門になると兄上は想像できた?


 父上が追放された時、十年足らずでウェラテヌスが最も影響力の大きな家門になると考えていた?


 私は生まれて間もないから全く分からないけど、兄上は、父上に責任を擦り付けたルフスが、もう誰かに引き上げられないと立ち上がれない家門になると想像したことがあった?」


「チアーラ」


「建国五門であっても父上の怒りを買えば容赦はされない。もう母上はいないもの。父上を抑えられる人なんて、どこにもいないでしょ? その中であんなことをして。兄上は両家門の間を駆け回っているようだけど、それって大丈夫なの?」


 ルフスは、自滅だ。

 父は何も手を下していない。確かに、母を売るように言ったフィガロットを始めとしたナレティクスは、父が何もかもを奪い去っていった。尊厳などもう無い。建国五門と言うが、一段劣ってしまったのは事実。


 それでも、父がウェラテヌスに対して何かをするようには、マシディリには思えなかった。


「ははうえ」


 コウルスが両手を伸ばす。

 そうね。貴方にとってはばあばがいないのよ、とチアーラがやさしくコウルスの手を取った。


「メガロバシラスからの使者の話では、トーハ族は十万も居るとか。お義父様の予定している出立日時では、兵の訓練が間に合わないのではありませんか?」


 不安は尤もだ。

 そして、両親の空気を誰よりも敏感に感じ取るのは子供。


 起き上がったコウルスが、チアーラに抱き着いた。モニコースにも視線を向けている。


「十万は誇張を含んでいますよ」


「あまりにも差異があると、メガロバシラスの信頼が落ちるのでは?」


「女子供老人も馬に乗っていますから。その上、一人が三頭から四頭の馬を連れているとも聞いています。幾らでも誤魔化せると見ての話でしょう」


 それに、誇張した方がメガロバシラス自身の軍団増強の許可が下りやすいと考えてのことでもある。無論、アレッシアを良く知らない者達が唱えた論だろうが。


「援軍には第三軍団を連れて行くのですか?」

「いいえ」

「何故?」

「大事な戦いの時にごねられないようにするために、です」


 自分達がいないと戦えないのでしょう、と第三軍団の兵が言えば、終わりだ。あるいはそれを盾に報酬交渉をしてくる可能性がある。


 死地を共にした者達だが、線引きもまた必要なのだ。


「負けは許されない戦いのはずです。負ければ、メガロバシラスの軍備増強を認め、エリポスは不信感を覚え、東方諸部族は再び離反の動きを見せる。メガロバシラスに折角送り込んだ第二王子の立場も危うくなりましょう。


 何より、アレッシア内部でのウェラテヌスの発言力も落ちかねません。アスフォスが正しいとされてしまいます。


 トーハ族は実力で頭目を決める遊牧民族。エリポスも長らく手を焼き、歴代のドーリス王も戦わない選択を取ってきた相手。内通者がいたとしても、信用できません」


 マシディリは、コウルスを見た。


 アレッシアは強大だ。強大になった。


 アレッシア内部に居れば、ウェラテヌスだ、アスピデアウスだ、オピーマだ、となるが、ドーリスに帰れば別。モニコースにとっては、ある意味ドーリスに帰った方がコウルスの安全を図れる算段があるのかもしれない。


「ナレティクスが訓練してきた兵とディファ・マルティーマで訓練を重ねている兵がいます。彼らを中心に軍団を組めば即座に組める上に連携の確認もすぐに出来ます」


「過信では?」

「かも、しれませんね」


 アグニッシモは、即座にトーハ族を打ち払った。


 ただ、それは敵もボホロスにこだわる必要が薄かったから。騎兵対決となったから。母の死からようやく持ち直し始めたアグニッシモが、鬼神のごとき働きを見せたから。


 勝てる保証はどこにも無い。


「しっかりと準備をやり切った方が良いかと思います。メガロバシラスにとってのアレッシアは、歓迎されざる味方。カナロイアも未だに子供を産まない王太子妃に対してあたりが強くなっていっていると聞いております」


 そう。

 負ければ、ユリアンナの立場も悪化する。


「ですが、勝てばオピーマの目と政策、マルテレス様とクーシフォス様への評価を高めることができます。東方で恐れられているクーシフォス様とドーリスの繋がり。介入などせずとも、オピーマの方針を固めることが可能になります」


「勝てばの話」

「負けた場合は、メガロバシラスに居る反アレッシア派の妨害の所為にして一掃を狙えますね」


「そう単純な話ではありません」

「逃げれば、信を失い、外交で後れを取ります。ウェラテヌスが築き上げてきた地位と美味しいところを持っていかれるのです」


「最善を尽くすべきだと言っているのです」

「最善ですよ。


 最善のために、第三軍団は使えない。高官は起用する。アビィティロ、グロブス、マンティンディ、アピス、ルカンダニエ。足下部隊長も組み込みます。


 ヴィルフェットはフラシに行きますが、グライオ様がジャンドゥールに入りエリポス全土に睨みを効かせ、不穏分子を粛清する。

 カウヴァッロ様、ヴィエレ、ファニーチェと言った武力処も連れて行くことが決まりました。


 必勝を期す覚悟は、アスピデアウスも同じ。援助は十分に行われます」


「オピーマの名が上がる戦いで、アスピデアウスの援助ねえ」

 チアーラが皮肉るように口にした。

 マシディリはため息で応える。チアーラは鋭い視線のまま、コウルスを撫でた。


「これは、アレッシアとしての戦いだよ」


「そう。そのアレッシアのための戦いとして、ウェラテヌスが最善だと選ばれた。誰もが納得した。誰もが心の中では分かっている。

 そうでしょ?」


 口を開き、何も言わずに閉じる。

 チアーラの強い瞳は、言葉を用いずにマシディリにしっかりと向けられた。


「カナロイアと違い、ウェラテヌスが最大家門だとドーリスは認めております」


 モニコースの言葉は、夫婦の意思疎通が取れている証。


(夫婦)

 その括りで言えば、自分が最も強いとマシディリは胸を張って言い切れる。


「トーハ族との戦いに連れて行く者達は、私なりに最善だと思って選んだよ。今後のアレッシア、次の戦い、最悪の戦いにも備えて、ね。そのために第三軍団には特別だと言う意識と代わりがいる危惧を抱かせなきゃいけないから」


 べルティーナの叱咤を心中で受けながら、マシディリは堂々と答えた。

 モニコースの目が逸れる。コウルスが拍手をしてくれた。


「負けたら、どうするんだっけ?」

 チアーラの視線は、逸れなかった。


「メガロバシラスの反アレッシア派を粛正するよ」

「そう。上手く行くと良いわね」

「心配しすぎだよ」


 堂々と、自信を持った風に返す。


(でも)


 トーハ族の内通者は、信用できるか。

 目的の手前までは協力してくれるだろうが、それはどこか。


 そもそもメガロバシラス全体が裏切らない可能性はどこまであるのか。トーハ族の動きが想定をはるかに超える可能性だってある。冬を迎える可能性も。


(いや)


 心配しすぎだ。

 そうに違いない。


 マシディリは、そう言い聞かせながら、一度部屋を出た。

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