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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
1202/1592

緊迫の宴~開演~

 会場の光量の割に松明は少ない。

 そんなことを可能にしているのは、視線の誘導と松明の周りに置かれている鏡や銀細工だ。特に銀細工は派手な装飾はないものの、精巧な彫りが為されている。


 会場で他に目に付くのは、船だろう。

 水に浮いてなどいない。地面の上に固定され、食品が並んでいたり、逆さになっていたり、半分に切っている物もある。


 珍品の類は、遠方各地の宗教的な意味合いを持つ物。木彫りの人形などの明らかな物だけでは無く、やけに装飾のついた実用的では無い斧のような武器もある。かと言えば、装飾などほとんどない簡素な二振りの剣だけのこともあった。そのような違いも、物珍しさを加速させている。


 その中で殊更大事に飾っているのは、各部族の誇りとなる武器。


 フラシで言えば投げ槍。南方諸部族の特異な形をした投げ斧。メガロバシラスの長槍。ドーリスの盾。カナロイアの剣。イパリオンの弓矢。アレッシアも、やはり盾と鎧だ。


 他にも北方諸部族から剣や斧。あるいはアフロポリネイオから祭具を飾っていたりもする。


 ただ、ざわめきの理由はこれらでは無い。

 マシディリとウェラテヌスの威光を示し、オピーマとアスピデアウスとの繋がりを意識したこれらですら、意識の端に追いやられる。


『エスピラ・ウェラテヌス』

『サジェッツァ・アスピデアウス』

『マルテレス・オピーマ』


 三十年前であれば気楽に互いの家を行き来できていた三者が、一堂に会する可能性があると言うだけで会場の周りに多くの野次馬を産んでいるのだ。庇護者となる家門の意向を汲んで探ってきている者もいる。そして、彼らの熱や狂気が会場の参加者にも少なからず影響しているのだ。


「やっぱり花冠がにあうとおもうの」

「今日は駄目だよ」


(大物だね)

 そんな中で、(ラエテル)に小声でささやくソルディアンナと、家と同じようにやさしく注意するラエテルを見ながらマシディリは思った。


 二人とも動じていない、と。


 愛娘の最近の流行りは花冠を作ることであり、マシディリの後ろを取ってマシディリの頭に載せることだ。今日もやりたがっていたが、べルティーナにきつく止められている。


「マシディリさん」

「はい」


 その愛妻に、今度はマシディリが止められた。

 やさしい声だ。しかし、かなり力強い視線で窘められる。マシディリに出来るのは、小さく困ったように笑いながら返すこと。


「スペランツァ様が到着されました」


 配置していた奴隷の声と共に、注目の三人の関係者の中でいち早くスペランツァが到着した。隣には妻であるベネシーカ。義母であり、別の意味で噂の渦中にいるカランドラもいるが、その隣にはクロッチェもいた。トリンクイタはいない。呼んでいない。


「じゃあ、手伝うね」


 挨拶の後、スペランツァがゆるーく言って離れる。クロッチェは品の良い笑みを浮かべて離れていった。カランドラ、ベネシーカ母娘は丁寧な礼だ。花冠、かぶる? と叔父に聞きに行ったソルディアンナが少し無礼に見えるほどである。


 その少し後にやってきたのは、マルテレス、クーシフォス親子。三人の中で到着が最も早いのは予想通りだ。二人とも、きちんと伴侶連れであることも想定内。


「ようこそお越しくださいました」


 マシディリは、全てを差し置き二人に挨拶へと向かう。


 雑談を交えながらマルテレスに元気が無いことを把握し、クーシフォスは裁判に影響されていないことも確かめた。他の弟に関しては、今回は出禁を言い渡している。申し訳ないがソリエンスも同様の処罰だ。擬音たっぷりの落ち込みを伝える手紙が届いていたが、思わず笑ってしまったと言う点でも申し訳ない。


 最後に、マルテレスの妻に配慮しながらも、それとなくヘステイラに緑のオーラ使いを向かわせることを約束し、離れる。


 会場の人は、大分増えていた。


 マシディリが挨拶に向かえなかった、もとい、マシディリに挨拶に来られなかった人は、ラエテルとレグラーレ、アビィティロが応対にあたってくれている。スペランツァも時折助けに入ってくれたようだ。


「マシディリ様」

 次にざわめきが少し増えたのは、静かにマシディリを呼んだパラティゾの登場によって。


 パラティゾは、二人の妻を連れてきていた。マシディリが最初に話しつつ、二人の妻とはべルティーナが良く会話をする。


 任期を終えた処女神の巫女は重婚が認められているとはいえ、正妻との関係は難しいことも多いのだ。その点、パラティゾは上手くやっているようである。


 少し遅れて、サジェッツァとティツィアーノがやってきた。視界の端に入れたラエテルが、ソルディアンナの手を握り隠すように動かしている。


(警戒はするか)


 幼心に母方の祖父が父方の祖父を殺そうとする光景は、鮮明に刻み付けられたに違いない。


 マシディリも、ひとまずは子供達を呼ぶのを諦めた。予め話し合いは重ねていたため、べルティーナも呼ぼうとはしない。サジェッツァも近づいてこない。代わりに、ティツィアーノが妻を連れて挨拶に来た。パラティゾが居てもお構いなしなのは、兄弟ゆえに、だ。


 困った人でしょう、だなんて口にせずとも品の良い口元で語っているのは義母。マシディリも小さく表情を変えて同意した。


 この時点で、ざわめきは少し遠くにいる知人を呼び止めるのも叶わないほど。

 外からの声も、距離があるにも関わらずに人が多いのだと分かってしまうほどにある。


 開演の時刻の際にそのざわめきが爆発すれば、誰が来たのかは明白だ。


 友人たちが早く来ることも見越して、待たせる形にするのも好んでいる手。現状アレッシアの第一人者。僅差の最大派閥。


 外の声を聞けば、参加者のほとんどが入り口に目を向けた。驚きと期待。疑念の目。


 マルテレスは助けを求めるかのような視線だ。一方でサジェッツァは見ようともしていない。


 ざわめきが、一部ずつ静かになる。


 静寂が喧騒を圧し潰しながら、近づいてくる。



「エスピラ様が到着されました」



 慇懃な声は、奴隷では無くスペランツァのモノ。


 会場が、一瞬静かになった。

 角を曲がり、二つの松明が飾る入り口から見えたのは、紫のペリース。神牛の革手袋。亡き愛妻の髪を用いた首飾り。


 くすり、と持ち上がる、不敵な笑み。


「もう少し歓迎してくれても良いんじゃないかい?」


 会場を奪い去ったのは、エスピラ・ウェラテヌス。


 悠然と広げる右手の逆側で、スペランツァが他家門の主としての礼を取っている。他の客人が妻を連れる位置にいるのはアグニッシモ。後ろではフィチリタがふんすと胸を張っていて、シニストラがいつもより少し離れた位置にいた。レピナはシニストラの後ろでフィロラードと並んでいる。首飾りもお揃いだ。


 私は場違いでは、なんて言うかのように、肩を落としたのはセアデラ。持ち上がっている口角は僅かに隠し切れていない。いや、隠していないのか。


「開演時間が近いので、皆おなかをすかせて殺気立っているのですよ」

 マシディリはアスピデアウス兄弟をかわして声を張り上げた。


「間に合った。そうだろう?」


 父が悪びれずに言う。

 咎める母は、もういない。


「レピナの準備が遅いから」

 ただし、天然でぶち込んでしまうアグニッシモはいる。


「兄貴!」


 顔を膨らませ、レピナが怒った。アグニッシモが顔を斜め上へと動かす。

 まあまあ、なんて宥めている父の足は前、マシディリの方へと向かっていた。


「レピナを使ってまでなんて、父上も趣味が悪いですね」

「息子に言われると心に来るね」

「では、もう少し早く来てください」

「マシディリが主催の時は早く来るよ。次も呼んでくれるのならね」

「リクレスに「じいじ嫌い」と教えますよ?」

「悪かった」


 抱擁、一つ。


 その後でアグニッシモとも抱擁を交わした。フィチリタとも元気の良い抱擁を交わす。義姉上が良い、なんてちょっと笑えない冗談を聞きつつもセアデラとも抱擁を交わした。


「流石はマシディリだね」


 言いながら、エスピラがマルテレスに手を振る。

 少し遠くにいたマルテレスが、こちらに向かって歩き始めた。

 その間に、父の目が義父に。


「久しぶりだね、サジェッツァ。マシディリに呼ばれなきゃもう会えないかと思ったよ」


 その一言は、弛緩していた空気を再び緊張に引き締めるには十分な言葉であった。

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