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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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東方変事

「君とクイリッタでは相性が悪い」

 エスピラは、ペリースの下に左手を隠し、前を向いたまま言う。


「師匠のおっしゃる通り、私はクイリッタが嫌いです。許すことはありません。ですが、クイリッタの実力が欲しいのも確か。クイリッタがいるからこそ天秤が傾き切らないところもあるのです。


 同じ皿には乗りませんが、同じ天秤には乗る。

 それが最善では無いでしょうか」


「私はね、ティツィアーノ。マシディリが君とクイリッタを組ませることにも反対だったよ」


「あの男は優秀です。そして、絶対マシディリ様には勝てないと言う態度を崩していません。これ以上ないほど適任だと思うのですが」


 言わんとすることは、分かる。


 しかし、ティツィアーノの妻の実家に攻撃を仕掛け、婚約破棄致し方なしまで持っていったのはクイリッタだ。東方遠征にマシディリを呼ぶことにも、クイリッタは徹底的に反対している。


 ただし、そんなことを言えばティツィアーノがさらに反論してくることは分かり切っているのだ。何が正しいかなんて、誰も分かることでは無い。


「明日にも、ボホロスから救援要請が届く」

 故に、エスピラは話題をそのままに軸を移した。


「トーハ族も内部勢力が入れ替わってね。これまでと違う積極策として、まずはボホロスの切り取りを狙いに来たわけさ」


「クイリッタを救援に向かわせるつもりですか?」


「いや。執政官のどっちかを立てるさ。でも、動かすのはイペロス・タラッティアとビュザノンテンに詰める兵だ。訓練を積んでから送る時間は無いからね。それと、イパリオンの騎兵を呼び、東方諸部族からも兵の捻出か物資の供出を求める手はずになっているよ。


 取りまとめるのは、以前から東方諸部族とかかわりのあったフィルム。第一次メガロバシラス戦争の時からマルハイマナと折衝に当たっていたからね。関りは長いさ。


 それから、イパリオン騎兵の抑え役兼戦場指揮および通訳としてアグニッシモを向かわせるつもりさ。


 当然、アグニッシモが執政官を食べてしまうだろうね。そして、アグニッシモの手綱を適切に取るにはマシディリか、クイリッタが必要だろ?」


「マシディリ様は、その後にやってくるメガロバシラスからの救援要請に起用する以上、と」

「流石だね」


 不安があるとすれば、アグニッシモの復帰具合。

 それから、トーハ族の内情を読み違えていないか。


 間違っていなければ、問題はないはずだ。


「本当は、ジャンパオロが先行部隊に加わってもらえると嬉しいのだけどねえ」

「ナレティクスは二つ返事で引き受けるとは思いますが」


 問題なのは、タルキウス。


「サルトゥーラのことは気に食わないと思い続けておりますが、父上が師匠であるならば致し方ないと、本日も確信いたしました」


 はは、とエスピラは歯を見せて笑った。

 手厳しいねえ、と笑いに込める。


「武の家門として長らく君臨し続けてきたのはタルキウスです。実力として、アスピデアウスやウェラテヌスから一段劣ると判断され、影響力が落ちているのは受け容れてくれましょう。


 しかし、ルフスは誤報をまき散らし、インツィーアの大敗のきっかけを作り、復調し始めた直後にイフェメラ様の反乱に加担する。加担した反乱でも気づけば討ち取られている程度の存在。


 そんな者が同格に据えられるなど、タルキウスとしては許しがたいことでしょう」


「言う通りさ。少し考えれば分かることだが、難しいことでもあるからねえ」

 とは言え、とエスピラは目を細める。


「プノパリアの婿入りには協力したが、私はルフスを厚遇するつもりは無いよ。他の建国五門もあくまでも同格だ。セルクラウスは、申し訳ないがそれより下と見えるように扱う。

 グエッラの責任を取ってやったんだ。それぐらいは許されるだろう?」


「五門会議の開催を、私からも定期的に促していきます」

「頼むよ」


 五門会議はあくまでも元老院への提言だ。

 それでも、実質的な決定であることも多い。そうでなくとも圧力だ。現状であれば、それは特大の圧である。その上、建国五門間の同格と他家門との格差を示す武器だ。


 何よりも、エスピラの目指すアレッシアに緩やかに近づく最高の手段である。


「午後からの五門会議を招集したのは、ボホロスへの対応について五門会議を通すためですか?」


「まあ、そうだね。私が独裁的に決めて良いのなら別だけど、そうでないのなら五門会議での決定を背景に押し通すかな。


 時間が無いからね。

 ボホロスは遠すぎるよ。従来のやり方で軍団を準備していたら保たない。何より、東方を支配下に置いて、初めての外敵の侵入だ。


 此処での対応が、アレッシアの支配を決めると言っても過言では無いよ」


 エリポスの最東端、ビュザノンテン。そこから海峡を挟んで北東に位置するイペロス・タラッティア。その植民都市からさらに北上した先にあるのがボホロスだ。


 いつも通り選定を行い、訓練を重ね、その後にアレッシアから軍団を発すればトーハ族などは既にいなくなっているだろう。逃げるなどでは無く、目標を達成した上で帰ることができてしまうのである。


「オピーマが、暴れそうですね」

「むしろこの件では暴れてくれた方が良いかな。何も見えていない愚か者として喧伝できるし、そのまま裁判で飛ばせるからね」


「そうでした。師匠は、ほぼすべての有力者を追放出来るだけの情報をお持ちでしたね」

「人聞きの悪い」

 エスピラは、意地の悪い苦笑を浮かべた。


「事実でしょう」

 ティツィアーノは淡々としている。


 数多の情報はエスピラの権力の根源の一つだ。効かない者もいるが、何もしない内から恐れている者もいる。狙っている者も、当然。


 それでも、本国に居座ればエスピラの意見が通りやすいことに変わりは無い。


 今回も意見はすぐに通った。


 アレッシア軍五千の派遣。嫌がられはしたが、イパリオンを傭兵として雇うことも、東方諸部族混成軍も完成した。彼らとの意思の疎通のために、彼らと通訳なしで話すことのできるアグニッシモの派遣も決定する。執政官選びの神事も、最高神祇官であるエスピラが準備をしていたのだからすぐに行われた。


 さらに言えば、アグニッシモとアグニッシモの悪友を即座に送り、アスキルだけでは無く頭目であるプリッタタヴ自らやってきたイパリオンとの先行作戦も承認が下りる。


 それは、完全にトーハ族の予想を上回る快速の進撃だ。


 遊牧騎馬民族でも此処までの移動をこの時間ではできない。そう断言できる速度。しかも、歩兵も、アレッシアへの救援要請から一か月でボホロスに展開された。


 無論、アレッシア兵が主軸では無い。東方諸部族が主軸の、統率力に欠けたばらばらの兵団だ。


 それでも、そんなことをトーハ族が確証を持って知ることは出来ない。

 さらに繰り出されるのはマシディリがイパリオン騎兵と共に行って来た戦術。軽騎兵による突撃と、彼らで決着しなかった場合の偽の敗走からの誘い込み、重装騎兵による返しの一撃。



「適当な遊牧民族相手に喧伝するような勝利とは、このこと」



 そんな挑発的なアグニッシモの手紙もアレッシアに届く。

 そして、その頃にはボホロスからトーハ族は退いていた。


 狙いは、メガロバシラス。


 ボホロスに留まるアレッシア軍からは海向こう。陸続きで行くには、トーハ族が駆ける大地を行く必要がある遠い地。アレッシアをボホロスに呼び出し、戦力が薄くなったところでメガロバシラスから大規模な略奪を行う。そんな作戦。悪くはない考え。ボホロスで略奪が成功すれば終わっても良し。無理でも、こっちが標的だと喧伝できる。


 そんな、ウェラテヌスの読み通りにトーハ族が動いたのだった。

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