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第8話

 木製の扉を抜けた向こうは、白塗りの壁に囲まれていた。材質はわからないが、わざわざ白い塗装がされている。広い空間には黒い木製のテーブルがあり、その奥にはベッドのようなものが数個設置されている。

 最も注意を引く黒いテーブルには3人の女性が座っていた。女3人寄れば姦しいというが、ここはまるでお通夜のように静まり返り、誰も喋ってはいない。

 ひとりは、水のような薄い青い色の髪をした女性に生気はなく、

 もうひとりは、薄く赤い髪の背の高い女性は腕を組んで俯いて、

 最後のひとりは、長い白髪の女性はテーブルに顎を乗せて、両腕をだらしなく垂らしていた。

 マナ人間だと思われる3人だが、それぞれに個性があるように見える。そんな3人の女性を無視して、老人は部屋を通り抜けようとしていた。


「待ってくれ、この3人について、何も説明はないのか? 彼女たちは改造マナ人間ってやつじゃないのか?」


 リクトの言葉に振り返った老人は先ほどとは打って変わって、面倒くさそうに顔をしかめていた。


「そんなもの必要ないじゃろ。改造マナ人間とだけ分かれば問題なかろう。後で個人的に話を聞けばよい」

「あんたからの説明はないのか?」

「何? あんただと? 儂にはマーズス・ズナッキーズという立派な名前があるわい。マーズスと呼べ、マーズスと」


 話がかみ合っていないことに、頭を痛めつつも、リクトはマーズスから説明を受けることを諦めた。今のマーズスの様子は、先ほどマナ人間に関してあれほど熱心に語っていた彼と、同一人物だとは思えないほどに冷めた対応だった。

 彼にも複雑な心境があるのだと、リクトはその点に触れるようなことはしなかった。


「はよこっちゃこい」


 先を行くマーズスは急かすようにリクトを呼ぶ。マーズスのすぐ前には鉄製の大きな扉があり、この白い部屋とは不釣り合いなほど物々しい雰囲気があった。

 リクトがマーズスに追いつくと、その大きな扉の鍵を開け始めた。ギギギと、金属が擦れる音がして、ゆっくりと重い扉が開いていく。すると、燻り臭さと、オイルのねばつく臭いが鼻をついてきた。


 鉄の扉の向こうは鉄の壁に囲まれた工場のような場所だった。その工場は王城の中のどの部屋より天井が高く、空気を拡散するためのプロペラが回っている。

 圧倒的なまでに広い空間に、リクトは気圧された。その広い空間には、背の高い巨人が3体、膝をついて座っていた。どれも、人間2人分の高さはあり、立ち上がったら3人分くらいあるだろう。

 2つの目を持ち、紅鉄こうてつの頑丈な体で造られている。よく見れば体型はいびつで、大きな腕に、太く短い脚。この様子をみると、巨人という比喩は正しくないのかもしれない。

 青色、黄色、緑色と塗り分けされたマナ重機は同じ形に見えるが、細部が違っていた。


「くくく、どうじゃ、これが試験型マナ重機じゃ。初めて見るじゃろ」


 確かに初めて見る形のマナ重機ではあったが、そもそもリクトは他のマナ重機を知らない。マナ重機はマナ人間にしか扱えない、その程度の知識しかない。


「そうじゃった。貴様はマナ重機のことも知らんかったな」

「はい。故郷が田舎で、実物を見る機会がなかったので」


 リクトの返事に破顔したマーズスは大声を出しして説明を始めた。


「いいか、リクト。こいつの正式名称はマナ人間用戦闘重機にんげんようせんとうじゅうきだ。名前の通り、マナ人間にしか動かせん。何しろ、人間にはマナがないのでな。なら、何故こんなものが必要かは言わずともわかるじゃろ?」


 マナ重機の存在意義とは、戦争に使われることだ。もし、このマナ重機がなければ、マナ人間は戦争に駆り出されることはなかったのだろうと、リクトは思った。


「じゃあ、何故、マナ人間しか動かせないのか。その理由がマナエンジンじゃ。マナの木の実を調べていくうちに、マナからエネルギーを発生させることができることが分わかったのじゃ。マナを持たない人間には扱えなかったという訳じゃな」


 マナを燃料として動くマナエンジン。人間同士がマナ人間を使って争う今の歪な戦争を作り上げたものだ。


「マナ人間がマナ人間を殺すための道具、それがマナ重機じゃ」


 マーズスはマナ重機の正面までやって来て、3体のマナ重機を見渡す。リクトもそれに従って、マナ重機を見上げた。

 マナ重機は左手には大きな鉄製の盾を、右手には長い筒状の武器を持っている。その右手に持つ筒こそ、この世界で最も威力のある武器と呼ばれるマナライフルである。

 実物を初めて見るリクトでも、その程度の知識は持ち合わせていた。


「これから、貴様も乗ることになるからの、ちょっとした戦闘のコツを教えてやろう。マナライフルは威力はあるが、一発でマナ重機を破壊することはできん。じゃがな、例外が2つある」


 マーズスは人差し指と中指を立てて、リクトに押し付けてくる。語りたくて仕方がないという様子のマーズスに、リクトは溜息をついてから、付き合う覚悟を決めた。


「1つ目は単純じゃな。操縦するマナ人間を殺すことじゃ。操縦席の壁にはちょっとした細工がしあってな、操縦するマナ人間のために外が見えるようになっておる。当然、そこは脆くなる。盾で塞がれずに操縦席を狙い打てばマナ人間殺すことは容易じゃ」


 そう言うと、マーズスは中指を折ると、人差し指だけを残した。


「2つ目は先ほど話したマナエンジンじゃ。こいつはマナで動く機関はと言うことはわかるな? そこにマナライフルの弾を撃ち込んでやればいいのじゃよ。マナの塊である弾を打ち込むことで、マナエンジンは過剰反応して発火する。そして、さらに撃ち込めば爆発するのじゃ」


 マーズスは容易いように言うが、戦場でどこまで通用するかわからない。リクトはマーズスを無視するように、マナ重機を見上げ続ける。先ほどから、話におかしな点があることが気になっていた。


「それはわかったけど、僕は人間だからマナ重機を動かせないんじゃないか?」


 リクトの言葉に、マーズスはさらに興奮して顔を崩していく。その様子は喜んでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、判別できない。


「そこで、儂の造った試験型マナ重機の出番という訳じゃ! こいつを見よ」


 マーズスが差す方向には、青い色をしたマナ重機がある。他のマナ重機と比べると、頭に角のようなものが付いているのが特徴的だ。


「こいつは試験型マナ重機1号機じゃ! こいつはな――」


 マーズスの話があまりにも長かったので要点をまとめると、


名称:試験型マナ人間用戦闘重機 1号機

特徴:指揮官機として、通信機能、索敵機能の強化

   人間を乗せる為に、複座型に改造

   多種多様な行動ができるように、操作回りを改造、複雑化

外観:目立つように青色で塗装

   通信強化の為のアンテナ増設


「よし、次じゃ! 次は試験型マナ重機2号機じゃ! 儂としては最も――」


名称:試験型マナ人間用戦闘重機 2号機

特徴:近接戦闘用特化として、瞬間火力を増強

   マナエンジンの大型化

外観:黄色い塗装

   近接戦闘用にマナライフルから大型ポールハンマーを装備変更

   大型の盾

   追加装甲による対弾性向上


「最期は試験型マナ重機3号機じゃ! これは儂の自信作で――」


名称:試験型マナ人間用戦闘重機 3号機

特徴:遠距離攻撃特化、遠方を狙えるように改造

   マナライフルの威力を犠牲に、遠距離まで届くように改造

   照準周りの改修

外観:緑の塗装

   遠距離用に銃身を長くしたマナライフル

   盾の廃止

   頭部照準器を大型化


「――はぁ、はぁ、はぁ。わかったか?」


 勢いに任せて一気に解説したマーズスは肩で呼吸をしながら、リクトに訊ねてくる。大半はわからなかったが、もう2度と聞きたくなかったので、頷いて返した。


「――ッ」


 急にリクトの視界が歪み、立っていられなくなる。つい、倒れそうになるのを膝を付いて踏みとどまった。


「なんじゃ、どうしたんじゃ? 試作型マナ重機が素晴らしすぎたのか? それとも、崇高な儂の説明に聞き惚れたか?」


 マーズスはとんでもないことを言い出した。話が長かったという自覚がない事に、リクトは苦笑いを作ってしまう。


「いえ……ちょっと尋問された時の疲れが――」


 リクトが感じていたのは、強烈な眠気。薬を打たれたことによって保たれていた意識が急激に遠のいていく。


「いかん。ここで寝たら風邪をひいてしまうぞ。おーい! ファスト! こっちゃこい!」


 マーズスの叫びを頼りに意識を保っていると、誰かがゆっくりと近づいてくる。

 重い瞼をあげてその人物を見るが、薄い青色の髪以外はわからない。


「こちらへ……」


 女性はリクトの前に来て万歳をするようなポーズを取る。

 何となく意図を察して、覆い被さるように女性に倒れ込む。女性はクマを仕留めた狩人のような要領で、リクトを持ち上げると、そのまま工場から出ていった。


 女性の手によって、隣の白い壁の部屋に運ばれると、奥にあるベッドのようなものに投げ飛ばされた。リクトはそのまま、意識を手放し、睡魔に身を任せた。

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