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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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魔女と剣 Ⅳ

 舌打ち、一つ。


 分かっている。分かっているのだ。

 エスピラとて、分かっている。


 言わなかったのは自分だと。さっさと言っていれば今よりも衝撃は少なかったのだと。

 言わなかったことで、マルテレスとの信頼関係に多少なりとも影響が出て、その多少は今の家門同士の状況だと不味いことも。


 全て分かっている。


 分かっているからこそ、足に力がこもるのだ。


「チアーラを此処に呼ばざるを得なくなったのはアスフォスの所為。アスフォスがドーリスとお父様が裏で繋がっていて功を捏造しただなんて馬鹿げたことを言ったから、チアーラは襲撃を警戒しなくてはならなくなった。遊び盛りの子供も外に出せない。他にも数多の不利益を被っている。


 それなのに、家門の主がずけずけとやってくるだなんて。それも、暗殺未遂までしでかしているのに、助けてくれ、ですって。


 片腹痛いことこの上ない。これがお父様を慕う者の素直な感想よ。お父様が我慢しているから誰も言わないだけ。老いて耄碌したともエリポスでは噂。マルテレス様も。お父様も」


 ゆ、る。ゆ、る。

 と、マルテレスが首を横に振った。短い髪は当然ながらなびかない。共にゆっくり動くだけ。瞬きは、相変わらず少ないまま。


「混乱してしまったようですね。もうしばらく滞在されては? 歓迎しますよ。アレッシアの黄金とも言える組み合わせ。お父様とマルテレス様が揃うことで誰にも負けないアレッシアの巨大帝国が出来上がる。

 尤も、武力装置としてもマシディリやアグニッシモの方が優秀なようですけど」


「下がれ」

 アレッシア語で強く言い放ちつつ、エスピラはマルテレスの腕を力いっぱい掴んだ。


 アレッシアでも有数の武勇を持つマルテレスと、アレッシアでも下から数えた方が良い力しか持たないエスピラ。それでも、エスピラがマルテレスを引っ張った。


「気にするな」

 吐き捨てるように強く言い。


「エスピラも、マシディリがフラシ遠征に行った方が良いと思っているのか?」


 返ってきたのは、小さな声。

 アレッシアで噂されていること。エスピラも耳にしたことがあるが、マルテレスも耳にしてしまっていたらしい。


「まさか。仮にそんな状況になったとして、マシディリが行くものか。


 マシディリは、オピーマの分裂を嫌ってスィーパスらを推薦したんだ。マシディリが行けば意味が無い。でも、確かにな。マシディリの思いを裏切った者達への怒りは否定できないよ。マシディリにだって思うところがある。


 それでも、マシディリは寛容だよ。本当に、情け深い。

 裏切られてもなお助け舟を出そうとしていたのだからな。今だって、その用意をしている。マシディリは本当に寛容だよ」


「マシディリも言ってたよ。父上は寛容だって」

「息子に言われるとは、嬉しいね」


 けらり、と笑い。


 エスピラは十分に距離を取れたと判断すると足を止めた。ズィミナソフィアは追ってきていない。どうやらとどまってくれているようだ。



「まあ、マシディリを舐めているのは他の奴らも同じだ。


 メルアの死に際して、私も死のうとしていたからね。今でもそうだと思っている者もいるのさ。だから裁判が多い。私が死ぬ前に他の派閥の力を削ぎたいと思っている愚か者などによってね。


 奴等は、マシディリを甘く見ているのさ。過小評価している。マシディリでは無理だと考えているから、裁判を起こしている。


 そう言った舐め腐った奴等の方が私は嫌いだよ。


 だから、気にするな。アスフォスなんてまだ可愛いモノさ。けじめをつけやすいしね」


「けじめか」


 神に誓えると言った以上、なのだろうか。

 苦悩の色はより深く見える。顔も上がらない。元気が無い。

 今のマルテレスを見て、アレッシアの英雄だと何人が信じるのであろうか。


「オプティマが訴えられることは無い。クーシフォスも無事だ。マシディリの働きでね。他の軍団高官の弁護にもウェラテヌス派が向かっているよ。


 対決は最小限に止めるつもりだ。辛いだろうが、出来れば黙って受け入れてくれ。それしか言えない。逆なでするかもしれないが、軍事作戦と同じだ。犠牲をどう最小限に抑えるか。それを考え、受け容れてくれ。


 メルカトル・オピーマは、もうマルテレスにとって害にしかならない。

 マルテレスが引退すれば話は違うが、それはそれで暴動を引き起こす。


 アスピデアウスの中にもウェラテヌスに近づきたいと思っている者もいるからね。サルトゥーラもアスピデアウスを割ることには消極的だ。それなら、政敵としてオピーマ派の一部を葬り、ある程度寄り添った方が良い。もちろん、この考え方はサルトゥーラがする考え方では無いけど、そう考える者もアスピデアウス派にいる。


 下手に動けば動くほど、マルテレスの周囲が危険になるんだ。

 インテケルンが狙われたのもそう。そこに、インテケルンの立場を妬むオピーマ派も関わっているからこうなっている」


 その妬む者達も利用しているのが、スィーパスだ。

 そこまで告げるべきか。迷っている間に、マルテレスの口が開く。


「どうすれば良い?」


「最低でもメルカトルを完全に隠居に追い込め。私ならそうする。いや、仮に兄上が生きていたとすれば、私は誰よりも徹底的に兄上を追い込み、私が当主の座についてマシディリへの流れを作った。


 強制はしない。

 私は義兄達も悉く退けてきたからね。マルテレスとは身内の排除に対して思うところが違い過ぎるだろうさ。

 でも、敵対する身内はそれほど危険な存在だ。割り切りもしっかりと持った方が良い」


 トリアンフはメルアを狙ったこともあり殺した。

 プレシーモは政敵だ。クエヌレスを支配下に置き、遠征するエスピラにも害が及び始めたため排除している。


 フィルフィアはイフェメラを止められなかったと言う私怨が無かったと言えば嘘になる。ティミドは口が災いになるため高官には就けなくした。二人と同母姉であるフィアバはついでに封じ込めたに近い。


「クーシフォスを思うなら、アスフォスもティミドのようにするべきだとは思うけどね」


 小さく告げ、これは家門への干渉になるな、と自棄気味に笑った。

 マルテレスの顔は下がるだけ。

 

 エスピラは、もう一度マルテレスへ向けて一歩踏み込んだ。


「マシディリが、私の帰国に合わせて晩餐会を開くつもりだそうだ」


 マルテレスの腕を揺らす。

 マルテレスの顔が少しだけ上がった。エスピラは、その視線の先に自身の顔をねじ込む。


「サジェッツァも来る。アレッシアの有力者だけを呼ぶ晩餐会にするそうだ。

 お前が出席すればマシディリの面子も立つ。マシディリを繋ぎとして三派の協調が取られる可能性を示すためだろうが、そこでサジェッツァとも話せば良い。


 良いな。

 絶対来いよ。


 これでアスフォスが大人しく成れば、大成功だ。ならずともメルカトルが静かになれば良い。ならないのなら、どうしようもない。一緒に沈むかどうかだ。


 私は止めないよ。

 だが、出来れば共に来て欲しい。


 マルテレスが私やサジェッツァと協調してく用意があるとしっかりと知れ渡れば、少数派になるのはメルカトルやアスフォスだ。影響力が下がれば処分も軽くなる。


 どこまでを受け入れるのか。それを考えて、動いてくれ」


 手を離し、距離も離す。


 果たして、どこまで理解してくれるのか。

 それは分からないが、エスピラに出来ることはマシディリに二人分の出席を告げることだけであった。


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