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不穏が来たる

「良く来たグライオ!」


 グライオ以下兵士五名の到着の報を聞くと、エスピラはわざわざ天幕から出て一団を迎え入れた。歓迎の言葉で出迎えただけではない。サジェッツァの息子であるパラティゾとエスピラの義弟であるジュラメントが居る前でグライオに熱い抱擁をプレゼントしたのだ。


 だが、同時に紹介されたベロルスの二人には簡単に「よろしく頼む」と言うだけ。百人隊長候補にもなり得るベロルスの被庇護者には握手を交わして二、三言情報交換をしたのをとっても扱いは下だ。


 要するに、グライオの実力は買っている、個人的には認めているが、妻に手を出した者がいるベロルス一門は許していない。そう言う意思表示にとられる行動をしたのである。


 同時に、ベロルスのように一門としては敵視していたとしても個人の評価にはあまり関係ないようにも見えるようにした。これは兵の心を掴むことはもちろんだが、一番は厭戦気分を少しでも晴らすためである。やる気が無い中でも働いてもらうためである。


「グライオ。君にはこの軍がどう見えている?」


 エスピラはグライオ以外の新たに来た者を下がらせると、街壁に登りながらそう聞いた。


 街の中ではグライオらが持ってきた物資と奴隷が慌ただしく移動させられており、一定の賑わいを保っている。


 壁を挟んでの外では不気味な静けさと季節にしては早すぎる裸の畑があちこちに見えた。人の気配はほとんど無く、遠くにぽつぽつとアレッシア軍が築いた強固な陣地が散見している。


「悪い意味で大人な軍団かと思います」


 シニストラが居ればグライオに噛みつくように質問したと思われるのだが、彼は今壁外にある陣地の一つで指揮を執っている。サジェッツァの息子であるパラティゾもエスピラの義弟のジュラメントも割り込んではいけないと思っているのか、口を開く気配は無い。


「それは、理性を優先しすぎて感情を置いてきている、と言うことか?」


 エスピラは声音に注意しながらグライオに聞いた。


「畏れながら。千六百にも及ぶ重装歩兵と四百もの騎兵をエスピラ様の考えに則らせたのは尋常ならざる手腕かと思います。ウェラテヌスの歴々の御当主に並んでも遜色のない実力。我が一門の行いをただただ恥じるのみ。しかしながら、アレッシアの一番の強みを消しているようにも映ってしまっております」


「ジュラメント。アレッシアの一番の強みが何かわかるか?」

「はっ」


 返事は強烈。

 されど、回答は訪れず。


 ややの沈黙の後、

「兵の数と正面突破の力強さでしょうか」

 と返事が来た。


「それを支えるのは何だ?」


「えっ、と。規格化された軍隊と積み上げられた行軍訓練ですか?」

「技術で言えばそれだが、それだけなら優秀な指導者が居ればどこの集団でも作り上げられる。アレッシアが優れている所は、一兵に至るまで英雄を夢見て、父祖に恥じぬようにと闘志を燃やしている所だ。同程度の実力でぶつかった時に最後に物を言う根性が強い点だ。

 少なくとも、私はそう考えているが。グライオ。意見は一致したか?」


 かちゃり、と小さくわざと鳴らしたような金属音がした。


「はい」


(と、なると)


 堕落か、ともエスピラは自分に任された軍勢を見て思った。


 勝つためにどうするか。それを徹底させている。だが、戦うなと言うことは闘気を逃がしているともとれるのか。


「娼館の割引などもそうなるか」


 こめかみを抑えながら、エスピラは呟いた。


「ですが、父上も軍団内の風紀の乱れを気にしております。安く素早く各陣地に提供できなければ、軍団内の色恋だけにとどまらず、最悪我慢を強いている住民まで襲いかねません」


 素早くパラティゾが反応する。


 つまるところ、軍団は男の集団だ。命を懸ける場ではあるが、長い月日を過ごしていれば当然性欲も溜まる。そこを見越して娼婦たちがついてくることもあるが、商売は商売だ。金もかかる。敵も利用しているかも知れない。

 軍団内に恋人が居る者なら良いが、セクハラによる訴えも陣地によっては多くなっているのだ。


 幸いなことに街に派遣されているエスピラの監督している隊は問題ないが、シニストラが軍法に照らし合わせて一人を叩き切ったとも聞いている。


(パラティゾを私に寄越したのはこのためか)


 自分は本隊を引き連れて山にこもるため。信用できる者に預けてさらに襲われにくい場所に息子を配置する目的で。あるいは変な男に手込めにされないように。


 グライオが口を開く気配がした。


「最後にモノを言うのは精神ですが、精神だけでは勝てません。何か一つしか鍛えられないのなら力を鍛えるのが一番だとも思っております。その次に技術。最後に心。エスピラ様の軍団は力も技術もアレッシア屈指のモノ。惑わせてしまいましたが、良かれと思ったことなら実行するべきかと。ベロルスはただ行動で示すのみですから」


 だから鉄の心は失わない、と言う風に続くのだろうとエスピラは思った。

 同時に、風紀が乱れていては戦う以前の問題だなとも自分を説得する。


「交渉は続けよう。幸いなことにマフソレイオのイェステス王から私宛に資金援助が来たからな。組織だった娼館に各陣地を巡らせよう」


「かしこまりました」

 とジュラメントが返事をした。


 この義弟は悪くは無い。が、エスピラはちらりとグライオを見た。


 そして思い直す。

 喫緊の課題でも無くしばらく籠ることになるのなら、経験を積ませる方が先である、と。


「君から見てアレッシアの様子はどうだった?」


 グライオに視線の意図を知られても問題は無く、義弟が意図を見抜いたのなら評価を上方修正するだけ。


「こちらは悪い意味で子供と言えるかと。栄光あるアレッシア軍団が四個軍団四万も居て負けるはずが無い。なぜ突撃しない。会戦しない。その一点張りです」

「ウェラテヌスの人気は?」


 グライオの言葉が終わってすぐにジュラメントが発した。


 グライオはジュラメントを見た後、エスピラが自身を見ていることに気が付いていながら視線を下げた。口を堅く閉じて、やや下を見ている。


「何も君が申し訳なく思う必要は無い。必然だ」


 エスピラはそう告げた。

 誰に対して言うべきか、と言えば言い難い思いをしたグライオと自分の父の策に乗った所為でと思いかねないパラティゾに対してである。


「しかし、処女神の神殿は未だにエスピラ様の味方。アスピデアウスも一丸となってサジェッツァ様を応援しており、タルキウスも静観を決め込んでいる様子。当主がカルド島に居るニベヌレスに批判はできるはずも無く、ナレティクスの主軸も現在こちらに。加えて、マフソレイオはアレッシアの、と言うよりもエスピラ様の強力な朋友に見えます」


 グライオにしては珍しく早口だなとエスピラは思った。

 同じ感想を他の二人と共有できたかは分からない。


「私の実績以上に上がった人気だ。それに、人気に引っ張られて冷静な判断ができなくなる方がアレッシアのためにならない」


「エスピラ様の覚悟は立派だと思いますが、マシディリ様を想えばもっと賢い振る舞いをするべきだったのでは無いでしょうか。ただでさえエスピラ様はいつも体を隠しておられるのです。そのような者が否定した事実を、幾人が信じると思っているのですか?」


 ジュラメントが言った。

 前半は勢いが良かったが、後半はほとんど消えかけた、勢いの完全に死んだ調子である。


 グライオは積み上げられた鉄のごとく静かであり、パラティゾはゆっくりと目を動かして周囲を見ている。


「マシディリのためにもウェラテヌスに地力のある状態を作り上げなくてはならないのだ。人気は確かに大事だが、人気取りに奔走しては地力があるとは言えないだろ?」


 ジュラメントの目が写さないまでもグライオの方へ動き、眉を寄せてうつむいた。目は昏く、睨んでいるようであり、口は言葉をかみ殺しているようである。言いたいことは尤もか。


 訝し気にジュラメントを見ていたグライオも、一拍開いて目だけが横に逃げていく。

 エスピラは大きなため息を吐きだすと深く大きく瞼を閉じた。


「下がれジュラメント。気分が悪い」

「でも」

「黙れ。私のマシディリが、私以外の子に見えると?」

「客観的な話を述べただけで」

「申し訳ないが私はできた人間ではない」


 二度言葉を遮ると、エスピラは再度肺の中を空にした。

 ジュラメントが跳ねるように体を強張らせたらしいのが視界の隅で確認できる。


「くだらない噂が刃となってマシディリを傷つけることを案じているのは良く分かる。私も愛しい我が子を守りたいとも思っているとも。そのためにウェラテヌスの人気が必要だとしても、名声が必要だとしても。私は、それを人気取りで得ようとは思わない。

 人気が続くのは偏に功績を挙げるからだ。功績があって初めて人気は恒久的なモノになる。少なくとも、ウェラテヌスはそうやって今の地位を得た。

 決して、ナレティクスのように酒池肉林を開いて媚びへつらうように誇りを投げ捨てたいとは思わない。私はウェラテヌスだ。誇り高き一門だ。アレッシアのためになるならば不名誉なことも厭わないが、くだらない人気取りはアレッシアのためになぞなりはしない」


 そしてカリヨも、ウェラテヌスであることを誇りにしている。

 ジュラメントの妻でエスピラの妹であるカリヨ・ウェラテヌス・ティベリはエスピラ以上にウェラテヌスを大事にしていると言っても過言では無いのだ。


「今日、この場限りで全てを流す。その代わり、微塵でもマシディリの父親に対して疑心を抱いているならば去るが良い。以後、何も咎めはしない」


 エスピラは言い切ると、大股で外壁の上を歩いて三人を置いて歩いて行った。


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