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エスピラ・ウェラテヌス弾劾裁判

 アレッシアの裁判はコネで有力者をどれだけ引っ張れるかで決まる。相手の罪をなじり打ち負かす。証拠も必要だが弁論で多くが決まると言っても差し支えない。


 だからこそ、ジュラメントはエスピラに勝利のお祝いを持ってきたのである。カルド島の実績にミーハーな者が増え、タイリーと言う大黒柱を失ったセルクラウスよりもと言う者が増えたのである。


 加えて、今しがた「触れるな。神罰に処された者だ。うつされるぞ」と神官が叫び、多くの者が様々なことを喚き「良いから早く運び出せ」と裁判を任された者が叫ぶ混乱の中でもまだ闘志を失ってはいないように見えるトリアンフはすごいと言えるだろう。


(実の子が亡くなることへの怒りかも知れないが)


 エスピラはゆっくりとオーラ漬けにしたトリアンフの長男に意識をやりながら運び出す一団を見送った。


 エスピラが神官だった時にハフモニからの狼藉者が神殿で苦しんだ様子を見た者の一人は常駐神官である。彼もトリアンフがやや乱暴にタイリーの遺言を発表したことを裁判で証言するために来ていたのだ。他にも、当時守り手で様子を見ていた者も傍聴している。


 同じ症状で苦しむ者が居れば『神罰だ』と叫ぶのも当然のことではあった。


(随分と神に失礼なことをしてしまったな)


 一応、神殿に寄進したり有利に働くようには動いたりするつもりではあるが、エスピラとて神への不敬は気がかりではある。

 もう一つの気がかりは、これで自分も少しばかり最高神祇官に持ち上げられる可能性が出てきたこと。年齢も足りていないため、基本的にはあり得ないが話が暴走する可能性はある。その場合、非常に厄介なことになるのだ。何よりも今は、一部の身勝手な盛り上がりに過ぎないのだ。


 だから、さっさと裁判を終結させ、最高神祇官候補の人たちを調べ上げて誰が良いかを考えなくてはならない。


「無駄にやることが増えた」


 思わずエスピラの口から小言が漏れた。


「大変だな」


 裁判の雰囲気を経験させるためと言って引っ張ってきたマルテレスが自分は関係ないと言わんばかりに呟く。彼が連れて来た者の一部は傍聴席で熱狂的に囃し立てていた。


 エスピラの向かい側では、コルドーニが兄トリアンフの肩に手を置いて、何か短く言っている。口の動き的に『兄上』だろう。なだめている、引くように訴えている、と言うのが自然な解釈か。


 しかし、落ち着くように言っている弟とは反対に、トリアンフは乱暴に手を払って立ち上がった。


「今のが神罰だと言う保証がどこにある!」

「わた」

「無いけど」


 処女神の神殿の常駐神官が傍聴席から何かを言う前にマルテレスが良く通る声で切って捨てた。

 エスピラ側の人間のはずであるマルテレスから発せられた否定の言葉に、自然と注目が集まる。


「でもエスピラが神に愛されているって言うのは神官やっていた時もだし、カルド島をアレッシア兵五千で守り切ったことからも明らかだと思いますよ。実績だけ上げれば過去の一門に近かったウェラテヌスを有力者も無視できない一門に戻していますし」


 注意を集めてからの手法を意識してやっていないのだとしたらとんだ傑物だな、とエスピラは友人を見ながら思った。


 その友人は、「エスピラの努力を運だけで片付けるのは申し訳ないけどな」と続けている。


「神から好かれているのは私も保証いたします」

 と言って、常駐神官が今度は消されまいと傍聴席から出てきて演説を引き継いだ。


「あれであってた?」

 とマルテレス。


「問題ないさ。好きなように言うと良い。何事も経験だからな」


 エスピラは唇をほぼ動かさずに返した。


「貴族も大変だな」


 マルテレスが冗談めかして言って、椅子にどっかりと座りこむ。


 目の前では常駐神官が気持ちよく語っていて、トリアンフの顔がどんどん険しくなっていた。傍聴席の横に腕を組んで立っているサジェッツァは相変わらず能面で、最前列のイフェメラは「そうだそうだ」と常駐神官に同調している。シニストラは声を上げないものの頷いていた。グライオは厳しい視線をトリアンフに注いでいる。


 最前列中央に座っているタヴォラドは感情の排した目を常駐神官に向けていた。


(とんだ怪物だ)


 セルクラウスを継いで、暇なわけが無い。それでも来ているのは、彼が裏でトリアンフの周囲を抱え込んだからか。そうして、誤った情報で躍らせたのか。


「恩知らずが神の寵愛を受けられるわけが無い!」


 トリアンフが吼えた。

 老体の常駐神官を遮って、トリアンフが中央に躍り出る。



「父上はエスピラを高くかっていた。それは認めるところだ。だが、今のエスピラの所業は目を掛けてきたセルクラウスから力を奪い取るものではないか。父上の死を利用してセルクラウスが恩を掛けてきた者たちを引き抜くとはそう言うことだ。これは、明らかに恩を仇で返している。鎧を作るのに材料が必要だからと金を払ってきたのに、少し失敗したからと言って鎧を渡さないようなものだ。欲しければもっと払えと言っているようなものではないか!


 エスピラの応援演説をしていた者たちもそうだ。


 何かを返してもらったか? 見返りはあったか?


 無いでは無いか! こちらだってきちんと調べたとも。だが、アイツは何も返していない。恩知らずそのものだ! 違うか?」



 まあ、返してはいないな、とエスピラは思った。


 そもそも返す気も無い。勝手にやっているのだから、見返りがあるものだと思わないで欲しい。


「おっしゃっていることはご尤も。見返りの約束もしていなければ今のウェラテヌスで何かお出しできることもありません」


 エスピラは座ったまま意図的にゆっくりと切り出した。


「しかしながら、タイリー様は私の祖父であるフォマラウト様に恩義を感じておりました。フォマラウト様のおかげで出世できた、フォマラウト様に取り立ててもらった、と。父上にも同様に恩を感じていたからこそ、その恩返しとして私に目をかけてくれていたとも聞いております。

 私はタイリー様から恩を受け、さらには闘技場なども継承させていただきました。その上被庇護者や奴隷を集めることは確かにセルクラウスの弱体化に繋がっているかもしれません。

 されど、前者はタイリー様の御遺志。後者は歴史を振り返っても当主たるタヴォラド様の言葉を借りても間違った行いではありません。


 そもそも、恩知らずだと言うのなら恩を恩で返していたウェラテヌスとセルクラウスの仲を引き裂こうとしているトリアンフ様の方なのでは?」


「何を! エスピラがこのような真似をしなければこっちだってこんな裁判を起こさなかった! 起こすはずが無かった!」


「何も話し合うことなく裁判ですか。ウェラテヌスの恩を知らないトリアンフ様らしい行いかと」

「貴様!」


 詰め寄るように動き出したトリアンフだったが、二歩進んだところで足を止めた。


 大きく息を吸って、吐き出して。


 それから憎悪の瞳を維持したまま口を開く。


「被庇護者を得たとして、彼らに配る金はどうする。維持する費用はどうする? 土地は受け継いでいないはずだ。冷静に考えれば、説得してセルクラウスに返すべきでは無かったのか? 返さないまでも、セルクラウスに属したままで、セルクラウスに維持してもらいつつウェラテヌスが戦いに出るときに協力してもらうなどと言った形にするべきではなかったのか」


「ウェラテヌスを是が非でもセルクラウスの下にしたいと?」

「論点をすり替えるな!」


 あまりの大声に、エスピラは思わず片目を閉じた。


「お前が、お前がウェラテヌスに返せるモノはないと言ったのだろう!」


 耳もじんじんしているような気すらする。


「被庇護者にとって何が良いのか、本気で考えているのか? 本気で考えているのなら、そう言う決断にはならなかったはずだ!」


 エスピラは言葉を返しかけて、それが挑発にしかならないと気が付いた。


 ただ、何も返さないのも不味いので悠然と水に手を伸ばす。


「若いから理想で突き進むのかも知れないが、実際にどのように運営していくのか、どのように養っていくのは重要なことだ! それを理解していない者に被庇護者がついても不幸になるだけ。そうだろう!」


 エスピラは左手を開いてトリアンフに見せた。

 それを、ゆっくりと横にやる。トリアンフが反射的に一度口を閉じた。


「その発言はタイリー様をも侮辱する言葉だとご理解したうえで怒鳴った。そう、解釈してもよろしいですね」

「論点を替えるなと言っている!」


「替わっていませんよ。私はタイリー様に食糧や行軍経路、船の手配などの細かい所も任されました。五千の兵を養ってカルド島を守ることを仰せつかりました。これらの事柄は、元老院もまた私に任せてくださいました。このような役目を軍団をどのように養っていくべきかを知らない男に任せられるとお思いでしょうか? あるいは、タイリー様や元老院がそれすら知らない男に任せるほど目が腐っているとおっしゃるのでしょうか」


「話がすり替わっているでは無いか!」


 頭に血が上っている人間には何を言っても無駄である。


 これは、多数の言語を扱えることで付き合いの深さよりも数をこなしてきたエスピラに生まれた確信だ。


(待つか、変えるか)


 少し迷ってから、エスピラは喚くトリアンフを無視して右手を顔の横まで上げ、人差し指を二度動かした。新たな証人を呼ぶ合図である。


 それすらも目に入っていないのか騒ぎ続けているトリアンフをコルドーニが引っ張って戻した。冷え切っていない口は未だに動き続けているが、裁判長がエスピラの要求を呑む。


 一拍後、傍聴席の中央が割れた。


 ソルプレーサが、ティミドを連れてきたのである。


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