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第2話

 押さえつけられていたリクトは2人の衛兵に両脇を固められ、身動きがとれないようになってしまう。それに抵抗するように、腕を動かそうとするが、思ったように力が入らない。


「待って下さい! これは何かの間違いでっ――」


 リクトは自分の無罪を主張するが、中年の衛兵に横から腹を殴られ言葉を途絶えさせられた。


「それでは何か? この私が見間違えたとでも?」


 検査官はそう言うと、リクトへと近づく。

 ほとんど密着した状態で、思い切り腹を殴られる。身を守ることができない状態の一撃は重く、肺から空気が全て吐き出された。


「がっ――!」


 周囲を囲んでいた通行人はさらに円を広げ、リクトから離れていく。

 助けを乞うように、視線を向けるが、誰も目を合わせようとしない。自分には関係ない。そう、無言で言っていた。誰か、誰でもいい。自分を助けてほしいと、リクトは願う。しかし、その願いを引き受ける者は、存在しなかった。


「連れて行け。少し聞かなくてはならないことがあるからな」


 いつの間にか辺りは静かになっていた。遠巻きにこちらを見ている人々の中で、リクトは衛兵2人に連れられて行ってしまった。



 2人の衛兵は投げ捨てるように、リクトを開放した。

 そこは、石造りの部屋。窓はないために薄暗く、ひんやりとした空気がどこからか入ってくる。木製の机と椅子があるだけで、他には何もない。

 2人の衛兵はリクトが逃げ出さないように、入り口を封鎖している。


「僕の話を聞いてください! あの通行手形が偽物なんてあるわけがないんです!」


 2人の衛兵に訴えかけるも、反応はない。それどころか、まるでゴミを見るような冷たい視線をリクトに向けてくる。


「お願いで――」


 リクトが中年の衛兵にすがりつくと、突然顔の向きが変わり、景色が一変した。何が起きたかわからなかったが、頬の痛みから、自分が殴られたことをようやく理解した。


「五月蠅いぞ、黙れ」


 その言葉に、リクトは2、3歩後退った。痛む頬を右手で押さえた。リクトはまだ、自分の置かれた立場を理解できていなかった。


「お前はもう、ただの通行人じゃない。捕まってしまった哀れな犯罪者だっ!」


 若い衛兵は言い切る前に、リクトの顔面を思い切り殴りつけた。その衝撃に、リクトは吹き飛び、地面に倒れてしまう。先ほど殴られたのとは段違いの痛み、口から声も出ず、呻くことしかできない。


「おいおい、やり過ぎるなよ。喋れなくなったらどうするんだ」


 殴った衛兵とは別の衛兵は、笑いながらそんなことを言う。相手はやはり、リクトを庇うことなく、嘲笑うだけだった。リクトは自力で立ち上がると、痛む口元を手の甲で拭う。思った通り、手の甲には血が付着していた。


「待たせた」


 2人の衛兵の後ろにある扉が開くと、先ほど出会った検査官が立っていた。検査官はリクトの前に立つと、冷ややかな目をこちらを見る。


「吐け。あの通行手形はどこで手に入れた?」


 リクトは歯を食いしばって、検査官を睨みつける。衛兵の件で理解できた。彼らはこちらの言い分を聞こうとしていない。すでに、偽の通行手形を使った罪人に決めつけていた。


「商人から買ったと聞いています」


 ジョウから手渡されるときにそう聞いた。それ以上のことは、リクトにはわからない。


「そうか。その商人が偽の手形を売りつけたのか、はたまた、本当は作ったものだが嘘を吐いたのか、どちらか……か」


 検査官はリクトの前を歩いて、行ったり来たりする。その間に、若い衛兵がリクトに近づいてくると、拳を振り上げてぶん殴ってきた。

 吹き飛んだリクトは壁に身体を叩きつけられると、その場に倒れてしまう。殴られた痛みか、口が震えて言葉が出ない。


「本当のことを言え」


 検査官がそう言うと、若い衛兵はボールを蹴るかのように、顔をつま先で蹴り飛ばした。すると、リクトの口から歯が飛んで行って、身体は床に転がった。

 呼吸を荒くするリクトの口から血がぽたぽたと落ちた。先ほどの蹴りで奥歯が折れ、歯肉から血が流れたせいである。


「それはみんなから託されたものだ。偽物であるはずがない」


 村人が自分を陥れるなど、考えられない。今度こそ、リクトは抵抗するように、検査官を睨む。歯を食いしばり、暴力に負けないことを態度で示す。


「おい、適度に痛めつけろ。まだ、本当のことを言いたくないらしい」


 検査官は見下すことで、リクトへの返事とした。待っていたとばかりに、2人がリクトの前に立つ。


「どうします?」

「まあ、頭以外ならどこでも構わんだろう」


 横になっていたリクトの腹に、若い衛兵のつま先が突き刺さる。内臓が潰れるような感触。肺は押しつぶされ、呼吸を止められる。空気を求めて、激しく咳き込む。お腹を守るようにくの字になったリクトを平然と踏み潰した。


 自身の潔白を証明するなら、抵抗は意味がない。リクトは頭を両手で守りながら、しばらくの間暴行を受け続けた。



 自分の無実を主張するためにじっと我慢していると、その行為が急に止まる。リクトが閉じかけた目を動かし、視線を上に向けると、検査官が見下していた。


「そうか、そうか。偽物を握らされたか? それとも、仲間に売られたのか?」


 薄れゆく意識が、村のみんなの顔を思い起こさせる。リクトは信じている。村のみんなが、ジョウが偽物を渡すはずがないと。


「そんなことはありません。僕はみんなの作った商品を売らなくてはいけません! 誰もそんなことはしません!」


 検査官に衛兵は肩を上下させて嗤う。中年の衛兵がリクトの持ってきた荷物を運んでくる。

 リクトの目の前に、自分と同じくらいの背丈の荷物が置かれる。大切な荷物が返ってきたことに、リクトは安堵して手を伸ばした。手が触れる直前、荷物は持ち上げられる。


「この荷物は改めさせてもらう。もしかしたら、帝国のスパイかもしれないしな」


 検査官の言葉にリクトは顔を上げる。


「そんな、馬鹿なことっ――」


 あまりの言い分に抵抗しようと起き上がろうとする。だが、中年の衛兵によって、再び床に押さえつけられてしまう。

 若い衛兵は荷物を結ぶ縄を強引に引きちぎると、中身を床にぶちまけた。木彫りの神像、刺繍の入ったナフキン、蔓で編んだ篭、漆塗りされた小箱、他にもさまざまな村のみんなが作ってきた工芸品が転がってくる。

 リクトはそれを手に取ろうと、手を伸ばそうとするが、押さえつけられそれすら叶わない。


「……木彫り細工か。中に何か隠せそうだな」


 検査官はそう言うと、木彫りの神像を思い切り踏みつけた。神像は形が崩れはするが、まだ原型をとどめている。それを、検査官は何度も踏みつける。


「何やってんだ! 止めろ!」


 抵抗しようとするが、拘束されたままでは、声を出すことしかできない。神像が木くずになると、検査官はようやく踏みつけるのを止めた。リクトが必死になって叫ぶ姿を、検査官と衛兵は愉悦にまみれた顔で見下ろしていた。


「なんだこれは? 篭……か? こんなものを売ろうとは、誰も買わんぞ!」


 高笑いする検査官は蔓の篭まで踏みつけ、砕いていく。


「これは、何だ? ナフキン……か」


 次に検査官が目を付けたのは、刺繍入りのナフキンだった。それを手に取り、まじまじと眺める。それは、検査官にも目を見張るものがあったのか、念入りに見つめていた。


「これは、何かの暗号か? 我々にはわからんな」


 そう言い捨てた検査官はその場で、ナフキンを破り捨てた。


『私も刺繍を頑張ったんだから、絶対に売ってきてね』


 ハルカから聞いた言葉が頭に蘇る。あの時の笑顔を思い出す。


「お前! 何するんだぁぁぁッ!!」


 今までとは比べ物にならない、叫び声をあげる。完全に拘束されてたはずの体を強引に振りほどくと、検査官から破られたナフキンを奪い返す。


「みんなが努力して作ったものだぞ! 何の権利があって踏みにじるんだ!!」


 強引に拘束を破ったことに若い衛兵はすぐさま、リクトを殴りつけた。しかし、今度は倒れることはない。足を踏ん張り、怒りに満ちた目で、3人を睨みつける。


「なんだ、貴様? 自分より、他人の作ったゴミの方が大切か?」

「当然だろ! 自分の体ならどうとでもなる。我慢すればいいさ。だけどな! 人の努力はどうやっても取り戻すことはできないんだ!」


 リクトの咆哮に3人は気圧されるが、反撃をしてこないことが分かると、2人の衛兵は暴力に訴えてきた。


「抵抗するな! 罪に問われているのは、貴様なんだぞ!!」


 破れたナフキンを抱きかかえ、衛兵の殴る蹴るの暴行をじっと耐えていた。これだけは、守らなくてはならなかったと、後悔しながら。

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