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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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緊迫の宴~家族~

「私もマシディリに呼ばれなければ会うつもりは無かったからな」


 エスピラとは絶交するつもりだった、と能面でサジェッツァが言う。義父の後ろにいる義母は夫に対しての呆れたような笑みを浮かべていた。


(それでも)


 通じている。

 父も義父も。目的をしっかりと理解した上で言葉を選んでくれているのは良く分かった。


「酷いねえ」

「罪に対して罰を与えなければ、アレッシアの法は破滅する」


 義父の言葉は、明確にマルテレスを引き込むモノ。


「道理だね」

「真理だ」


 困ったよ、と父が手を横に広げ、マルテレスに目をやる。到着したマルテレスは曖昧な笑みで応えていた。


「罪は功で消える訳では無い」

 サジェッツァの言葉はマルテレスに。


「誰がアンタの罰を規定したんだって話だけどな」


 アグニッシモが吐き捨てた。

 エスピラの左の甲が、ぺし、とアグニッシモの額に当たる。


「マシディリの顔を潰す気かい?」


 声は笑って。目は笑わず。

 口角は緩めて、顎を引き。


「ごめんなさい」

 アグニッシモが分かりやすい反応を示した。尤も、謝罪の方向はマシディリに対してである。


 次に口を開いたのはサジェッツァの妻。品の良い笑みで朗らかにマルテレスの妻に声をかけている。


 流石はべルティーナの母であり、パラティゾやティツィアーノの母だ。このあたりの調整も上手い。するり、とマルテレスの妻に質問をする形で会話に参加するべルティーナも、建国五門の歴史を正統に継いでいる。


 緊張ほぐしの雑談に、ウェラテヌスからはフィチリタも参加した。そのフィチリタがエスピラを巻き込み、雑談が広がっていく。


 マシディリは、会話が上手く回り始めたのを確認すると、べルティーナに視線で合図を送った。


 二人して離れ、残りの参加者との軽い挨拶と、参加者の最終確認を行う。全員来ているのを確かめたら、宴会場の中心に置いてある船の甲板に登った。


 松明を持った男が宴会の四隅から走り出し、マシディリとべルティーナの乗る船の周りを照らす。それだけでもしっかりと注目を集めることに成功したが、さらに四隅から伝令用の光を飛ばさせもした。


 各々の会話が始まりだした中での、再びの静寂。


「皆様、本日はようこそおいでくださいました」


 その中で、マシディリは手短に開演の挨拶を行い、晩餐会の開始を宣言した。


 エスピラ、サジェッツァ、マルテレスに注目を取られがちだが、他にも有力者は多く居る。


 アルモニアやグライオと言ったウェラテヌス派はもちろん、オピーマ派の有力者であるオプティマやほぼ凋落したとはいえまだ平民の中では名が残っているルフスの者も呼んだ。フィルノルドやテラノイズと言ったアスピデアウス派の者もいる。


 前最高神祇官輩出家門であるリロウスからはアネージモを呼んでいるし、アルグレヒトの長老も呼んでいた。彼は体調の問題もあり早期に変える予定だが、エスピラが唯一自ら挨拶に赴いたこともあり影響力が保持されるのは確定的だろう。


 建国五門ももちろん居る。


 ニベヌレスからは当主アダットと次期当主であるヴィルフェット。

 タルキウスからは当主ルカッチャーノとその父スーペル。そして、二人の推薦であればタルキウスからの追加の参加も認めていた。


 ナレティクスはジャンパオロ夫妻のみ。代わりに、マシディリが挨拶する時間を長くし、その後もアビィティロやファリチェと言ったこれからを担う有力者が周りに着く。


 基本的に、政治的な話は行わない。

 されど、此処に呼ばれていればこれからのアレッシアに大きな影響力を持てる。


 無論、クイリッタやサルトゥーラ、インテケルンなど呼んでいない有力者もいるが。


「スペランツァは?」

 挨拶もあり、再び散っていった父と義父と師匠を探しながら、マシディリは奴隷に尋ねた。


「ベネシーカ様の下におられます」

 マシディリから酒を受け取り、代わりに水を渡しながら奴隷が言う。


(それはそうでしょうが)

 想いながら、目を動かした。


「御機嫌取りよ」

 マシディリの疑問に答えたのは、くすりと笑ったべルティーナ。

 どちらかと言うと姉っぽい笑みに見える。


 無論、アスピデアウスの中ではべルティーナは末妹であるのだが、ウェラテヌスの中では義長姉だ。


「何をやらかしたの?」

「少々お遊びが過ぎるとベネシーカさんがむくれたの。でも、それって心が狭いと言われかねないことでしょう? だから、軽い注意だけで済ましていたらしくて」


「スペランツァは止まらなかった、と」

「ええ。ですから、ついつい『お義父様やお義兄様ならそのようなことはしないのに』と怒ってしまったそうよ」


「なるほど」

 兄の贔屓目もあるだろうが、マシディリから見てスペランツァが最も大事にしている女性はベネシーカだ。そこは揺るがない。スッコレトに対しての嫌悪感も、ベネシーカへの愛があるからこそだとも思っている。


「父上とカランドラ様の件もあるから、スペランツァも余計に焦って、その焦りがベネシーカ様の炎に余計に薪をくべた、と言う訳ですか」


「そうね」

 様子を見るに、べルティーナはベネシーカから相談を受けていたのだろう。


「私からもスペランツァに注意しておくよ」

「おやめになった方が良いのではなくて?」


「いや、私は愛人を作るつもりは無いし、性愛をべルティーナ以外に向けるつもりも無いからね。不寛容だと言われても変えることは無い以上、私が言うのが適任じゃないかな。それに、愛人を全く作るなと言うつもりは無いよ。社会的地位を示す一つの手法でもあるからね」


 男女問わず、愛人の数は懐の広さを表すモノだ。

 伴侶が居れば、伴侶の懐の広さも示す、夫婦の価値を引き上げるモノにだってなる。


 尤も、父母はそんなもの踏み倒していたし、マシディリも踏み倒しているが。


「それなら、私が言っても良いのではなくて?」

 ひら、とべルティーナが肘を曲げ、右手のひらを空に向けるように倒した。


「私もマシディリさん以外を愛するつもりはありませんから」

「ぼくは母上にあいされていない……」


 ひょこ、とラエテルがマシディリの足元に現れた。表情はうまく作れているが、兄に手を惹かれていたソルディアンナが「あいされていない」と言いながらもにこにこと笑ってしまっている。


「もうっ」

 べルティーナが腰に手を当て、子供達に見えるように眉間に皺を寄せた。


 きゃー、とソルディアンナが叫び、マシディリの足元で一周ののち三回転してからべルティーナに突っ込んでいった。いつもよりはしゃいでいる。晩餐会の雰囲気に当てられたのだろうか。


 予定よりも早めに子供達を帰すことを考えつつ、マシディリはラエテルに「私はラエテルのことも愛しているよ」と笑いかけた。「知っているよー」とラエテルが無邪気に笑う。


「私は『は』は、やめていただけません? 私だってラエテルもソルディアンナも愛しているの。私がマシディリさんに向ける愛情と、二人に向ける愛情は種類が違うから比べるモノじゃないっていつも言っているでしょう?」


 最初はマシディリに対して。

 後半は子供達に向けてべルティーナが言った。


 ソルディアンナが理解できているかは、分からない。

 それでも、マシディリの膝に乗っては「かわいい?」「好き?」「ははうえとどっちがかわいい?」と聞いてくる愛娘にべルティーナが何度も説いているのだ。


 尤も、マシディリが「べルティーナが一番だよ」と言ってしまうから、と言うのもあるのだが。そう言うことでソルディアンナが喜んでいる側面もあるので、耳を赤くしながら叱るのは許してほしいとも思う。


「じゃあ、行こうか」

 ラエテルと手を繋ぎながら、言う。


「どこに?」

 ラエテルが顔を上げた。


「じいじのとこに、かな」


 視線の先に据えたのはサジェッツァ。

 嘘は言っていない。


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