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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
1222/1589

もう一人の

(さもありなん)


 エスピラは、いつもより目を黒くした状態で固定されたサジェッツァの顔を見ながら、そう思った。

 議場の中心では、ルカッチャーノが胸を張っている。


「もちろん、タルキウスが協力しないと言っている訳では無い。むしろインツィーアで訓練を重ねた兵三千八百と二万を三か月養えるだけの食糧、高官候補となり得る人材の推挙を行う準備ができている。望むのなら、遠征後に現地に残り監督する心積もりの者達も用意する。


 アレッシアが得た土地の主を勝手に名乗り、あまつさえその保護を条件に自陣に引き入れ、何食わぬ顔でこちらに要求を通そうとする舐めた者にこれ以上大きな顔をされることこそ、アレッシアの恥だ。汚名を雪ぐ準備なら喜んで手伝おう。


 だが、無駄に誇張された果実を取りに行くつもりは毛頭ない。不当に貶められた戦友の名誉を取り戻したいのは、私では無いはずだ」



 ルカッチャーノが、マシディリへと鋭い視線を向けた。

 マシディリもルカッチャーノの視線を真正面から受け止めている。


 嫌な質問だ。

 否定すれば軍団の信を失い、肯定すればオピーマとの対立が深まっていく。無論、ルカッチャーノにいやらしい目的は言うほど無いのだろうが。


(さて)

 エスピラは、指を組んだ状態から右の人差し指だけを一度動かした。


「じゃあ、ティツィアーノが良いんじゃねえか?」


 しかし、誰よりも早かったのはマルテレス。

 戦場での見極めが上手な男は、議場で主導権を握れる機もしっかりと見ることができるらしい。


「四人の副官の一人ってか、東方遠征中に一番実力でのし上がっていったのがティツィアーノなわけだし、遊牧民族との戦闘経験も豊富だろ?」


 見極めを可能にしたのは、晩餐会での会話。その方針があるからこそ、機だけでは無くその後でも主導権を握ることができる。


 現に、ルカッチャーノはマルテレスに対して正中線を向けることは出来ていなかった。堂々と背筋を伸ばしているが、顎はしっかりと引かれている。顔の向きを見るに、マルテレスからはルカッチャーノの首があまりよく見えていないはずだ。


「ルカッチャーノ様もエスピラと一緒に長く戦ってきた戦友だが、ティツィアーノはエスピラの弟子だ。全体的な戦略の引継ぎも上手く行くさ」


 測りかねているな、とエスピラはルカッチャーノの心情を推察した。


 マルテレスの発言は、ともすればアスフォスの全否定にもなり得る。それをこれまで守り続けてきた父親が行う意図とは、何か。


 一方で測りかねているのは息子を推薦されたサジェッツァも同じ。だが、こちらは大事なことが抜けている。だから、ルカッチャーノに拒絶された。


「叔父と戦友の名誉回復の任を私が負えるのであれば、嬉しい限りです」

「ん?」


 ティツィアーノの発言に、マルテレスが首を傾げた。

 ルカッチャーノの顎が僅かに緩む。直後に、マルテレスが得心がいったとばかりに大きく頷いた。


「それは済まなかった。だが、アスフォスにその気が無かったことと、俺としてはあのフラシ遠征が東方遠征と同じだったとは思っていないと、公式に発言させてくれないか?

 アスフォスにも悪気はなかったんだ。焦っただけ。ただ、まあ、焦った奴の意見を採用し続けた俺に軍事命令権保有者としての資格があったのかを疑問視するのは分かる。

 ただ、第一次フラシ遠征は、東方遠征よりもイフェメラ戦争よりも楽な戦いだった。あ、これは公的な発言な」


 秘書を務めている奴隷に、書いといてくれ、とマルテレスが指さした。


 東方遠征もイフェメラとの戦いも、マルテレスの長男であるクーシフォスが参加している。いや、参加しているどころか、文字通り誰よりも命を懸けた場面に突撃し、自身の功は数段劣ることになったとしても軍団を勝利に導いているのだ。


 恐らくは、誰かの入れ知恵で挙げろと言われていたのだろう。


(あ)

 何か言われた時にその二つを挙げれば角が立ちにくい、と言ったのは、他ならぬ自分であったとエスピラは思い返した。


「誰もマルテレス様の軍事命令権保有者としての資質を疑ってはおりません」


 ティツィアーノがしっかりと口にする。

 アスフォスの問題への追及を、マルテレスの資質への追及に挿げ替える発言だ。


「ただし、曖昧なところが露わになってしまいましたので、マルテレス様の推薦をお受けする前に軍事命令権保有者の裁量について元老院に確認したいことがございます。

 まずは質問を書面で纏めますので、それに対する元老院としての明文化された規定を策定していただいてもよろしいでしょうか」


 もちろん、アスフォスの行動を問題視していない訳では無い。

 追及へと至らないのは、ティツィアーノ自身も軍事命令権保有者になることを望んでいるから。


 叔父であるエスヴァンネ・アスピデアウスの下でイパリオン遠征に高官として参加し、攻撃的な作戦立案で頭角を現した。弔い合戦として参加したマシディリの東方遠征では、最終的にマシディリの片翼となる軍団長にのし上がっている。

 帰還後も控えと言う立場であったが、常に軍団を率いる者として名が挙がっていた。


 三十代前半での軍事命令権とは若すぎるが、特例が相次いでいるのだ。


 エスピラ、マルテレス、イフェメラと二十代後半で軍事命令権を手にしていた。実質的なモノを入れてしまえば、マシディリは二十代前半で手にしている。


 ティツィアーノほどの実力者であれば、そろそろと望むのは自然なことだ。


「マルテレス様のおっしゃる通り、ティツィアーノ様が適任かもしれませんね」


 同意したのは、アスピデアウスの傍流に連なる議員。

 他にも数名が、直接口にはしないものの「ティツィアーノがマルテレスの後ろ盾を得た」と言う流れに持っていこうとする。それは他の議員にも波及し、横の者と話す議員が増えてきた。耳に届く範囲では、ティツィアーノがほとんど認められたようである。


 ざわめきを静寂へと持っていく、槌の音が鳴る。


 議長であるアルモニアの鳴らした音だ。中央で題を発していたルカッチャーノも席に戻っていく。


「先の遠征中、交渉を取りまとめ全体図を描いていた者として、エスピラ様は如何お考えでしょうか」


 先の遠征に絡めているが、実情はやや異なる。

 これから聞く執政官の意見を封殺するためのエスピラへの話題振りだ。


「マルテレスが先に挙げた二つに並ぶとは言わないけど、楽な遠征だったと思われるのも違うからね。まあ、当人にその気があるのなら、ティツィアーノなら成功に導く能力はあると考えているよ。タルキウスからの支援も手厚いからね。


 それに、前回の遠征ではニベヌレスの力がやっぱり別格だったよ。


 同じ建国五門であるタルキウスが積極的にかかわってくれるのなら、これ以上心強いことは無いさ。武の家門。その実力の高さ、頼もしさは皆が思っている以上に私が実感しているよ」


 エスピラの後に、執政官二人に話が振られる。

 当然、二人の答えはティツィアーノを認めるモノ。それ以外の発言のしようがない。



「アスピデアウスの血を持ち、エスピラ様に師事し、マルテレス様の後ろ盾を得ている。

 疑似的に三派と強いかかわりを持った訳ですが、本当によろしかったのでしょうか」


 会議後、薄暗い廊下でティツィアーノが声をかけてきた。

 他にいるのはエスピラの護衛であるシニストラだけ。振り返ったエスピラから見て右側が壁であり、左は庭。二十歩ほど歩いたところで壁が立ち並び、外からも見ることのできない場所だ。


「でも、マシディリには並んでいない」

 残酷な言葉を、そっけなく告げる。


「ウェラテヌスの次期当主であり、マルテレスを師匠に持ち、サジェッツァを義父としているどころか、最近はサジェッツァが相談に行っていると言う噂まであるからね。

 君とマルテレスの関係はそこまで深くないだろう? 無論、オピーマ派の有力者との関係もね」


「対抗馬になり得る存在になってしまいました」

「じゃあ、どうする?」

 エスピラは、目じりを下げて口角を上げた。


「ですが、アスピデアウスの次期当主には兄上がおります」

「それが分かっているのなら何も問題は無いさ」


 エスピラは足の向きを戻した。されど、完全に背を向けはしない。


 呼んでいると分かったのか、ティツィアーノもエスピラの傍へと歩いてきた。シニストラは、その後ろ。いつでもエスピラとティツィアーノの間に入れる位置に移動している。


 足音が、ほぼ揃った。

 先に口を開いたのはティツィアーノ。


「副官にクイリッタを指名したいと思っています」

「駄目だ」


 エスピラは、即座に返答した。

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