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第5話

 程なくして、男が牢獄の扉を開けて入ってきた。

 その男は短いアッシュブロンドの髪に、ぎらついた青い瞳、背の丈はリクトより頭1つ分低い。丈夫な布の服の上に、てられらと光る革製のエプロンを身につけている。

 彼は腰を曲げ、太ったお腹をはみ出させ、リクトへと近づいてきた。


「あなた、誰です?」


 自分でも間抜けな質問をしたと思ったが、リクトには今聞きたいことはそれ以外思いつかなかった。


「俺ですか? 俺はそうですね……『尋問官』とでも名乗っておきます」


 異様な外見とは裏腹に、丁寧な言葉遣いをしていた。

 自分の名乗りをしている最中、尋問官は牢獄にあった器具を1つ1つ吟味していた。それもすぐに終わり、リクトのすぐ近くにやってくる。


「少ししゃがんでいてください」


 尋問官はリクトの膝裏を軽く蹴り体勢を崩すと、頭を押さえつけて、まるで折りたたむように這いつくばらせてきた。

 何が起きたのかわからないままに、リクトはレンガの床に跪いていた。気が付けば、リクトすぐ手前に、水の入った桶が置かれていた。


「それでは、尋問を始めましょう」


 尋問官は両手に革の手袋をはめると、何度も指先まではいっているか確かめた。


「先ずは、偽造手形を作った犯人を教えていただけませんか?」


 ここに至るまで散々聞かれてきた言葉に、リクトはうんざりした様子で尋問官を見る。


「僕は知りません。心当たりもありません」


 そうリクトは吐き捨てるように言う。

 急に髪を引っ張られて強引に顔を上げられると、水面に叩きつけられた。何が起こったのかわからず、パニックに陥ったリクトは水を吸い込んでしまう。


「ゲホッ、ゲホッ、ガハッ!」


 頭を持ち上げられ、水から逃れられたリクトは、呼吸と共に激しく咳き込んだ。その様子を見た尋問官の口角が少し上がる。


「どうですか?」

「ガハッ! はぁ、はぁ、こんなことをして、何だと言うんです?」


 再び、リクトは顔面から水の中に沈ませられる。身構えていたものの、やはり水を吸い込んでしまう。

 尋問官の手で水から救い上げられる。


「質問を質問で返すなんて、教養が足りませんね。まあ、それだけ教養があれば、こんな目に遭わなかったでしょうが」


 リクトが咳き込んでいる間、尋問官は目を細めてその様子を眺めた。


「では、誰から買いました?」

「わからない。僕は直接買っていない」


 再び水に沈ませられることを恐れて、リクトの言葉は先ほどより語気が弱くなっていた。その言葉に、尋問官は髪を掴んでいた手を放す。

 また水に浸かりそうになるのを、リクトはぐっと堪えた。


 尋問官は立ち上がると、近くのテーブルへ向かうと、ガチャガチャと器具を弄る。

 そして、すぐにリクトの傍に戻ってきた。


「立ちなさい」


 尋問官の意図はわからないが、命令に従うしかないリクトは手枷のついた手を使って立ち上がる。すると、何を思ったのか、尋問官はリクトの手枷を外してきた。


 これはリクトにとってチャンスだった。手枷がなければ、この尋問官を殴りつけてやることができる。だが、何のためにここにいるかを考えると、その行動に意味はないことはすぐに分かることだった。


 尋問官はリクトの手を取ると、テーブルに備え付けられて用途が分からない器具に親指を挟み込んだ。そして、器具についているネジを締め始める。

 最初は親指を押さえつけられる程度の感覚しかない。だが、その締め付けが徐々に強くなっていく。


「――!」


 どうということのない行為がある時を経て、激痛へと変化する。

 その痛みから逃れようと暴れ、手を引き抜こうとするが、がっちりと固定された腕は動くことはない。


「あがががが!」


 苦痛を耐えていると、ふと、その締め付けが弱くなる。少しの間の痛みだったが、リクトの呼吸は激しくなっていた。


「お前が買っていないということは、村の一員から譲り受けたということですか?」

「そうだ。だから、僕は知らない」

「その譲った人物を告発すると?」

「違う! そうじゃない! あの手形が偽物のはずがない!」


 尋問官は無言で、器具のネジを閉め始める。すると、再びリクトの親指に激痛が走る。ただ、親指を締め上げられているだけだが、全身の神経が集中して、この痛みから解放されることしか考えられなくなる。

 先ほどよりさらに締め付けが強くなり、骨が軋む音が伝わってきた。そして、また締め付けが緩められる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 何もしていないというのに、リクトは息切れをしていた。


「本当に偽物と知らずに、手形を使ったのですか?」

「そうです。あれが偽物だなんてことは……」


 リクトは途中で声を止めてしまう。

 尋問官がまたネジを閉め始めたのだ。またあの激痛が来るかと思うと、怖くて仕方がない。痛みから来る恐怖。ゆっくりとネジを締められるところをから目を離せない。


「偽物だなんてことは?」

「ありえない」


 3度目の激痛がリクトを襲う。

 ネジがキィキィと音を立てるたびに、痛みが増し、骨が変形していくのが分かる。その痛みにリクトは身をねじって耐えた。そして、また解放される。


「偽物だなんてことは?」


 尋問官の同じ問に、リクトはすぐに答えられない。


「あ、ありえません」


 リクトはまた来る親指の痛みに身構える。


「あ――ッ!!」


 ピシィッという音と共に、背中に激痛が走る。

 予想外の痛みに、悶え苦しむ。尋問官がいつの間にか手に持っていた鞭に叩かれていた。身につけている薄いぼろ布のはあっけなく裂け、肌に打たれ真っ赤に腫れ上がれさせた。


「人間はあまりにも痛みに弱い。この水牛の革の鞭を打つだけで肌が裂ける。馬は何度も耐えられるというのに」


 親指を締め付けられるのに比べ、一瞬の痛みで済む鞭は脅威ではあったが、恐怖ではなかった。リクトは奥歯を噛み締め、じっと耐える。


「どうですか? 本当のことを言いたくなりましたか?」

「本当のことしか言っていない」

「自分は偽物の手形を知らずに使ったというのですか?」

「何度も言って――」


 急に、親指が潰される。

 今度こそ、くるみを割るかの如く、親指が強烈に締め上げられる。同時に鞭を打たれ、声を上げることもできず、身体をくねらせ激痛から逃れようとした。だが、逃れることはできない。


 ピシィッ ピシィッと鞭を打つ音だけが牢獄に響く。

 潰された親指は限界を迎え、痛みを感じなくなり、鞭も打たれる感覚がなくなってくると、痛みから解放された。


「はぁはぁはぁはぁ」


 リクトは何度も肩で呼吸して空気を体内に取り込んていく。今度は解放されたが為に、今までの激痛が蘇ってくる。親指は震え、背中は燃え上がるほどに熱い。1秒でも早く、その苦痛から逃れたいとしか考えられなくなる。


「本当に何も知らなかったと主張するのですね?」

「……そうだ。だから、何も言うことはない」


 リクトは痛みの恐怖を押さえつけ、尋問官の青い瞳を睨みつける。決して屈しないという意思表示だった。そんなリクトの様子に、尋問官は背筋を震わせるほどの笑みを浮かべる。


「そうですか。まだ抵抗するのですか」


 残念そうな言葉とは裏腹に、尋問官の語調はウキウキとしていた。次は何をしてやろうか。と、玩具で遊ぶ子供のようだった。


 次をするのか、尋問官はリクトの親指を器具から外す。その瞬間、リクトは親指を押さえて、その場に蹲ってしまった。尋問官はそんなリクトを無視して別の大きなテーブルに移動すると、何やら弄り始めた。


 少し時間が経って蹲っていたリクトが、ようやく動けるようになった頃、リクトは戻ってきた尋問官に連行されてしまう。その先には、先ほどの大きなテーブルがあった。リクトは尋問官の強い力でそのテーブルの上に放り投げられた。

 背中に強い衝撃を受け、痛みに悶絶するリクトをよそに、尋問官は手足を1つずつ固定していく。そして、リクトは両手足を固定され、仰向けに磔にされていた。


「な、何を?」


 次もいたぶられるのかと、リクトは身構える。どんな痛みにも屈しないと尋問官を睨みつけた。


「別に何もしません。この石を乗せるだけです」


 尋問官が取り出したのは、薄い板状の石。

 何をするのか今一わからないリクトの上に、その石を乗せる。

 最初はどうということはない。ただ少し重いと感じるだけ。だが、その石が1つ2つと増える度に、身体が押さえつけられていることに気付く。身体の上に乗った石はその重さから、リクトの肺と心臓を圧迫している。呼吸をしたいのに、肺は膨らまず呼吸が困難になった。心臓は脈打ち、どんどん激しくなっていく。


「はぁ……はぁ……これは?」


 自分の仕事に満足したのか、とてもいい笑顔でリクトを見下ろす。


「先ほども言いましたが、何もしません。俺は少し席を外します」


 そう言うと、尋問官は牢獄の檻から抜け出すと、どこかへ行ってしまった。


 牢獄はリクトの呼吸の音と水が滴る音だけになる。

 痛みは背中と親指だけ。ただ重しをされているだけ。それなのに、呼吸はどんどん激しくなる。それもある程度までで止まってしまう。呼吸をしたいのに、できないという苦しさがリクトを苛む。この状態がいつまで続くのかわからない、という恐怖も感じるようになってきた。


 呼吸を繰り返す度に感じることがあった。それは、渇き。圧迫されることで、肌からしっとりと汗が流れている。ただでさえ渇きを覚えるが、激しい呼吸で喉はさらに渇いていく。




「ぜひ……ぜひ……」


 どれだけ時間が経ったのだろうか、いつしかリクトの呼吸の音が変わっていた。空気も足りない、水も足りない、空腹を訴えてくる。飢餓に近い状態になっていた。


 そこに、尋問官がやって来る。

 自分の愉悦を隠そうともしない下品な笑顔でリクトを見下ろしてくる。


「偽造手形と知って城塞を通過しようとしましたね?」


 呼吸で声を出すのも苦しいが、リクトは尋問官を睨みながら、声を絞り出す。


「ぜひ……そんなこと……ぜひ……はない……ぜひ……」


 必死の抵抗の言葉をだったはずが、尋問官はさらに下劣に歪んだ笑みを浮かべた。


「そうですか。仕方ないですね。ここにいることを求められるのなら」


 尋問官は嬉々としてそう言うと、また牢獄から出ていってしまう。

 そして、リクトはそのまま放置された。

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