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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十一章
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魔女と剣 Ⅱ

「気にするな、マルテレス」

「否定はできねえよ」

 右目を含む半分を隠すようにマルテレスが顔に手を当てた。


 アレッシアの権力者を挙げろと言われれば、サジェッツァ、エスピラ、マルテレスの三人が出てくる。その内二人は建国五門の当主であり、ほぼ単独で頭になったこともある人物だ。


 当然、良く思わない者もいる。

 その者らにとって、貴族でも無く平民の中の名門でも無い上に二人と違い理想に明確に邁進して改革を勧めようとはせず、エリポス文化を尊重するマルテレスはまばゆい存在だろう。


 そんな、身勝手な者達も集まりオピーマ派は雑多でありながら巨大になっている。


 マルテレスで無くともまとめ上げるのは厳しいのだ。その上、纏め役であったヘステイラは追放、インテケルンも影響力を低下させている上に未だ裁判中。そんな状態にも関わらずマルテレスの血縁者が他の家門に喧嘩を売っているのだ。


 自覚できないはずが無い。


「インテケルンの裁判には手を回してある。一年ほどの追放で戻ってこられるよ。死罪は無い。安心してくれ」


「追放」

 マルテレスが呟いた。

 手も下りて行っている。


「追放されて、ヘステイラは」

「流行り病でしてよ」


 ズィミナソフィアが再び入ってきた。

 マルテレスの表情に烈火が宿る。


「緑のオーラ使いが傍にいれば……!」

「さあ。半島でもどうだったのでしょうか。だって、一番優秀な緑のオーラ使いが居ても、お母様は助からなかったわ」


 ズィミナソフィアの視線はエスピラにはやってこない。


「ヘステイラがどうなっていたかは分からないはずだ。エスピラなら分かるだろ。今ならまだ間に合うんだ」


「お母様とヘステイラを同列に語ることがおこがましいとは思いませんこと?


 恩を忘れ情けをかけてくれた者達に喧嘩を売る子に、そんな兄からあわよくば立場を奪い去りたいと考えている弟。それに対し、お母様の子供達はいずれはアレッシアを引っ張る者としての自覚があり、良くまとまっているではありませんか。


 第一、マルテレス様自身がアレッシアの法を犯しているようなモノ。愛のためと言うのなら、愛故に厳しく出ておく必要もあったのではなくて? 


 例えば、アスフォスがお父様の計略を無駄にしかけた最初の内に」

「喧嘩をするために残っているのか?」


 陛下、としてでは無く、娘として。

 エスピラは、ソフィア、とは呼ばずともつけていてもおかしくない声音で告げた。ズィミナソフィアは再び口元を隠し、今度は肩を揺らして笑みを表現している。


「お父様の邪魔をしているのはどなたかという話です」


 エスピラは盛大にため息を吐いた。

 ズィミナソフィアの雰囲気に変わりは無い。マルテレスは口を真一文字に閉じている。睨みつけてはいないのは、抑制か、自罰か。


「インテケルンは追放から戻ってきた時に重要な役職に就ければ良い。必要な証だからな。インテケルンへの強力な援助になる。オピーマ内部もある程度の落ち着きを取り戻すはずだ。


 尤も、その間にオピーマが弱っているのなら、インテケルンを必要としているのなら、だけどね。そうでは無いのなら、効果は薄いよ。


 それから、完全にインテケルンが力を握りすぎるのも良くはない。他の者の育成と経験を積ませておいた方が良い。一年では足りないが、ある程度交換させながら権力を分散させ、育てるのはどうかな。その者達を使ってインテケルンの抑制にもつながるしね」


 言うたびに、自分は運が良かった、とエスピラは思わざるを得ない。


 グライオはベロルスが罪を犯した。そのためか、あまり昇りたがらないのである。

 アルモニアは軍事の才能が無いとすら言われる水準。本人もその自覚がある。


 トリンクイタは微妙にウェラテヌスとの距離がある上に取り込まれたいとも思っていない。

 シニストラ、ソルプレーサと言った腹心二人もエスピラがいてこそと言う思考があるのだ。


 取って代わる者も派閥を実効支配しようとする者もいない。

 居たとしても、上が完全に塞がっている。


 さらには、後継者は戦功著しい上にアスピデアウスとは婚姻で、オピーマとは師弟で繋がっているマシディリだ。


 嫌われるような傲慢さも無く、能力に目立った欠点も無い。嫉妬によって行動や他人の評価を変えるようなことも聞かないのだ。べルティーナ関連を除けば、であるが。


「エスピラ」


 思考するに十分な時間の後、マルテレスが今日一番の神妙な声を挙げた。

 エスピラも肩の力を抜きつつも顎を引いて、姿勢でマルテレスに応える。


「フィチリタと、婚姻を結ばせてくれ」


 フィチリタは、今年十八になる。立派な適齢期だ。今のウェラテヌスは名門に相応しい力を持っているのもあり、もう決めるべきだとは分かっている。


 それでも決めていないのは、メルアの遺言に甘えてでもあった。


「フィチリタと」

 小さく、呟き返す。


 マルテレスの瞳が強くなった。体もやや前傾。

 可能性を見出したから、だとは、エスピラも理解している。同時に、親友だから、では済まなくなった両家門の関係についてどう思っているのか、とも思ってしまった。


 尤も、その可能性に触れずに来たエスピラ自身の罪かもしれない。


「当主としては、必要だと理解しているよ」

「じゃあ」


 顔を輝かせたマルテレスに、右手のひらを向ける。顔は向けない。唇を一度巻き込み、ごり、と口内で音がたった。唇に鈍い痛みが走る。痛みはのったりと退き、合わせて目を横に逸らした。


「だが、父親としては、出来ない。今のオピーマに嫁がせることできない」


 大きく息を吐きだした。

 熱い空気が鬱陶しい。言っても詮無きことだが、もう少し乾いた風が吹いてくれればと願ってしまう。


「私は駄目な父親だからな。サジェッツァとは違う。サジェッツァは、本家筋の者がアスピデアウスを嫌っていると知っていてもべルティーナを嫁がせると言う決断力があった。私には、無い。フィチリタを、嫌われている場所に送り出すことなんてできないよ」


 関係改善も本来の婚姻の用途だ。

 アレッシア人にとって必要な政治である。


 それを放棄することは、即ち、本人の資質を疑っているととられても文句は言えない行為なのだ。


「オピーマが嫌いか?」

「そうじゃない」


「相手は、プノパリアにしようと思っている。エスピラも、マシディリも高く評価してくれた子だ。性格も悪くない。親である俺が言うのもなんだが、フィチリタをしっかりと守れる男だ」

「そうじゃない」


「じゃあ、ソリエンスはどうだ。ソリエンスも、評価は高いだろ。それにアグニッシモとも仲が良い」

「ソリエンスは次期当主か?」


「いや、違うが」

「なら、婚姻の意味が無い」


 此処だけは、はっきりと。


「私にはウェラテヌスを守る責務がある。馬鹿馬鹿しいと思う者もいるかもしれないが、格もその内の一つだ。


 ソリエンスの実力は私も認めているとも。これから活躍するとも思っている。ただ、これから、だ。アレッシアの男はしっかりと活躍し、その功で以て婚姻を為している。


 オピーマ本家からの扱いも軽いソリエンスを入れることは出来ない。ソリエンスが有望株であっても、ね。そこは、ウェラテヌスの弱みだよ」


 例えばアスピデアウスであれば傍流がたくさんいる。

 その内のどこかから娘を持ってきて、結婚させることで有望株を早々に取り込むこともできるのだ。

 しかし、ウェラテヌスではできない。


「プノパリアは、格が足りているんだな」


 一音一音、はっきりと。

 顎を引いたマルテレスが、瞬き少なく言ってきた。


「ああ」

 エスピラも、しっかりと答える。


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