イフノセカイ
ゆっくりと覚醒していく。目を細く開けると、暗い天井が見えるだけだった。しばらくそうしていた後、重く感じる身体を起こした。
暗く狭い部屋には、ファストひとりしかいない。扉は閉まり、窓は木片で打ち付けられ、光は殆どさえぎられている。ただ、木製の壁の隙間から、日の光が差していた。
身体を起こしたファストは部屋中を見回したが、やはり誰もいない。テーブルの上には革袋が置かれており、他の物はない。眠る前の景色と何も変わってはいなかった。
ファストはベッドから起き上がると、地面に足をつけた。それから、ゆっくりと力を入れながら立ち上がる。随分となじんできたが、まだ縫合された箇所に力が入らない。
彼女はベッドの上に置いておいた布で頭を覆うようにして被ると、出口に向かって歩き出した。そして扉を開いて外へと出ていった。
小屋の外は冷たい風が吹いており、被った布を揺らしてくる。空は厚い雲に覆われ、粉雪が降っていた。彼女はゆっくりとした足取りで、町を目指す。ここから最も近い町、サイツクシへ。
昼間のサイツクシは人気がない。主な鉱夫は採掘場で働いており、残っているのは女だけだ。例外的に酔いつぶれた男もいたが、何をするともなく、うなだれている。
ファストは薄暗く狭い路地を選んで進む。それは、自分がマナ人間であることを極力知られないようにするためだった。たまに路地から顔を出して、周囲を見回す。
彼がいないかどうかを探して歩くのが、彼女の日課だった。今まで彼と出会えたことはない。ここは小屋に最も近い町。ここに来ている可能性は低くはないと考えていた。彼女は諦めずに、彼を探し続けた。
この町にある採掘場のひとつを見て、彼を探した。坑道で働ている為か、外から見るだけでは、誰がいるのか把握できなかった。
路地から顔を出して、辺りを見まわしていると、婦人と視線があった。痩せ気味で、少し目つきのきつい顔をしていた。
「おや、見かけない人だね。ここに、何か様かい?」
声をかけられたのに、動揺して上手く喋ることができない。マナ人間であることも伏せておきたいので、俯いて、顔と髪を隠した。
「何か買いたいものがあるんだろ? 何を買いたい?」
婦人は顔を覗きこもうとするので、ファストはそれを避けるように顔を動かした。
「……大丈夫です。ただ、人を探しているだけです」
小さくか細い声しか出なかった。彼がいなくなってから、話をする機会がなかったためである。
「特徴とか、わかるかい? 何か知ってるかもしれないから」
「仮面……」
「仮面?」
「いえ、何でもないです」
ファストは逃げるように婦人の前から立ち去った。婦人は首をかしげていたが、彼女を追うようなことはしなかった。
まだ、町のすべてを見て回ったわけではないが、ファストは彼を探すことをやめて、小屋に帰り始めた。身体が随分と疲れていたためだった。
小屋に帰ってきたころには、辺りは薄暗くなっていた。もうすぐ日が落ちるころだろう。部屋の中を見回しても、小屋から出た時と変わらない。ファストひとりだった。
頭に巻いていた布を外し、ベッドの上に置く。それから、ベッドの上に座った。
目の前にはマナの実の殻が入った革袋が置いてある。少し前からその中身は減っていない。手を伸ばしかけるが、途中でやめた。
彼女は諦めかけていた。このままマナを摂取しなければ楽になれる。そう考えるようになっていた。これ以上、自分が生きていて何の意味になるのか、わからなくなっていた。
彼がいなくなってから随分と日にちが経過した。だが、彼は帰ってこない。手紙に待っていて欲しいと書いてあったが、いつまで待てばいいのかわからない。
ファストは身体をベッドに横たえる。今日一日の疲れからか、すぐに瞼が重くなってきた。彼女は瞼を閉じた。もう二度と開くことのない瞼を。
……
………………
…………………………
トン、トン……
扉をノックする音が聞こえてきた。風で何かが当たっただけだと、無視していたが、ノックは続く。
トン、トン……
ファストは重い瞼を上げて目を覚ます。もう二度と開かぬはずの目を開いた。
トン、トン……
重い身体を動かして扉を開ける。そこには、吹雪を背にした人間が立っていた。
「!」
ファストはその人間に飛び付くと、抱き締めた。
「おかえりなさい、リクト」
以上で、『正義など存在しないこの世界は悪意の連鎖が終わることはない』は完結です。
ご愛読ありがとうございました。
この作品はエピローグが2つ存在していますが、どのようにとらえるかは読者様次第です。
次の作品でお会い出来たら幸いです。




