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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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アレッシアの相談役 Ⅱ

「後継者にできる算段でもあるのか?」


「そこはエキシポンス殿下の御力次第。アレッシアが推しすぎれば、余計に嫌われると言うモノですから。父上は晴れの場を用意するつもりだとは思いますが、後は実力を発揮できるかどうか、ですね」


 遊牧民族であるトーハ族は、度々メガロバシラスに攻め込んできているのだ。


 狙いは略奪。それだけ。占領は目的としていない。ただ、災害に似たその騎行があるからこそ、アレッシアはメガロバシラスから完全に軍事力を奪うことを検討すらしなかったのである。


「第一王子はアレッシアが嫌いだったな」

「栄光のメガロバシラスを夢見ている方ですから」

「第三王子は、何も聞かないが」


 全く聞かない、の意味では無く、思想が漏れ伝わってこない、と言うことだろう。


「第三王子はアレッシアで人質生活を送ったこともありますからね。アレッシアの国力と今のメガロバシラスを知っているはずです。尤も、野心が無い訳ではありませんが」


「陛下はどうしている?」

「贅沢三昧ですよ。政など考えず、その地位に居座ることさえ考えれば最高の暮らしが待っていますから」


 ため息などは無い。

 あるのは、眉間に皺を寄せた姿だけだ。


「第一王子も目立った戦果は何一つありません。交渉もほとんど行わず、メガロバシラスに籠るだけ。第二王子が来て、どうなるか。どう変化するか。あとは、陛下がどこまで凋落してしまったか次第ですが、曲がりなりにもメガロバシラスで戦い続けようとした王です。誰が相応しいかを見極めることは問題無いと信じています」


 貴族の突き上げがあり思うように使えなかったとはいえ、アリオバルザネスを引き上げ、メンアートルをずっと宰相として起用し続けた男だ。


 己の全力を以てしてもどうしようもなかった現実に打ちのめされ、ぶら下げられた悦楽に逃げてしまっているが、傑物であることに違いは無い。


「誰が王位に就いても構わないが、アレッシア憎しでトーハ族と手を結び、エリポスを荒らされるのだけは避けねばならん。エスピラが生きている内はエリポスも静かだろうが、エスピラが死ねばアレッシアに対する恨みは至る所から噴き出るからな。


 東方は大丈夫か? エリポスが塞がれれば、反乱が起きたりはしないか」


「塞がれずとも起きかねませんから。メガロバシラスに反アレッシア政権が誕生するのは、美味しくないですね」


「言うまでも無かったか」


 悪しざまに言ったがための言葉では無い。

 マシディリには言うまでも無いことであったが、心配故に言ってしまった、と言う意味だ。


 義父は、サルトゥーラの師匠だけある、とも言えるほど微妙に勘違いされやすい言葉が多い。


(まあ、一番勘違いしたままなのはクイリッタでしょうが)


 子供の時に怒られまくったのがこびりついているのか、クイリッタは今でもサジェッツァを苦手としているのだ。アスピデアウス嫌いも此処から来ていると、マシディリは考えている。


「エスピラはいつ帰ってくる」

「サテレスと遊んでから帰ってくる、と言っていましたので、そう時間はかからないと思いますよ」


 ビュザノンテンによる用事は、確かにある。


 トーハ族と相対することになった時に、アレッシア軍の物資はビュザノンテンにある物を使うのだ。兵もあらかじめ詰めておくことになるし、現在でも五千の兵がビュザノンテンに集まっている。東方を睨む留守番部隊と合わせれば一個軍団だって形成可能だ。


 とは言え、そこまでマシディリに隠す必要も無い。

 孫と遊んで帰ってくると言うのは、間違いなく父にとっての本題なのだろう。


「サテレスか」

 またサジェッツァの眉間の皺が濃くなった。


「正妻との間に子は設けず、どういうつもりだ」

「クイリッタにはクイリッタなりの愛情表現があるのですよ」


「建国五門としての責務がある。模範となる姿勢を示せぬのでは、幾ら功があろうと問題だ」

「だからディミテラを愛人に留めたままにしているのです」


 サジェッツァの険しい視線が持ち上がり、そのままマシディリに注がれた。


 私はべルティーナ一筋ですよ、とマシディリは事も無げに言う。エスピラと同じにするな、とサジェッツァは言っているが、視線は幾分かやわらかくなった。


「べルティーナは、素晴らしい女性です」

「どこに出しても恥ずかしくない私の誇りだ」


「そう言えば、私とべルティーナの婚姻を破談にさせようとした人が二名ほどいたような。サジェッツァ・アスピデアウスとエスピラ・ウェラテヌスと言うのですが」


 とぼけた風に言えば、完全にサジェッツァの視線がマシディリから途切れた。


「冗談ですよ」

 と笑い、マシディリは茶を口に含む。


 マシディリもべルティーナとの婚姻の危険性を父に訴えたことがあるのは、サジェッツァには秘密だ。


「マシディリがべルティーナの夫で良かった」

「そう言っていただけて幸いです」


「末永く頼む」

「頼まれても、べルティーナは離しませんよ」


「エスピラとウェテリ殿の子ならば、心配はしていない」

「ありがとうございます」


 やや、声を小さくして。

 そう言えば、サジェッツァからは一度も出生を疑われたことが無いな、と思い返しながら。


「正直、迷っている」


 え、と言う戸惑いが最初に生まれた感情だ。

 背筋を伸ばし、マシディリは次の言葉に備える。


「当初の話し合い通り、ルカッチャーノを推すべきか、ティツィアーノにするべきか」


 ああ、と今度は安堵に少し背筋の力を緩めた。


 べルティーナに関する話では無い。子供を作り過ぎだとか、夜の話が漏れたわけでも無く、ただ単に話が戻っただけ。ただのフラシ遠征についてだ。


(ただの、と言うのも、おかしな話ですね)

 幼心にアレッシアよりも母を優先しかねない父に対して『どうなんだ』と思ったことがあったが、自分も人のことを言えないな、と内心苦笑して。


「サジェッツァ様の構想を実現するのであれば、ルカッチャーノ様を来年の執政官に推す以外ありません」


 筋を通す意味でも。


「良いのか?」

「迷いを見せず、サジェッツァ様が一本で推し続ければルカッチャーノ様もティツィアーノ様を無下にはせず、副官か軍団長にはするかと思いますよ」


「納得すると思うか?」

「ルカッチャーノ様だからこそ、三派全てから簡単に人を集められます。


 プノパリア、スィーパス、イエネーオス。

 ボダート、スキエンティ、スペンレセ。

 ティツィアーノ様、トクティソス様、テラノイズ様。


 まあ、挙げた名前は適当に、ですが、タルキウスも高官にしたい一門が多くいるようですからね。出番を与えるのは大事なことかと思います」


 自分で言って、偉そうだな、とマシディリは自嘲した。


 ただ、ウェラテヌスが少々疲弊しているのも事実である。それ以上に数多の『献金』がやってくるが、母が死に益々物欲の無くなった父が簡単に流してしまうのだ。


 父に何かあった時にはアレッシアにも財が必要となる。

 蓄財と罵られない程度にためておきたいのは、マシディリの偽らざる本音なのだ。


「良いんだな」

「サジェッツァ様の御心の中では、既に結論が出ていたのではありませんか?」


 発散先が無かっただけで。


 サジェッツァも、何も答えずに茶を飲んだ。

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