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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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緊迫の宴~閉じない幕~

「私はイパリオンに軍団を壊滅させられた時の高官。新生第三軍団がノハ平原の戦いで自部隊に混乱をきたさなかった者達で構成されているのなら、新生第四軍団はそのあまり。いわば格落ちの軍団」


「それは聞き捨てなりませんね」


「失礼いたしました」

 言葉の途中であることを承知でマシディリが言えば、即座にティツィアーノが顔を向けて来た。

 ただし、すぐにマルテレスへの訴えに戻っている。


「しかし、東方遠征の主力が第三軍団であることは変わりません。マールバラとの最終決戦の経過を見ても、皆が同じことを言うでしょう。


 主力に成れなかった第四軍団と、前回フラシ遠征に従事していた者の一部を連れて、今度の遠征も成功させる。それが、アスフォスの否定に繋がります。アスフォスの処罰はその後。彼がどう態度を変えるかによって処罰を決めるのも、また、憤る東方遠征軍従事者をなだめる手ではありませんか?」


 疑似的な三脚の形成。


 それがティツィアーノの狙いだとはマシディリもすぐに気づいた。べルティーナも気づいている。前に出かけた妻をすぐに、そして誰にも気づかれずに止められたのは、妻がマシディリにほぼくっついていたためだ。


「アスピデアウスで意見を統一してはどうだい?」


 エスピラがやさしげに笑う。

 ティツィアーノにとっては援護だ。だが、マシディリには意地悪く見える。


 アスピデアウス主導でのルカッチャーノ・タルキウスの軍事命令権保有者就任こそがエスピラにとって最悪の状況なのだ。


 これは、それを回避する強力な手。

 ティツィアーノの軍事命令権保有を否定することはアスフォス発言を公的に堂々と否定することにも繋がりかねないのである。そうなれば、ルカッチャーノを、そしてタルキウスを明確にウェラテヌスやオピーマの下に置いたと言う話にだってなってくるのだ。


 一方でアスフォス発言を肯定しながらティツィアーノの軍事命令権保有を否定する方向に舵を切れば、マシディリを過小評価しているのはサジェッツァも同じと言うことになる。


 当然、ウェラテヌス派からの怒りを次はかわしきれないだろう。


 白い光が収まった。

 治ったマシディリの手を眺め、サジェッツァが離れる。


「最も有効な勝利を計算できる軍事命令権保有者はマシディリだ」


 そこまで自分の父親が疑わしいのか。

 そう思いたくなるほど、マシディリの腕がべルティーナによって強く掴まれる。いや、抱きかかえられる。


「エスピラでは軍才が足らず、マルテレスでは勝ちを活かせない。私ではそもそも勝利を得られない。その点、マシディリは目立った欠点が無い。


 軍才はマルテレスに劣るが、それでもイフェメラやマールバラを討ちとる功を挙げた。バーキリキの策に完全に嵌ったが、切り抜けてもいる。今ではその道で使おうとはされないが、最初に評価されたのも後方支援の腕前だ。


 イフェメラに嫉妬されて対立を作り出し、東方諸部族の反乱に気づかず、アスフォスに標的にされるなど誰からも慕われるなどとは決して言えないが、サンヌス反乱軍屈指の実力者だったパライナやイパリオンの頭目であるプリッタタヴと早期に打ち解けた実績もある。二人は今やマシディリの強力な味方だ。


 遠征軍としてアレッシアの代表を送り込むのなら、一番手はマシディリ。異存は許さない。


 だが、ノトゴマ・ムタリカとは相性が悪いと私は思っている」



 サジェッツァが席に戻った。

 エスピラが陶器を手に取る。中のりんご酒をくるくると回しながら足を組んだ。


「もう着く陣営を決めたのかい?」

「逆だ。マシディリを使えば着く陣営が定まる。マヌアとは打ち解ける未来が見えるからな」


 なるほど。

 長々と言いまわしたが、要するに。


「現時点では決め切ることは出来ないが、候補者を挙げろと言われればルカッチャーノとティツィアーノを出して、場を濁しておくのが良いだろう、と言うのがアスピデアウスの意見だ」


 演説が下手だねえ、とエスピラが茶化した。

 サジェッツァが鼻で笑う。マルテレスは、泣き笑いのような表情を浮かべていた。


 マシディリには入り込むことのできない仲だ。

 立場上、緩衝材が必要なだけで、本来マシディリの仲立ちは不要なのだろう。そう思えてしまうほどに。


 ティツィアーノも同じ思いなのだろう。

 数度目を動かし、かすかに顎を動かした後に頭を下げ、場を辞した。


「マシディリ様」

 入れ替わりでアビィティロがやってくる。

 後ろには、ラエテル。兄の手は、目をこする妹と繋がれていた。


「父上、母上。ソルディアンナが限界です」

「ははうえずるい」


 ろれつの回っていない声でソルディアンナが言った。

 兄の手を離れ、マシディリに突進してくる。いたいいたい? と胸の血を見て言うが、目はもう閉じそうだ。


「アスピデアウスのじいじが治してくれたよ」

「んー?」


 何を言ったのかも理解できていないのだろう。

 愛娘は、小さい手を伸ばして、抱っこを要求してきた。対して愛息は顎を引いて、サジェッツァを観察しているようである。当のサジェッツァは、何も変わらない。


「服が汚れるからまたね」

「やー!」


 べし、とソルディアンナの手が強くマシディリを叩いた。

 やめなさい、とべルティーナが言う。ソルディアンナは唇を尖らせ、強行突破してきた。


「あとで母上に謝ろうな」

「んー!」


 眠いのか、怒ったような声がソルディアンナから発せられる。だと言うのに、手はしっかりとマシディリを掴んでいた。


「ソルディアンナ?」

「んー……ん」


 多分、良く分かっていないだろう。

 糸が切れたかのように、いきなり寝息に移行した。


「起きない内に寝かせた方が良いよ。ちょっとの睡眠でも子供には十分だからね」

「すみません」


 マシディリは三者に軽く謝ると、エスピラの言葉通りに三段しかない白木の階段を下った。


「じいじ、ありがと」


 ラエテルが不器用に言う。言葉の先は、サジェッツァ。今度も変化なしかと思ったが、階段を降り終えたマシディリが後ろを伺うと、小さく手を振っていた。


(うまく行ったかな?)

 ラエテルの警戒はまだ溶けていないが、この調子ならサジェッツァとも会う時間を増やせるだろう。



「お疲れ様です」

 会場の人並みに戻る前に小声で近づいてきたのはクーシフォス。


「父上が、ご迷惑をおかけいたしました」

 並んで歩き始めるのは、良く分かっている証拠だ。


 クーシフォスは、恐らく今後どうやっても武勇や軍才でマルテレスには及ばない。しかし、今後のオピーマの発展にはマルテレスよりも適任だ。

 スィーパス、マヒエリ、アスフォス、プノパリア、プリティンと見比べてもそれは変わらない。問題は、それを認識できていないメルカトル。


「かわいい姫様に」


 酒に頬を赤らめて、いつもより陽気なパラティゾが眠るソルディアンナの頭に草で編んだ飾りを乗せた。ちょっとだけ会話し、クーシフォスとの話に移行している。内容は晩餐会について。酔ってはいるが、見失ってはいないと言う証左だ。


(ひとまずは回避できたかな)


 ウェラテヌスの中でも強硬派のクイリッタは、でもエスピラやマシディリの意に完全に反することは無い。スペランツァもこれからベネシーカのご機嫌取りや呼ばれなかったトリンクイタとのやり取りが待っている。


 アスピデアウスは、強硬派をティツィアーノが纏め、それ以外をパラティゾが押さえている。


 オピーマは、クーシフォスの当主としての能力の高さに気づいた者はクーシフォスに着く。アスフォスやメルカトルの肩を持つ者は、むしろふるい落とした方が良い者。


 成功だ。

 今日の晩餐会と、この後の酒宴は成功した。


 そう思い、子供達を寝かせた後でマシディリは酒宴に戻る。


 波乱が終わらなかったと目を閉じたのは、十日後。

 インテケルン裁判に、弁護人としてマルテレスが出て来たとレグラーレから報告を受けた瞬間であった。


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