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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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緊迫の宴~三者集合~

 サジェッツァのとこに向かうまでの僅かな距離。


 その間にも興味を惹かれることがあったのか、ソルディアンナがべルティーナの胸から降り、小さな足で歩き出す。少し離れるだけならマシディリもべルティーナも止めなかったが、あまりにも離れようとすれば二人か乳母、あるいはラエテルが止めに入った。


 ただ、その少しの時間の間にエスピラもサジェッツァに近づいている。今回ばかりはシニストラが背後に立っていない。それどころか、子供達も居なかった。代わりにと言うべきか、アグニッシモやシニストラが警戒態勢に入っている。



「ラエテル?」


 愛息の足が明らかに重くなった。

 唇を突き出し頬を膨らませ、無言ながら不服を示してきている。普段ならばこのような態度に対して苦言を呈するべルティーナも、今回は何も言わない。


「やめなさい」

 だから、この言葉はマシディリのモノ。

 しかし、ラエテルがむずがりながらも足を前に出したのは、何も言わない母こそが味方だと分かったからかもしれない。


「だれ?」


 ソルディアンナがマシディリの衣服を掴みながらサジェッツァ夫妻に対して丸い目を向けた。


 ラエテルがすぐ前に出る。

 ソルディアンナの手を繋ぎ、引っ張り、自身の後ろに隠した。


「じいじとばあば」

 ラエテルが答える。ソルディアンナの顔が、エスピラを探すように動いた。


「母上にも父上と母上がいるんだよ」


 ソルディアンナが驚いた顔でべルティーナを見上げた。べルティーナが子供にもわかる苦笑を浮かべ、そうよ、と肯定している。


 ソルディアンナが前に出ようとした。ラエテルの腕が後ろへと動く。やはり、強硬な兄から何かを感じ取ったのか、ソルディアンナが足を止めてマシディリを見上げて来た。


「失った信頼はなかなか取り戻せないものよ」

 べルティーナが、サジェッツァに言う。


(信頼していたのなら、なおさら、か)


 マシディリは膝を折った。しゃがんでいくマシディリに合わせてソルディアンナの顔も動く。そうして視線をほぼ等しくしてから、マシディリは愛娘の頭を撫でた。


「じいじが仲直りしたいんだって」


 ソルディアンナの頭を撫でつつ、目をラエテルへ。

 ラエテルは唇を尖らせてはいないものの、顎を引き、正中線もサジェッツァから外している。


 どこか父方の祖母を思わせるような、冷たい瞳も見えた。


「もうしない?」


 幼子のかわいらしい声質に混ざる、冷たい刃物。九歳と言う実年齢をはるかに超える冷たさ。


 兄に守られているソルディアンナの手が、ラエテルの背中を掴んだ。ラエテルの衣服に皺が寄る。他のアスピデアウス血縁者の目は、サジェッツァへ。


 注目が集まっているサジェッツァに、しゃがんで目を合わせるような気配は無い。


「ああ」


 声質も、子供に合わせるつもりは無いようだ。

 一人前の人間として扱っているとも言い換えられる。


「じいじを殺そうとしない?」

「ああ。エスピラを殺そうとはしない」

「『とは』?」

「エスピラを殺したりしない」


 極々わずかな眉の動き。ほぼ無動に近い、サジェッツァのかすかな変化だ。

 それでも、しばらく見ない間に起きたラエテルの成長に目を見張っているのだと分かる。


「アレッシアの神々に誓って?」

「アレッシアの神々とアスピデアウスの父祖に誓って」


 サジェッツァが淡々と、よどみなく言いきればラエテルの手がソルディアンナから離れた。ソルディアンナがラエテルの前に出る。兄を確認し、後ろを向きながらももう一歩出た。


 サジェッツァをかわし、『ばあば』が前に出てやさしく声をかける。ソルディアンナがサジェッツァも見上げながら、ばあばの下へよたよた歩いて行った。


(好きだったからこそ)

 ラエテルにとっては、裏切られた、と言う想いが強いのかもしれない。


 そうであるなら、此処で会話を続けるのは最善策では無いはずだ。サジェッツァは口が上手いとは言えないのだから。


 その判断に本人が達したのかは分からないが、サジェッツァの妻がソルディアンナを連れて、べルティーナがラエテルに声をかけて離れてくれた。


 なら、マシディリがするべきことは父を呼んで、じいじ同士が安全に会話している様子を見せること。

 幸いなことに父もそれが良いと思っていてくれていることはすぐにわかった。


「行こうか」


 唇をほぼ動かさず、こちらに聞こえる最低限の声量でエスピラが言う。

 マシディリも頷く等の変化は見せず、奥へ行きましょう、とでも言うように仕草で示した。


 そのまま案内する形でマシディリが先導する。後ろはエスピラ。無防備な背中をサジェッツァに見せているのだと容易に推測できる衣擦れの音がして、静かではあるが一番大きな足音が最後尾から聞こえて来た。


「大きくなったな」


 奥の一角、絨毯を用いてやわらかく厚みのある温かさを意識した『外にある個室』。その段差に足をかけた時にサジェッツァから言葉が発せられた。


 木の台座を最初は見せ、椅子も木で作ったのが分かる造り。白木だが見る人が見れば六年前に、権力を取り返したエスピラが行ったエリポス懲罰戦争でカナロイアを出迎える立派な殿に利用した物だと分かるかもしれない。椅子も布で隠してある場所があるが、見えている部分から切り出してから時間が経っていると分かるのだ。


「最後にあったのは三歳の時か?」


 上座にエスピラが座る。サジェッツァは対面。マシディリは、一番の下座に腰かけた。


「ああ」

「ま、大きくなっただけじゃないけどな。見たか? あの様子を。人懐っこくて誰とでも仲良くなるラエテルが、敵とみなした者に対してはしっかりと牙を剥ける、それも守るべき者を守るために体を張ると示したんだ。楽しみでならないよ。ウェラテヌスは安泰だね」


 鼻で小さく笑ったサジェッツァの顔が、マシディリにやってくる。


「エスピラの子煩悩は孫にも発揮されるらしい」

「事実しか言ってないさ」

「だ、そうです」


 困ったような笑みを浮かべつつ、言葉では父を肯定して。

 マシディリは顔を動かしてサジェッツァの注意を再びエスピラに戻してもらった。


「昔から、自分の子供が如何に優秀かを小さなことでも喜び勇んで語るような奴だったな」


「嘘では無いさ。そうだろう? 今の子供達を見て、ウェラテヌスほど優秀な者が揃っている家門があるかい?」


「マシディリと言う特異な存在を除けば、私の方が率は高い」


「年上と言うのを考慮して欲しいね。クイリッタもスペランツァも執政官には上り詰めるよ。アグニッシモだってその内遠征を任せられるさ。ユリアンナは既に外交に不可欠になっている。チアーラの役目は、今言うことではないかな。


 ああ。もちろん、マシディリの活躍にはべルティーナからの影響も多分にあるよ。良い娘だ。メルアも気に入っていたよ。良い子が義娘になってくれたってね。本当に喜んでいた」


 そうだろう、とサジェッツァがかみしめる様に返した。


 訪れるのは、沈黙。


 サジェッツァがリングアについて触れなくて良かったと思う反面、父が言える雰囲気にもしなかったのだとも思う。


(あとは)

 この話題を、続けるかどうか。


 無理矢理と言う空気を作りながらエスピラが復活させた話題は、やはり子供の話。サジェッツァが聞きたいであろう孫の話も交え、マシディリもたまに入っていく。


 別に、二人だけならば問題は無い。

 父がやけに子供達に甘いのも、父の周りの人物なら皆知っている。


 それでも、今は不味い。

 今、マルテレスの前でするのは避けたい話題だ。


 加えて、間が悪いことに、マルテレスもいる場でエスピラとサジェッツァだけが会話を続けるわけにもいかない。

 マシディリがマルテレスを迎えに行かねばならないのだ。


「よっ」

 いつもより弱く発した師匠に、二人の父は何と返すか。


「良いところに来た。マシディリの東方遠征の功はマシディリの力あってのモノだが、サジェッツァがやけにべルティーナを押してくるんだ。べルティーナのおかげでもあると言うならクーシフォスのおかげでもあると言うべきだとは思わないか?」


 実父は、危険な線を攻めて来た。


「マルテレスにとってみれば雑談をする気分じゃないだろう」

 別の方向で危険そうな一言は、義父から。


「晩餐会とこの後の酒宴では好まれないが、政治の話をせざるをえまい。エスピラ。インテケルン裁判をどうするつもりだ」


 そして、義父は軽々と危険な線を越えて来た。

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