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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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ディティキ会談 Ⅱ

「私に命令するとはね」


 エスピラは、エリポス語で静かに告げた。


 途端、両膝を着いていた奴隷が片膝立ちに変わる。ずっと黙っていたシニストラも剣に手を掛けた。ノトゴマの後ろにいた者も、ノトゴマを守るためにか足を半分前に出す。


「マヌアに近づく気か?」

 ノトゴマが立ち上がる。


「君の推戴するメンサンよりもマヌアの方が器量が良いのは、分かっているだろう?」


 ただし、マヌア、長男陣営の方が旧来からフラシの中枢に座っていた者が傍にいる。

 新参者が出世するためには、メンサンを担ぐしか無いのだ。


「マヌアは、必ずアレッシアの敵になる」


「だろうねえ。フラシへの介入要請も、曲者だよ。他国からの干渉を呼び寄せたとして首謀者を排除して多くの領土を確保できる上に、アレッシアの傀儡では無いと力強いフラシを盛大に誇示できる。その上で、アレッシアとは水面下で土下座外交を繰り出す気なのだろう?


 決してこちらからフラシの王位継承については何も言わないようにと通達しているけど、私が嫌いな者達はむしろ破りたがるかもしれないからねえ。困りものだよ、まったく」


 ノトゴマが、力強く一歩踏み出した。

 反応する者は多い。それでも、刃に身を圧しつけるかの如くノトゴマが犬歯を剥いた。


「アスフォスの言っていることが嘘だと、多くのアレッシア人が認識し始めたのはフラシでの内乱がすぐに起こったからだ。これは、私が居なければ起きなかったこと。私に、少しでも感謝の気持ちがあるのなら、エスピラ様も少しくらいは行動で示していただきたい。私が返されたのは、不誠実な不履行だけだ!」


 唾がエスピラの衣服にかかった。衣服どころか、顔にもかかる。


 エスピラは不快さを隠そうともせずに手を横に伸ばした。奴隷が布を差し出してくる。その布でまずは軽くふき、裏返してまた横へ。奴隷が瓶から水を垂らし、その上でまた顔を拭う。


「でも、君はウェラテヌスを舐めていただろう?」

 拭き終わると、布を奴隷に返した。


「メルアが死んで、私が動けないと思って事を起こした。遠征の時も、私がフラシでの内乱を望んでいるのを知って、確実性に欠ける交渉で満足していた。その上、カリヨに声をかけ、リングアを引きずり出そうとした。


 相手の情報の多くを握っているからと言って、全てを知っている気になっては駄目だよ。

 情報は慎重に扱った方が良い。これは、せめてもの助言だ。君のように情報を持っているから相手の全てを知っている気になっていれば、足元をすくわれる。


 あるいは、アレッシアのように圧倒的に国力に勝る相手からは、傲岸な態度を取られて終わり。折角握っている情報も意味をなさないよ」


「どうかな」

 ノトゴマが、歯肉が見えるほどに口角を釣り上げる。


「傲慢になっているのは、エスピラ様の方では無いか?」

「それは気を付けよう」


 さらり、と受け流す。

 ノトゴマに生じた一拍の隙は、エスピラに一切の敵意が見えなかった所為だろう。


「統一したフラシが不都合なのは、エスピラ様のはず」

「その通りだ」


「ハフモニに対する処罰も進んでいない。行わなければ、他国から不信感を持たれる」

「そうだね」


「サルトゥーラの更なる復権は、エスピラ様にとっても都合の良い条件のはずだ」

「そうかな」


「東方にしか興味が無いのか!」

「君は、アレッシアの政治に介入すると言っている自覚があるのかい?」


 無論、エスピラはメガロバシラスの政治に介入している。

 どの口が、と言われれば、それまで。エスピラは開き直るが、ノトゴマから理解が得られるかと言えば、感情的に割り切られることは無いと言える。


「確実な親フラシ派を得る。それの何が悪い」

「何も悪くないね。ただ、マルテレスに対してメルカトル処罰の択を迫った。

 ああ、そうそう。

 メルカトルの隠居地にフラシの土地が挙げられていたのは、君の入れ知恵かい?」


「選んだのはオピーマの面々だ」

 用意していた答え。

 エスピラが聞いてくると分かっていたようにエスピラには聞こえた。


「ルフスとオピーマの結びつきは、ウェラテヌスにとって不利益の方が大きいはずだ。止めなかったのは、十分だと言う傲慢さでは無いのか」


「止められなかっただけだよ。それだけの力は無いんだ。悪いね」

「アレッシアの方針を三人に聞かねばならない状況は、不利益しか及ぼさないと言うのは共通の認識だ。フラシの武力は、その均衡を破るのに十分な力がある」


「それこそ傲慢だとは思わないかい?」

「第二次ハフモニ戦争ではフラシがついていた方が勝った!」


「発言には気を付けた方が良い。それでは、まるでイフェメラはフラシがいないと勝てなかったと言っているようじゃないかい?」


 ぐ、とノトゴマの拳が動きを止めた。


 カリヨ、アイネイエウス、イフェメラ。

 あまりにもエスピラの周りに対しての攻撃となってしまった言葉が多い。


 そのあたりの冷静な判断力は、生きているようである。



「失礼、いたし、ました」


 ノトゴマがアレッシア語に切り替える。

 エスピラは肩を竦めるだけで返した。


「しかし、エスピラ様、が、まとめたアレッシアとの約定、を、マヌア陣営、が破ったのは、事実。それ、どころか、ハフモニに手を回し、軍備の増強、と、歩兵の補充を行っているのも、事実、です。


 これらは、全て、アレッシア、と、の、約束に反する行い。アレッシア、を、軽く見る行為。

 放置する、こと、は、広大なアレッシア、の、領域で更なる反乱、を、誘発する、愚策です。


 どうか、エスピラ様、からも、第二次フラシ遠征の発議を、願います」


 言っていることは、その通りと言わざるを得ないことだ。

 冷静に判断すれば長男陣営を召喚して、尋問するのが筋。しかし、扇動上手のアスフォスがフラシ遠征に同意しているのも聞いている。


 メルカトルは失脚したのだ。

 その上、元老院で名指しで自身の行為について検討が行われている。


 そうなれば、アスフォスは座していることなどできない。我慢など続かない。


 人の目の誤魔化しと、挽回の機会を求めてフラシ遠征を発議させたいのは誰だって分かっていた。


(さて)


 アスフォスに同意するのは、ルフスと無事婚姻を結べたプノパリアも同じ。

 ルフスによる渋る姿勢もあり、メルカトルの財の四割ほどをもらったことにも目を付けられ、プノパリアも多くの兵に対して自腹で軍備を揃える可能性もあるのだ。


 そうして得た軍事的な実績で、ルフスをしっかりと継ぐ。

 そうなれば、プノパリアの感謝はフラシ遠征へ。即ち、アスフォスと、ノトゴマ。あるいは、スィーパスにも向かう。


 大きな割れが無いのがウェラテヌス派だけとなれば、アスピデアウスとオピーマが手を結ぶ可能性も高くなる。暴れ出すオピーマを他の派閥が潰し切ろうとしないのは、当主の意思だけでは無く、オピーマがもう一方と結ぶことも恐れてなのだ。


 加えて言うのなら、アスピデアウスは、現在、単独ではウェラテヌスに敵わない。だからこそ、オピーマを潰してしまえば次は自分となる。


 ウェラテヌスはオピーマとアスピデアウスが手を結んでしまえば、潰れるのはウェラテヌスなのは明白だと知っているのだ。


 それが分からぬノトゴマでは無い。

 分からないのなら、ノトゴマに価値は無い。


(ウェラテヌスに益があると見せかけて、脅しをかけてくるとはね)


 やはり厄介な敵だ。

 マシディリには悪いが、消えてもらった方が安心できる。



「父上」


 思案していると、愛息(セアデラ)の声がした。

 エスピラは、着替えている手は止めずに部屋に入る許可を出す。


 権力を乱用し、無理矢理連れて来た息子は小さな体に合わせたトガを身に纏っていた。


「神事に関する資料を集め終えました。いつでも、ユクルセーダ国王との会談に望めます」


 アレッシアの神事に興味がある、と言うよりも、ユクルセーダ国王なりのアレッシアとの融和政策だ。

 代わりに、ユクルセーダの統治方法の維持と文化・宗教の存続の確約を得る気なのだろう。


 流石はバーキリキを使いこなしていた国王である。


「陛下は、あまり遊ばない方だったかな」

「そう聞いております」

「子供らしさを使って、遊びに引っ張り回してくれるかい?」

「にわかには難しいですね」


 セアデラが、幼い顔で精一杯渋い顔を浮かべた。

 その不釣り合いさも、また可愛い。


「真面目な話ばかりが外交じゃないよ。個人的な信頼関係の構築も大事な仕事さ」

「ノトゴマ?」

「もう終わりってね」


 着替えが終わる。

 エスピラは、ノトゴマの唾が飛んだ服を燃やすように指示を出し、それからセアデラに何をして遊ぼうかと尋ねた。返事は、勉強。


 エスピラは苦笑しつつ、自分に先生をやらせてもらえないかと息子に頼んだのだった。

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