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【第一部】マグノリアの花の咲く頃に 第一部(第一章ー第三章)& 幕間

悪夢と添い寝と2

作者: 海堂 岬

エドガー(ローズの御守係)に頼られた、侍女頭サラ(頼れる女性)と、ローズ(背伸びしても子供)の一夜

本編第一章22、23頃です

 夜、遠慮がちに扉がノックされた。サラが扉をあけてやると、寝間着を着て枕を抱きかかえたローズがいた。


「いらっしゃいな、ローズ。待っていたわ」

笑顔になったローズが嬉しそうに部屋に入ってきた。


 用意してやったホットミルクを一緒に飲み、一緒に寝台に横になった。

「ローズ、怖い夢ってどんな夢かしら」

そっとローズを抱くようにしてやり、サラは声をかけた。

「馬車が帰ってくるの。でも、扉が開いても、誰も乗って無くて、空っぽなの」

そういうと、ローズはサラに身を寄せてきた。


 ある日突然、ローズはこの王太子宮にやってきた。アレキサンダーを相手に一人前の口をきき、疫病対策のため町を封鎖しろと上奏したと聞いている。孤児が、国政に口を出すなどありえない。だが、ローズは、何をどうやってかアレキサンダーの信頼を得た。


 突然、王太子宮で、お茶会として御前会議が開かれるようになったときには困惑した。高位貴族達をもてなすとなると、気遣いもある。その御前会議で、大人用の椅子に乗った小さなローズが一人前に議論に参加するのには驚いた。


 アレキサンダーは、イサカの町に関して全権を任されている。国内の問題を解決できれば、アレキサンダーの立太子に反対している貴族達を納得させることができるだろう。そのアレキサンダーは、よりによって子供のローズを参謀役にしている。宰相であるリヴァルー伯爵なり、義父であるアスティングス侯爵なり、頼るべき有力貴族がいるというのにだ。

  

 グレースもサラもあきれた。だが、特定の貴族に頼らない分、アレキサンダーは、貴族の勢力図を無視し、様々な貴族の協力を取り付けていった。


 協力を渋る貴族もいたのは事実だ。そんな貴族達を前に、ローズは笑顔でとんでもない発言をしたそうだ。

「皆さまそれぞれご事情がおありです。孤児院へは、お金はたくさんある人はたくさん寄付してくださいます。ちょっとの人はちょっと寄付してくださいます。寄付してくださるお気持ちが、大事です。そのお気持ちに感謝しましょうと、司祭様もシスター長様もおっしゃいました」


 子供のローズは、言葉通り、大切なのはお気持ちですと言いたかったのだろう。だが、その影響は大きかった。


 アレキサンダーは、よほど可笑しかったのだろう。わざわざグレースの部屋まできて、ローズの言葉を再現し、予定よりも潤沢な物資と資金が手に入ったと、腹を抱えて笑っていた。


 サラが知っているのは、そういう大人顔負けのローズだった。だが、まだ十二歳なのだ。大人として扱われる十六歳になるまで、まだ数年ある。


「大丈夫よ。ローズ。ロバートですもの。飄々と帰ってくるわ」

「でも、もうすぐ一か月たつわ」

「まだ、一か月よ。それに、移動も考えたら、まだまだ」

「三か月かからないようにするって約束したの」

「まだ半分も過ぎてないわ。それにね、ローズ、ロバートはあぁ見えても強いから、大丈夫よ」

「強いの?」


ローズが目を丸くしていた。ロバートは、人形遊びのようにローズを可愛がっていた。ローズの髪の毛を楽しそうに梳いていたロバートをみて、驚いたのはサラだけではない。


 そんなロバートしか知らないローズが、心配するのは無理もないとは思う。


サラはとっておきの話をしてやることにした。

「そう、ローズは知らないわね。ロバートはとっても強いのよ。ミリアとロイが結婚する前のことよ」


娘ミリアに、王太子宮の騎士見習いのロイが言い寄っていると気づいたとき、サラは反対した。危険な職務にある騎士を相手に結婚しても、サラ自身のように夫を失うのではと心配した。サラにとっての慰めは、息絶えようとする夫オスカーを最期まで抱きしめてやれたことだった。伯母のように、遠い戦地で亡くなったとだけ聞かされるより、よかったとは思う。


「ミリアのお父さん、私の夫オスカーも騎士なの。強かったのよ。でもね、グレース様がアレキサンダー様と御婚約される少し前に、死んでしまったの。ミリアがね、私みたいに夫を亡くしてしまったら可哀そうだから、私はミリアには、騎士と結婚してほしくなかったの。だからつい、ロイがミリアを好きみたいで困るって、ロバートに愚痴をいってしまったのね。そうしたらね、ロバートがね、ミリアのお父さんの代わりに、ロイに忠告してみましょうって言ったの。どうやってだと思う。びっくりするわよ」

「どうやって」


身を乗り出してきたローズに顔を寄せ、サラは、さも秘密だというように声を潜めた。


「夜中にね、騎士の宿舎に忍び込んで、見習いだったロイの部屋にいったそうよ。四人部屋だったのに、誰にも気づかれずに中に入ったの。それで、ロイの首筋に短剣を突き付けて、『中途半端な腕前のあなたが、一人前に女性に言い寄るとは、どういうおつもりでしょうか』って、いつもの口調でいったんですって」

「まぁ」

「びっくりでしょう。そのあとに、騎士団長の部屋に忍び込んで、『もう少し鍛えてもらわないと、簡単に侵入されるようでは困ります』って言ったそうよ。そんなはずはないって怒りだした騎士団長と、ロバートの2人で試合になったの」

「試合?」

「えぇ、いい試合をしていたのに、執務室で用事があるのに何をやっているってアレキサンダー様が呼びに来て、それでおしまい。だから、勝負はつかなかったらしいわ。もっともそれで、騎士団長も騎士達も訓練に熱心になって、腕前を上げたそうよ。ロイも強くなったわ。それで、改めて私にきちんとご挨拶に来てくれたの。お嬢さんと、結婚を前提にお会いしてもよろしいでしょうかって。まぁ、それで今や私もお祖母ちゃんよ」

「ミリアさんは、そのロイと結婚したの」

「えぇ、ミリアと結婚したかったから、強くなりましたって、ロイに言われたら、私も駄目とは言えなかったわ。私もね、夫に、若い頃そう言われて、結婚したもの」


あの日、ミリアとの結婚を申し込みにきたロイの言葉に、亡くなった夫が仕方ないなという声が聞こえたような気がした。

「素敵なお話」


ローズもまだ、恋物語に憧れるような女の子なのだ。

「まだ、続きがあるのよ」

サラは微笑んだ。ここからが、本当のとっておきなのだ。

「騎士団長もね、騎士達も、しょっちゅうロバートに試合を申し込むの。毎回、いい試合になるそうよ。でもね、絶対に毎回引き分けなの」

「どうして」

「アレキサンダー様が、仕事があるってロバートを呼びにいらっしゃるの」

「不思議」

「不思議でしょう。たまに他の人がくることもあるそうよ。でも、大抵アレキサンダー様がいらして、毎回途中でおしまい。決着はつかないの。だからね、誰もロバートがどれくらい強いか知らないの」


 ロバートは、生半可な腕前ではないだろうとサラは考えている。サラの夫は、アスティングス侯爵家の副騎士団長だった。夫を見ていたからわかる。相手にかかわらず常に“いい試合”に持ち込むのは簡単ではないはずだ。


「だから大丈夫よ」

「はい。でも、早く帰ってきてほしいの。心配だから」

「そうね」

「早く次の人と交代できるように、こちらで出来ることをして、頑張ってあげなきゃいけないの」

「そうね。ローズ、あなたは沢山頑張っているわ。だから、大丈夫よ。きっと、何事もなかったかのように帰ってくるわ。ローズを心配させた罰に、馬車の天井で、頭でも打てばいいのよ」


サラの言葉にくすくすとローズが笑った。

「ロバートはしょっちゅう、私のことを、小さいっていうの」

「子供のあなたが小さいのは当たり前なのにね。賢いのに、自分が背が高いのを忘れているのよ」


サラの言葉に、ローズがまた笑った。

「おやすみなさい。ローズ」

「おやすみなさい。サラさん。沢山お話ありがとうございました」

「楽しかったわ。私も、だからまた、明日もいらっしゃいな」

「明日もいいの」

「えぇ、来てくれたほうが嬉しいわ。ミリアも大人になってしまったし、孫は可愛いけれど、男の子で、母親のミリアにべったりで、私と寝てくれないの。だから、ローズが来てくれると嬉しいわ」

「はい。サラさん、大好き」

「ありがとう。ローズ」

抱き着いて来たローズをサラはそっと抱きしめた。


 とっておきの話はもう一つある。あの日、名も知らぬ少年に託した夫の愛剣は、今はロイの腰にある。ミリアとロイの結婚式の朝、ロイの部屋に剣が置いてあった。


 この剣の主オスカーの義理の息子へ

添えられたカードには、そう書かれてあった。あの日、「では、責任をもって預からせていただきます」と言った少年は、夫の形見を義理の息子のロイに届けてくれたのだ。いつか、ミリアに婿が出来たら、俺が鍛えてやるといっていた夫の剣だ。きっと、ミリアのためにロイを守ってくれるだろう。


 ミリアも母親になった。そろそろ、あの日のこと、父親の愛剣について、話してやってもいい頃かもしれない。


幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。

この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです


グレースの乳母、サラは、愛情あふれる優しい女性です。

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