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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
1212/1589

よっ

「ふっふっふー。うへへへへ、ふっふーっ! と、言う感じですね」


 両の人差し指を立て、両手を頭の上でくねくねと動かしながら手首を回転させ、腰もまたくねくねと動かしていたソリエンスが急に動きを止める。


 そんな弟に、兄であるクーシフォスは蠟のように固まった表情を何とか動かそうとしていた。素っ頓狂な言動とは裏腹に無感情にすら見えるソリエンスが、兄に構わず続ける。


「ただ、その後の母上を思うと、歯が、急に、かま、かみ、かかか、かかみ、かみみみみ」


 なお、ソリエンスの口は流暢に動いている。

 どちらかと言えば、ソリエンスの言葉を言いそうな表情をしているのはクーシフォスに思えた。尤も、クーシフォスが言っても違和感しか無いのだが。


「兎も角、参画、やっぱ拒否。仮にお爺様から利権をもらえたとしても川に流れてどっかに言ってしまえ戻ってくんなこの野郎。って、感じです」


「それは、良かった……のかな」

「兄上。兄上。兄上」


 ぴょん。


 ぴょん。


 ぴょん、とソリエンスが言葉と共に合わせた両足で跳ねた。無論、クーシフォスに近づいていっている。


「褒めるのなら、頭を撫でていただきませんと」

「え、あ、うん」

「冗談です。もう成人済みなのですが」


 ぴたり、とクーシフォスの手がソリエンスの頭の上で止まった。

 クーシフォスの目が、マシディリにやってくる。えい、と言ってソリエンスがクーシフォスの手に自身の頭をこすりつけた。


 完全に、振り回されている。

 ソリエンスなりの甘え方であり、いつもより興奮しているのだとはマシディリは分かるが、果たして、なかなか会う機会の無い異母兄弟で伝わるのか、どうか。


「兄上に会えて、僕は嬉しいですよ」

「あ、うん。私も、もちろん弟が元気で嬉しいよ」

「ならば示すべきです」

 ば、とソリエンスが両手を大きく広げた。


「さあ!」

「あ、うん」


 終始押され気味のクーシフォスが、ソリエンスと抱擁を交わした。

 ぎこちない動き方だ。背中に回した手も、触れるだけ。


「そんなんで喜びが伝わると思っているのか!」


 良く分からない叫び。

 のち、ソリエンスが力いっぱいクーシフォスを抱きしめた。


 マシディリからもそうと分かるのは、衣服の皺以上にクーシフォスの背筋の反らせ方。変な声も漏れている。


(まあ、良いか)


 マシディリは、考えるのを諦めた。


 ソリエンスがどうしてこんな性格になったのかも、もう知らない。

 ただ一つ確かなのは、ソリエンスのような男を忘れることはそうできることでは無いと言うことだ。


「エスピラ様」

 鹿の毛皮を纏ったアスキルが、身の丈ほどの草木をかき分けて現れた。


 毛皮となった鹿はカルド島に上陸してから狩ったモノ。自然に溶け込むにはその地にいる生き物を真似る、とアスキルが口にしていたが、確かに視認しづらくなっていた。


「鹿の群れを見つけました。今日、一番の大物です」

「行きましょうか」


 マシディリは、弓を手に取った。

 ソリエンスも兄から離れ、こちらは使い込まれている狩猟服を被る。「何をぼさぼさしているんですか」と言われたクーシフォスは、自分が言いたい気分だっただろう。


 後ろでは、ユクルセーダから派遣されたナウムカンダ・テラン、あのバーキリキの甥が口を閉じたまま弓を掴み矢筒を担いだ。


 アスキルが先導し、カルド島の者が両脇を固める。イパリオンの者やマシディリに無理矢理連れ出されたアグニッシモとその悪友が馬に乗り、鹿の逃げ先になり得る場所へと動き始めた。


「次は下馬してですか?」


 鹿を見張っていたマンティンディが笑う。

 負けませんよ、と力こぶを作っているが、今のところ成果は隣で静かに武器の最終点検をしているグロブスに圧倒的に負けている。尤も、マシディリもグロブスには及ばないのだが、それはそれ。マシディリの目的は東方諸部族の者とカルド島の者との交流にあるのだから、会話こそ大事なのだ。


 狩猟による手柄が一番じゃなくて良い、と言うのは、もちろん負け惜しみであるが。


「騎射の筋は、やはりアグニッシモ様が一番良いですから。それどころか、蹄鉄を見極める技術もたちどころに身に付けられ、やはりマシディリ様の弟君なのだと実感させられております」


 アスキルも筒から矢を引き抜いた。

 今回の狩りは投石縛りだ。罠も使わない。投げ槍は、最後の手段。

 基本は弓矢で行う。それが、今回の狩りでの決め事。


「私も、アスキル様のように馬を見るだけで最適な蹄鉄を想像できるようになりたいですね」

「マシディリ様ならばすぐに出来ますよ」


 風下であることを確認し、マシディリも矢をつがえる。


 狙いは一番の大物。立派な角を持つ鹿。そして、忖度は無い。いや、東方諸部族の者達はあるが、グロブスもマンティンディもソリエンスも、マシディリと同じ鹿を狙った。



 結果、今日もマシディリの狩猟成果は伸びなかった。

 基本的に同じ獲物も狙っているはずなのに、グロブスは途中途中も仕留めるので獲物が増えていく。逆に、マンティンディは全部奪われてほとんど上積みは無い。


「そりゃ無えって」

 ぐでん、と、狩猟後のマンティンディが伸びる。


 大きな動作と、声。言葉が分からずとも覚えやすい童謡を口ずさむ彼は、きちんと人と打ち解けていた。一方でグロブスはその狩猟の成果によって口数少ないながらも交流をしっかりと持っている。


「良い交流になっているようですね」


 マシディリに声をかけてきたのは、フォンス・ラクシヌス。パラティゾの二人目の妻であり、元処女神の巫女だ。長い髪を縛りあげ、汗だくの首を見せながらも、真っ先にパラティゾに布と水分を持って行っている。そのパラティゾは、主に狩猟成果の記帳係だ。


「皆さんの協力のおかげです」

「集められたのはマシディリ様ですよ」

「ソリエンスと話したい、と言ったのはクーシフォス様ですけどね」


 皆の成果を護民官経験者と共にまとめているパラティゾから視線を切り、クーシフォスへと顔を動かした。


「目的は達せましたか?」

「私としては、兄弟で共に遊ぶのが一番の目的に思えますから」


 メルカトル、彼らの祖父について聞きたかったのも事実だろう。受け継ぐ気があるのかどうかも。

 ただ、それは聞かずともほぼ分かる。手紙でも済む。そうしなかったのは、きっと、会いたかったからだ。


「会いたい、と言えば、マシディリ様にお客様が見えられております。本人は、顔を出したくない、内密に願いたいと切に仰せです」


「どちらに?」

 誰かの目星はついていないが、マシディリはすぐに訊ねた。


「ソリエンス様が好きな神殿に」

 くすり、と品の良い笑みをフォンスが浮かべた。悪戯っぽくもある。


 マシディリは、さっそくソリエンスを呼んだ。クーシフォスもついてくる。

 彼らは、誰が客人かは分かっていないようだったが、ほぼ迷いなく神殿を選んでくれた。


 護衛としてアルビタを呼び、到着とほぼ同時に遠慮なくソリエンスが「どーん」と言って扉を開ける。


 獅子の頭。いや、毛皮。立派なそれを被り、背を向けている。誰かなど、普通は分からないだろう。事実、ソリエンスは体を倒すように首を横に傾けていた。


 でも。

(多分)


 息を吸った音は、横から。


「父上」


 疑問では無く、確信を抱いた声が、クーシフォスから。

 振り返って見えた顔は、やはりマルテレス。


 ただし、目は揺れる。口も、準備運動をするように動いた。陽気に開くのでも無く、簡単に歯を見せるでもなく。何度かの停止気味を挟みながら、右手も顔の横まで上がった。


「よっ」


 ぎこちない、発声。

 ソリエンスの口も丸くなる。


「お久しぶりです。お帰りはあちらに。まずは母上に会いに行けよと思わなくもないですが、多分、きっと、本当に会えてうれしいです、父上」


 それから、ソリエンスがありったけの言葉を素早く流し込んだのだった。

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