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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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緊迫の宴~亀裂~

「どう思う? マシディリ」

 マルテレスの激怒を巧妙に隠したのは、エスピラの声。


「ルフスは望むところでしょう。神殿の手配など、今度はウェラテヌスがオピーマやルフスに対して便宜を図ることで、メルカトルの動きを変えられる可能性もあります。

 ウェラテヌスにとっても、悪くはない縁談ではないでしょうか」


「お前はやさしいね」


「アスピデアウスにとっては利が薄く、オピーマにとっても最も恩恵のある縁談をこの場で提案するサジェッツァ様の方がお優しいかと。この場で次に益があるのも、ウェラテヌスですし」


 この言葉は、マルテレスの拳を解くために。

 力は少しだけ抜けたようだ。


 メルカトルは変わるかな。

 そう、父が口の動きだけでマシディリに伝えてくる。マシディリは、何も返せず視線を下げた。父が少しだけ微笑んだような気がする。


「それは、サジェッツァから提案してくれるのか?」


 父の変化に気づいた様子の無いマルテレスが顔を上げる。

 サジェッツァの顔は、相変わらず能面に近かった。


「秘密裏に、と言ったはずだ。アスピデアウスから提案しては意味が無い。マルテレスの支持者の一部が嫌いな貴族からのありがたい提案と同じだ。マルテレスが主導しろ。私は邪魔しない。マルテレスが宣言したのなら、他の貴族にも裏で根回しはしておこう」


 サジェッツァの目は、そのままエスピラへ。


「私も提案はしないさ。もちろん、否定もしないけどね」


 慎重な言い回しである。


「尤も、プノパリアの功でルフスが認めることに関しては楽観視していないよ」


 まるで、蛇が獲物を丸呑みできるかどうか思案するかのような。


 当然、普段の蛇はそんなことしない。基本は関係なく丸呑みにしようとする。

 それを行わない蛇は、機を逸する蛇か。命を繋ぐ蛇か。それとも、狩りに自信がある蛇なのか。


「次のフラシ遠征で軍団長補佐にプノパリアを推挙する。これを、マルテレスから提案し、私とエスピラに呑ませた形にすれば良い」

「次っ」


 髪の毛を跳ねさせるように反応したのはマルテレス。

 当然だ。息子であるアスフォスは、フラシ遠征の成功を誇っている。それも、マシディリの行った東方遠征と比較して、いや、同格とまで吹聴しているのだ。


 こんなところですぐにまたフラシ遠征が行われれば、どう思われるのか。

 最悪の場合、ルフスの次期当主として迎え入れられるプノパリアからも切り捨てられかねないのである。


「ノトゴマと繋がっていながら次が読めない者に座れる椅子は無い。与えられる椅子ならあるかもしれないが、私も、おそらくエスピラも用意はしない」


「アスフォス様のことです」

 小さく、マシディリは呟いた。


 誤解の余地のある言葉だ。そう判断したからこそ、マシディリはサジェッツァの言葉を固定する。例え自分に対しての悪感情が僅かながら生まれることを理解していても。


「それは、もっと、二年とか、三年後とか。できないのか?」

 マルテレスの顔がエスピラへと動いた。


「その可能性はあるが、既に長男陣営と次男陣営の調略合戦は始まっているよ。それに、領土問題も起きている。私のとこまでは調停についてきていないけどね」


「領土問題?」


「三男陣営と領域を接していたのは長男陣営さ。長男陣営が吸収した分、寄こせと言っていてね。長男陣営も割譲する場所を提示しているが、全て飛び地。まあ、三男陣営の者を引き込む際に領土安堵を約束している以上は長男陣営にとっても無理な相談だよ。


 敵に回すなら、身内よりも外の次男陣営ってね。


 次男陣営も、それなら長男陣営に東に動いてもらいたいと言っているが、元からあった土地を寄こすのも長男陣営内の反発を招く。それも、今の分割は面積だけで決めたモノ。長男陣営が多くの利益を得るための土地分割。


 そう易々とは飲めないが、次男陣営だって煮え湯を飲んで来たんだ。同じやり口で土地を求めるのも意趣返しとしてやるだろうね」


「次男が自力で守りやすい補填をくれって言っているが、長男が無理だと突っぱねているってことか」


「長男陣営を悪者にするような乱暴なまとめ方ならそうなるね」


 果たして、マルテレスのまとめ方をサジェッツァはどう捉えたのか。

 ノトゴマとマルテレスが直接繋がっていると見たのか、あるいは、身内が繋がっているから知らず知らずの内に毒されていると見たのか。


 ただ単にエスピラの話を聞いて乱暴な解釈をしてしまったとだけに思ってくれるのなら、マシディリにとってはこれ以上ないほどありがたい話ではある。


「即座に起きれば、マルテレスもエスピラも使いにくい。私は、次のフラシ遠征の軍事命令権保有者にルカッチャーノ・タルキウスを推すつもりだ」


(タルキウス)

 おぼろげながら、繋がってくる。


 アレッシアで有力な家門は、建国五門だ。当世に生きる人で言えばエスピラ、サジェッツァ、マルテレス。一世代前ならセルクラウスで、平民に人気なのはルフス。


 アスピデアウスは、現状建国五門三番手にして当世四番手のタルキウスと組むことで天秤を取ろうとしている。


「腹を割って話そうと言ったのはお前だぞ、サジェッツァ。推すつもりだ、じゃなくて、話を通してある、と言うべきじゃないかい?」


 父の挑発的な笑みは、裏を取っているからの自信か。

 それとも、誘うためだけの文句か。


「アスフォスの責任をオピーマは取らねばならない。止めなかったのならエスピラもだ。ただし、アスピデアウスが出るにしても、パラティゾが途中で退いたから起きた問題だと言う者も出る。


 タルキウスが適任だ。

 武門の家系で、アスピデアウスに次いで血縁者の多い建国五門。半ば独立の気風は、存在感を示す機会を覗っているとも言える。


 普通の選択だと思うが」


「腹を割れ、と言ったんだ、サジェッツァ。


 ウェラテヌスにニベヌレスとセルクラウス。

 アスピデアウスにタルキウス。

 オピーマにはルフスを。


 これで天秤を釣り合わせ、合議的な色の強いアレッシアを守り抜こう、伝統的なアレッシアを保守しようと思っているのだろう?」


「副次的な効果に過ぎない。第二次フラシ遠征を考えるのなら適任だと思っただけだ。タルキウスなら、余計な政治も要らないからな」


 はっ、とエスピラが歯を見せる。

 マルテレスは、背筋が伸びきっていた。手は膝の上で硬くなっている。

 対して、サジェッツァは日頃と変わらず。悪く思っている様子は一切ない。


「第二次フラシ遠征の成功『だけ』を考えるのなら、軍事命令権保有者はマシディリ以外に居ない。分かっているはずだ。今のアレッシアに、マシディリ以上に遠征軍を任せられる者はいないとな」


「……親の贔屓目だ」


「言葉が苦しそうだぞ、サジェッツァ。

 第二次フラシ遠征を考えるにしても、私やマルテレスでも良い。私ならば副官にアルモニア、軍団長にグライオ、騎兵隊長にカウヴァッロを連れて行く。他の者もエリポス遠征軍を中心に組み立てよう。


 まあ、それではプノパリアをねじ込めないから嫌か、サジェッツァ。

 今の話を聞いた時点でルカッチャーノを弾くと思ったか?


 腹を割れよ。その能面を砕いてな。そうして語ろうとしてたんじゃないのか?」


 サジェッツァの顎が引かれた。

 対照的にエスピラの顎は上がる。三人の中で最も急所を晒しているのはエスピラだ。最も武の腕が無いのもエスピラである。


「父上」

 マシディリは、静かにはっきりと口にした。


「喧嘩をして欲しい訳ではありません。挽回の機会を望み、サジェッツァ様の言うような均整を取ろうと思うのであれば、スィーパス様やマヒエリ様にも機を与えるのだって筋でしょう」


 あくまで、この場での均整を取るために。


「そうだ。フラシだって、遊牧民族だろ。南方諸部族はこれまでかかわりの無かった部族で、ハフモニだって死んでない。アスフォスの言うことだって間違っていないんじゃないか? なあ、エスピラ。サジェッツァ。そうだろう?」


 作り上げようとした均整のために、マシディリは表情を変え無いようにと必死にこらえた。

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