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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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被庇護者を守るのは

 相手の強さを認めるより、自身の弱さを認める方が難しい。

 自身の脆さで相手に制限をかけてしまうことを認めることは、より度し難いことだ。


 それを、最も尊敬している自身の父親に面と向かって言えるクーシフォスは、やはり、マシディリにとっても得難い人財である。

 決して、大家になったオピーマを継ぐ者として資質に欠落があるようには見えないのだ。


「過敏。憐憫。気にしすぎ」


 言葉を失ったマルテレスと、覚悟の籠った言葉故に動きを止めたクーシフォス。その間に入ったのは、ソリエンスのいつも通りの小気味良い軽口であった。


「加減できないのはどちらも同じ。事実はこれ。劣等感はアスフォスの兄上から。楽観視しても良いと思いますが。ガンガン行こうぜ。絶好機は逃しちゃ駄目だ」


 ソリエンスが、「だ」と上を向いて呟いた。

 やはり、言葉で遊んでいたらしい。思いつかなかったのか、ふるふる、と首を横に振って至極真面目そうな顔を作り上げている。


「マシディリ様の曾祖父であるフォマラウト様はタイリー様の師匠。タイリー様はいわばエスピラ様の師匠。エスピラ様はマシディリ様の実父。

 積み重ねる技術の有無がオピーマとウェラテヌスの最大の違い。否! 道を作る技術の有無こそ違い。それが分かっていない。だから恥が無い」


「恥が無い?」

 マルテレスがソリエンスに聞き返す。


「お爺様です。オピーマが建国五門と同じなら、母上は父上を頼りました。ところがどっこい母上が頼ったのはエスピラ様。エスピラ様が幼き頃は乞食と馬鹿にし、成人してからはへこへことしたのに、オピーマが大きく成れば再び馬鹿にする。

 もうろく爺め。大人しく住処に帰って寝てろ。親族の情だ。おしめなら変えてやる! とは、このことですね」


 誰も、そこまで言っていない。

 ただ、他のオピーマから即座に注意が飛ばないあたり、メルカトルはオピーマの間でも大分厄介な存在になっているようだ。


「それでも、父親だ」


 マルテレスが、絞り出す。

 最初の言葉の弱さに比べ、胸の前に持ち上げられた腕には徐々に力が込められているように見えた。


「俺は父上も救う」


「分からず屋ですね」

「やーい、分からず屋ー」


 覚悟の決まったマルテレスの声と、心を圧しつけるようなクーシフォスの声。そして、ふざけた雰囲気満載のソリエンスの声。


 場違いな声だが、ソリエンスのおかげで少しだけ空気が弛緩した。


「別に、友を見捨てるとは言っていない。親も大事だが、友を見捨てるわけにはいかないよ」


 マルテレスの顔がマシディリにやってきた。

 だが、視線はマシディリを越えてどこかに行っている。


(ああ)

 きっと、父に言いたいことなのだと、マシディリは理解した。


「常に悪口を言ってくる父上と、こんな状況になるまで我慢してくれたエスピラとサジェッツァ。これで二人に対して不義理を働けば、真面目に尽くす被庇護者よりも陰口を吹き込んだ者の方が報われると思われかねないからね。あるいは、親族優遇で、血縁者で無ければ扱いが軽くなるか。


 だから、父上には隠居してもらうよ。全て放棄してもらう。それで、解決できないかな」


 懇願するような目。

 きっと、父に向けるはずだった目なのだろう。


「私の言葉で納得していただけるかは分かりませんが」


 マシディリの言葉に、マルテレスがいたく傷ついたような顔をした。


 傷つけられたのはこちらだ。そんな顔をしたいのは、こちらです。

 そう言いたい気持ちは、嘘じゃない。


 同時に、マルテレスは鈍感では無いことも知っている。マシディリからの信頼を失ったこと、マシディリにそう思わせてしまったことに傷ついているのは、血を流しているのはマルテレスの心なのだとも分かるのだ。


「半島にいる限り保証はありません。オピーマの力でオピーマの目が届くどこか遠くに行ってもらった方が良いでしょう。誰も手が届かないような。メルカトルを攻撃して得られる利益よりも、失う労の方が痛いと思えるような場所に」


「父上は、もう、許されない、か」

「アレッシアに居れば裁判は止みません。アレッシアから離れれば、クイリッタから守り切れるとは言い切れません。とはいえ、クイリッタも暇ではありませんからね」


「クイリッタか」

「クイリッタにとって人間とは、ウェラテヌスか、ウェラテヌスの味方か、それ以外でしかありませんから。ルフスとの縁談も無事纏まりそうであるならば、余計にクイリッタはメルカトルを排除しようとするはずですよ」


 オピーマの影響力は大きいですからね。

 そう告げつつも、六歳下の双子の弟、スペランツァを想う。


 多分、メルカトルの命を狙う者として最も気を付けなければならないのは、セルクラウスの当主であるスペランツァだ。ただし、スペランツァの名を挙げることをクイリッタは望まないだろう。


「分かった。良い場所を、探そう。できれば温暖で、ゆっくり過ごせそうな。どこかを。

 でも、今の裁判における父上の罪状が正しいかの精査はしてもらう」


「誰に?」

「ナレティクス、とか、どう思う?」


 インテケルンの入れ知恵か、とマシディリはあたりを付けた。

 あるいは、スィーパスかもしれない。あの男は、マシディリからすれば『何もしていない』のだ。はっきり言って、失望している。とはいえ、動いていない訳では無いだろう。


「良い人選だとは思いますが、複数派閥の合同委員会の方が良いでしょう。

 ただ、そもそも、精査はしない方が良いかと思いますが」


 目を細め、空気も冷やす。

 心がけたのは有無を言わさぬ声だ。


 マシディリとマルテレスの間にいる形になっていたソリエンスがさらに下がる。クーシフォスも直線上からまた一歩離れた。


 マルテレスは、不快感を眉に表している。


「父上は失っていない財の補填を求めたりはしていない。アレッシアの財を不当に着服した事実は無いのに、それを受け入れろと言うのは、流石に呑めないぞ」


「では、処刑台に上がりますか?」

「証拠が不足しているはずだ」


「罪状は、暗殺の主犯です」

 語気を荒げたマルテレスに対し、返答したのはクーシフォス。


 マシディリはまっすぐにマルテレスを見ているためクーシフォスを確認できないが、顎を引いているような雰囲気がある。


「クーシフォス。何を言っているのか分かっているのか」

「お爺様がエスピラ様の暗殺の首謀者であるとの証拠を、私が持っています」


 今度は目だけでは収まらない。マルテレスの口も、ぽっかりと開いた。


「実行犯をアレッシアに呼び込んだ者、匿った者、道具を準備した者が居ります。彼らに対し、お爺様やヘステイラ様が生活の保障と安全を約束した粘土板の幾つかを私は持っているのです。彼らは、現状を見て、お爺様や父上では守ってくれないと感じ、私に助けを求めに来ました。


 カルド島で狩りを行ったのも、その一環。


 カルド島で彼らが脱走し、そのまま遠くに逃げる手はずになっています。逃げ場所は父上には明かせません。ですが、彼らの家の壁を壊せば、お爺様が約束の手形とした粘土板が出てくるでしょう。


 本当に発見とするか、隠しきるか。


 私の裁量で決められれば良いのですが、私では資質不足だと感じている被庇護者が多いのも事実です。私に従わない者もいるでしょう。彼らの家を取り壊されれば、お爺様が主犯だと言う証拠がどんどん出て参ります。


 徹底的な捜査は、お爺様を追い詰めかねない物だとご理解した上で要求してください」


 マルテレスがマシディリを見て、ソリエンスを見た。

 カルド島に協力者がいないと無理な話ではありませんか、とソリエンスが当然のように言う。

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