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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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緊迫の宴~握り拳~

 顔を硬くした師匠を、まずは席に着かせる。

 場所は実父エスピラの横。マルテレスが助けを求める心情としても良いのかもしれない位置だ。


「アスピデアウスとオピーマの裁判だろう? 望みはあっても、私がどうこうすることは無いさ。」


 飄々と、雑談の延長線上の雰囲気を維持しながらエスピラが言う。

 元から硬めの空気を纏っていた義父サジェッツァは、さらに空気を堅苦しいモノへと変えていた。威圧的な顔であるが、その実、拗ねに似た憤りなのだと、長い付き合いと愛妻の普段の行動からマシディリには分かる。


「腹を割って話せ。此処には、余計な者は一人もいない」

「判決に関わらず、実刑としては一年間の追放。追放先はメガロバシラス。そこを落としどころにできるように手を回しているよ」


 意外なほどあっさりとエスピラが吐いた。


 マルテレスの顔に安堵が広がる。エリポスの、しかもメガロバシラスとなれば追放先としても上々に思っていてもおかしくは無いのだ。それどころか、留学としていきたいと思っているかも知れない。


「油断するな」

 サジェッツァの顔は、マルテレスへ。

 射抜くような視線はそのままエスピラへと動いていく。


「メガロバシラスからすれば、親しかったイフェメラ派を排除した者達が今のアレッシア指導部だ。反乱の原因を作ったアスピデアウス。守れなかったウェラテヌス。討伐したオピーマ。安泰で済むと簡単に考えない方が良い」


「第二王子は私の手の中にあるけどね」

 まるで鶏や酒を保存しているかのようにエスピラが放る。


 第二王子だけでは無い。

 メガロバシラス軍部の中間層。将軍になるのは身分を考えると厳しいが、兵から直接的に頼りにされる層。アレッシアならば百人隊長や副隊長の層の多くは『アリオバルザネス将軍を師匠とした場合』、マシディリの兄弟子たちだ。


 彼らとの交流も、ウェラテヌスは確保している。


「王位継承権を持つ王子は他にもいる」

「継承権を無くせ、なんて言えばそれこそ戦争だ」


 サジェッツァに比べれば、父はふざけているように見えるかもしれない。

 それぐらい、温度差はあった。一方で、互いに真剣なのだともマシディリにはわかる。


「それに、話題はインテケルン裁判をどうするか、だろ? メガロバシラスにだって親アレッシア派はいる。インテケルンに手出しはできないしさせないさ。勉強だって好きなだけできる。むしろ、政情を気にせずできる分、インテケルンの将来には良い方に働くはずだよ」


 これでインテケルンの年齢と将来を引き合いに出そうものなら、嫌悪感を持たれるのはサジェッツァだ。会話の聞こえない周りからすれば、裁判で係争中の両派閥をエスピラが取り持とうとしているようにだって見える。


「一年間だけ、メガロバシラスなんだな」

 マルテレスがようやく言葉を発する。


「決まった訳じゃない」

 否定はサジェッツァ。


「そのつもりだよ。私はね」

 ゆるやかな肯定はエスピラ。


「そうなるなら」


 マルテレスの言葉が、途切れる。

 目も一度左右へ動いた。顎もわずかに引かれ、指も曲がって拳ができそうにもなっている。


 簡単に飲める話では無い。


 まあ、そうだろう。マシディリだって必要だと理解してもグロブスやマンティンディに追放処分が下されそうになったら「はいそうですか」とは受け入れられないのだ。支持基盤としてもそうだ。特に、軍団兵の支持がエスピラに傾いた以上、更なる失望は、と思う可能性だってある。


「インテケルンの扱いが悪くならないのなら、俺だって、何も言わないさ」


 最終的には声量が一つ下がった状態でエスピラの案を受け入れたようだ。

 姿勢も硬くなっている。遠目からどこまで分かるかは不明だが、形だけを見ればマルテレスを丸め込んだように見えなくも無いだろう。


「だってさ。どうする?」


 エスピラが、マルテレスの肩に手を伸ばした。

 声はサジェッツァに。寄り添うような姿勢は、どちらに圧をかけていてもおかしくないようには見えた。


 だからこそ、二人の反応がエスピラの行動の意味を変える。


 サジェッツァは、少し腰を後ろにやるようにして二人から距離を取った。

 マルテレスはエスピラに顔を向けている。体は逃げていない。そのまま、視線もサジェッツァに流していた。


(まあ)


 今度はウェラテヌスとオピーマがアスピデアウスに圧をかけたようにも見えるだろうか。


「最終的に守れるかどうかはマルテレスにもかかっている。私にできるのは、私からの行動を控えるだけだからな」


 横から見れば、サジェッツァの体正面は狭まったようにも見えただろう。

 その実、近くで見れば奥側を開き、つま先から膝を開けている。


「べルティーナは雄弁なのにな」


 エスピラが肩をすくめた。

 傍から見れば、行動の意味は違って見える。しかし、近くで見ている者からすれば父のしょうもない冗談交じりの行動だ。


「マシディリの所為だな」

 サジェッツァの目がマシディリに。かもな、とエスピラからも来て、マルテレスからは同情するような目がやってきた。


「所為とは酷くありませんか?」


 マシディリも、会話に比べて大げさに両手を横に広げた。視線、顔の動きも後ろからであっても分かりやすくする。


「傍から見れば分かり切っていることでも、当事者同士ですれ違っていることもあるのです。だから、私ははっきりと、べルティーナに対して愛を伝えているだけ。べルティーナも私のことが好きですから、はっきりと言ってくれているだけです」


「親の前でも堂々としているだろう?」

 父が分かりやすい動作と共に師匠に振る。師匠の顔は義父へ。苦虫を噛みつぶしたような表情で、サジェッツァがさらに苦々しさを増した頷きを見せてきた。


「大変だな」

 とは、マルテレス。


「情を育むのは結婚した者の義務です。私は、それに特大の愛が乗っかっただけ。間違いなく父上と母上の影響でしょう。べルティーナも真面目ですから。結果的に、時間をかけて育んだのは愛だったと言うだけですよ」


 はは、とマルテレスが乾いた笑いと共にエスピラとサジェッツァを見る。二人も肩を竦めるなど表情以外でもマルテレスに応えていた。


 ふう、と、マシディリは心中で安堵の息を漏らす。


 三人とも、少なからず和解は望んでいることが分かったのだ。マシディリの晩餐会の意図も理解してくれている。もちろん、細かいところは違うだろう。いや、細かくなくとも違うかも知れない。


 それでも、紛争解決に向けて大きなところが一致しているのなら、まだまだやれることはある。


「オピーマへのこれ以上の攻撃を防ぐ手として、私から秘密裏に提案したいことがある」


 次の段階、恐らく三者の違いの共有へと真っ先に駒を進めたのはサジェッツァ。

 マシディリは、それとなく父を観察した。義父の提案を把握していてもおかしくはない。その思いからであるが、普段通り過ぎる父からは何も読み取れなかった。



「プノパリアをルフスに婿入りさせておけ」


「は?」


 脳で処理できる量を超えるとこうなるのか。

 今のマルテレスは、そんな手本となるほどの呆けた声と呆けた口、抜け落ちた表情だ。


「ルフスは平民にとっては大家だ。未だに名前に権威はある。第二次ハフモニ戦争以前のオピーマであれば考えられない相手、いや、ウェラテヌスにとっても婚姻は難しい相手だ」


 苛立ちはある。

 同時に、図星だからこその怒りだともマシディリは自身を理解していた。


「昔はな」


 父も似た感情であるとは、その一言で理解できた。

 マルテレスの顔もエスピラの一言で強張る。サジェッツァの演技じみた姿勢も終わりを告げた。


「ああ。昔の話だ。

 第二次ハフモニ戦争に於ける独裁官への妨害で悪い印象を抱いている貴族も多い。インツィーアの大敗の責を求めている平民だって少なからずいる。その上、イフェメラの反乱に従いさらに名を失墜させた。善戦した話も無く、恥を上塗りしただけだと被庇護者や近しい家門に疎まれ出してもいる。


 それでも大家だ。

 未だに多くの被庇護者を抱え、一定の影響力を保持し、貴族だって表立っての行動は控えるだけの力がある。


 そんなルフスが、今や平民の一番手と言えるオピーマから婿を取れるとなれば喜ぶはずだ。それも、エスピラやマシディリから将来を嘱託されているプノパリアが来る。


 アスフォスの虚言癖やメルカトルの暴言に対し、余計なことを口にしないだけでプノパリアの評価も高くなっているからな。五男であることも問題とはならないと思うが」


 マルテレスの表情は変わらずに硬く。

 さりながら、籠っている感情はまた違って。


 師匠の拳の内側に握りしめた言葉は子と父を思う義憤であり、拳の外に置いてきたのはサジェッツァの思いやりであった。


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