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実像は

「そうか」


 ハフモニ語で言った後、エスピラは血まみれの捕虜の首を落とした。


 足の爪も手の爪も失い、顔もはれ上がって耳も一つ欠損した男にとっては救いだったのか、それとも口を割った状態でも生きていきたかったのか。


 それは分からないが、軍団長補佐筆頭としての立場からは手当てに使う薬も白いオーラ使いに敵を回復させると言う精神的な負荷も食糧の消費も避けたかったのである。


「細かい所で証言が一致しませんね」


 パラティゾが自身の手に着いた血を拭いながら言った。

 風貌に関して、と言う言葉が隠れているのだろうと思い、エスピラは口を開く。


「暗殺を警戒しているのだろう。あるいは分かりやすい特徴を複数人に共有できるほどの軍資金が無いか、だな」


 肖像画があれば別だが、自国民ですら自国の上層部の顔が分からないのである。

 エスピラのように左手に革手袋、ペリースで左半身を隠している、などと言った分かりやすい特徴が無い限りは特定するのは難しいのだ。


 無論、使節で出会った者たちは居るが、彼らも同時に顔は覚えられている。使節団が出会えたのが本人だと言う保証もない。


「ピエタの人々に制限付きで財を持たせて逃がしたのです。軍資金の余裕は意外とあるのではないでしょうか」


 ハフモニ軍は既にピエタを落とした。

 ピエタの住人の多くは外へ出され、建物は現在ハフモニ軍に利用されている。


「マールバラは本当に僅かな財しか持ち出しを許していない。それに、マールバラはアレッシアの同盟諸都市の捕虜に対しても『敵はアレッシアだ。他の者は味方である。共にアレッシアの悪辣なる支配から逃れようでは無いか』と言って解放しているらしいからな。

 皆殺しや奴隷にするわけにはいかなかったんだろう。とは言え、養うには食糧が足りない。だから印象を悪くしないようにと考えて財を持ったままの逃走を許可した。

 まあ、少なすぎるわ結局故郷を追われる形になるわで恨まれてはいるのだけどな」


 ハフモニへの恨みを育て、アレッシアの国力に変えるのは戦いが得意では無いが高官に居る者の仕事だ。エスピラは保護はすれどもそういった者たちにピエタの民を預けている。


「軍資金が無いから与える財を少なくした。その結果がこの行いであると言うことでしょうか。

 しかしながら、更なる報酬を約束し、恩義を与えつつこちらに疑われない微妙な量を見極めて送り込んできた可能性はありませんか? マールバラは、父上曰くこちらの執政官候補者の性格を知っているとのこと。当然、父上の性格も把握し、まずは自身の情報を集めることを理解したうえでそれを逆手に取っているのではないでしょうか」


 確実にアレッシア軍内に入れる刺客として。

 それも、政治的なバランスを取るために能力は劣るが発言力の高い者に任せられやすいと読んで。


「そもそもが独裁官を任命する事態だと言うのに副官が父上の意思で決められないのがおかしいのです。マールバラは既に手回しをしているとは考えられないでしょうか。

 纏められないと思っていた北方諸部族を纏めた相手なのです。それぐらいのことができても不思議ではないと愚考致しますが」


 尤もだ。

 マールバラは、会戦になるとまるで手足のごとく軍団を操る。それは、北方諸部族を加えている今も変わらない。


 タイリーやペッレグリーノと戦った時は定義としての全滅だった。だが、その後は文字通り、全員死亡すると言う意味での全滅をアレッシアは味わってもいるのだ。


 指揮官が居なくなった途端に弱くなるのは当たり前。同じ陣形、同じ作戦を指揮官になり得る人の全員が幾つか頭に入れているからアレッシアが強いと言うこともある。だから指揮系統を失っててんでんばらばらに走り出したら体格に勝る北方諸部族に食いつくされるのは当然のことだ。


 だが、それでも。


 地の利があるはずのアレッシア軍が何度も全滅を味わうのは明らかにおかしい。


(怪物だよ。相手は)


 ふー、とエスピラは息を吐いた。



「まず、既にこちらに手を伸ばしている説だが、有り得る話だとは私も思う。


 マールバラ・グラムは異常だ。


 勝敗は時の運とは言え、これほどまでにアレッシアを短期間で負かし続けるのは容易いことでは無い。北方諸部族を纏めるのだって、タイリー様も不可能だと思ったからわざわざ北方諸部族の居る地域を通らせたのだ。こちらの想定を超えていると見て良いだろう。

 だが、軍資金に関しては潤沢では無い。これは、行軍を見ていれば推測が立つ。

『敵はアレッシア。共に手を取ろう』と言っているのに、アレッシアの同盟諸都市の支配域で略奪を繰り返しているからな。酒を喰らい、小麦を刈り、家を奪って風雨を凌ぎ女を犯す。やりたい放題そのものだ。北方諸部族を纏められた者が、こんなことをしていれば味方に付く都市もつかなくなると想像できないとは考えにくい。


 恐らく、これは与えられる褒美が少ないから黙認している、自由にさせていると言う証だろう。ただでさえアレッシアの支配領域に対して略奪を繰り返し長く敵対している北方諸部族を連れているのだ。寛容性を示した方が攻略も捗ると言うモノだとは思わないか?」



 もちろん、パラティゾの言い分も完全に否定できるものでは無いがな、とエスピラは結んだ。


 兵の空気の変化を感じ、エスピラは一度顔をそちらに向ける。


「とりあえず、攻城兵器を持ち合わせていないのは事実らしいな。腕の良い鍛冶師にファルカタを作らせているのも連れて来た鍛冶師が逃げたか死んだか。山越えとこれまでの戦いも無意味では無かったと言うことだ」


 エスピラが姿勢を整えれば、パラティゾがエスピラの右斜め後ろに移動した。


 その体勢で、頭は下げずに二人はサジェッツァを迎える。後ろにはアルモニア・インフィアネとイフェメラやジュラメントと同じくらいの歳の青年が護衛代わりについてきていた。


 先にアルモニアと青年がエスピラに頭を下げる。それから、エスピラはサジェッツァに頭を下げた。


「どうだ?」

「優秀な息子だね。是非ともマシディリとも仲良くしてほしいよ。私とサジェッツァのようにね」


 エスピラはおどけて肩をすくめた。


「そちらでは無い」

 と、生真面目にサジェッツァが言う。


「北方諸部族は北方諸部族だ。マールバラの直接の指揮下に無い場合の脅威が上がっている訳じゃない。ハフモニの他の者に関しても、どうやら全員がマールバラ級のわけでは無いようだ。多分、あれだけが異常。だがそれを理解しているからか軍団は纏まっている」


「不和は?」

「あるだろうけど、捕まえた奴らに尋問しても意味が無いよ。勇敢な者は死に、捕まるのは一兵卒。徴発部隊もその兵の多くを北方諸部族で形成しているらしいからな」


 サジェッツァと副官のグエッラ・ルフスのように、とまでは行かなくとも何かしらの不和はあるとエスピラもサジェッツァも踏んでいる。


 何せ五万の大軍なのだ。上層部だけでも相当な人数になる。個性も強くなる。ひとまとまりになっている方がおかしい。


「どれくらい喋る?」

「痛めつければどれだけでも。でも、中途半端な痛みでは駄目だ。生かしたままやこちらの味方につけるなら、数を減らさないと尋問は出来ないよ」


 ハフモニ語を話せる者は少ない。プラントゥムの言語になると最早ほとんどいないのだ。

 どちらもとなると、兵数だけで四万、諸々こめれば五万は超える集団の中でもエスピラだけだろう。


 そのエスピラだけで、出撃の度に二人や三人と増える者たちを尋問していくのは無理がある。


「ああ、一人に溶かした鉄を飲ませれば他の者はしゃべるようにはなったけど、それでも口を割らない者も居たさ」


 そう何度も取りたくないけどね、とエスピラは顔を顰めた。


「グエッラがついに自分の手で徴発部隊を叩きに行った」


 サジェッツァが淡々と言う。

 要するに、さらに尋問相手が増えると言うのだろう。


「次はどんなマールバラ像が飛び出るのか、楽しみだな」

「一人なのか?」


 変装ではなく、複数人で一人の『マールバラ・グラム』を形成しているのではないか、と言うことだろう。


「最初はひげや髪の形も良く変えていたそうだが、今では常に顔が見えるようになっているらしい。だから、遠目からならほとんどの者がマールバラを見たことがある。明らかに代わっていたら誰かぐらいは分かるだろうさ」

「できるか?」


 サジェッツァが目だけをエスピラの短剣に動かした。

 不名誉な手段あんさつも厭わないと言うことだろう。


「マールバラの顔を聞けば、黒髪黒目、少し浅黒い肌、目の下の黒い線が鼻の丘陵から耳まで伸びている。あと、整った顔をしているが女馴れをしていなさそうって言う話しか一致した部分は出てこないさ。後半なんて完全に個人の主観。対象が多すぎるのは否めないよ。髪型、ひげの長さ、服装、肌に入れる紋様。何もかも発言が一致しないしね」


 黒髪黒目、少し浅黒い肌なんてハフモニに行けば幾らでも居る。


「そうか」


 サジェッツァの声をかき消すように、馬が駆け込んできた。


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