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 ボクの新しい生活が始まり、フィナ姉との暮らしが始まり、弓の修行が始まってから一月程が経過した。今まで無かった視覚という情報、そして自給自足な生活に慣れてきた頃合いだ。ボクの身に異変が起き始めていた。


 初めはちょっとした違和感だった。例えば、頭に浮かんだ料理が朝食に出てきたり。木に止まっていた鳥が飛び立つ予感がして窓を開ければ丁度それを目撃したり。頭に過った出来事がその数秒後に起きる、という事が何度かあった。でも、それらは偶然だろう、たまたまだろう、そんな事もあるさ、と気に留めなかった。あまりに些細な出来事であった為だ。


 しかしそれから、フィナ姉がコップを落とす気がしたから先に動いて受け止めたり。唐突に雨が降る気がしたから洗濯物を取り込んだり。木の枝が落ちてくる気がしたから避けたり。そんな事が起きてくれば段々と疑問を抱いてくるだろう。


 極めつけは弓術の練習中の事。ここで離せばあの石に当たるな、ここで離せばあそこに落ちるな、という予感が起き始めた。技術の向上により勘が鋭くなった、というものでは無いと思う。脳内で矢の行く末がくっきりと見えるのだ。そしてドンピシャで当たるのだから不思議に感じてしまう。


 落ちるポイントを知りながら射ち、そして命中。それを一日中、何十回と繰り返す事で確信した。ボクの身に何かが起きているのだ、と。


 フィナ姉に伝えるべきか悩んだ。でも直ぐに言い出す事は出来なかった。いつものように笑って見守ってくれるフィナ姉。きっと彼女ならボクの言うことをしっかりと受け止めてくれるだろう。そう理解はしていたものの、他者と違う点を晒す事が怖かった。


 違和感が確信に変わってからまた数日が経った。


 言い様のない不安を抱えながらも、この予感がどこまで通用するのかを検証したくなった。


 矢をめいっぱい引き絞って届かせる事だけを意識する。この矢が何処へゆくか。そんな事を考えずに、ただただ飛距離だけを考えて引き絞る。


 それから的に当たるという光景が映るまで角度の微調整を行う。目を瞑っていてもその予感が伝わるので、いっそ目を瞑ることにした。視覚はボクにとって贅沢な情報過ぎる。どうにも目で見た事を理解するまで若干のラグが起きてしまうようなのだ。だから目を使う事を一旦辞めた。


 息を吸い込み集中する。僅かなズレで予感は変わってしまう。その誤差をどれだけ無くせるかが勝負どころ。


 弓を構えてから数分が経過。力が付いてきたのか、この構えに慣れてきたのか。引いた形を崩さずに保っている。その代わり、的が何処にあるか分からなくなっていた。


 当たる予感はしなかった。今のままでは到底当たらない。何かが足りていないのだ。絶対的な何かが足りない。


 諦めて目を開く。予感だけで当てようなんて無理だったのだ。


 そして的を凝視する。数分間見なかった分これでもかと見てやった。その時、妙に目が熱くなった。泣いたのではない。目から熱が発せられていた、ような気がした。


 それから、当たれ、と念じてしまった。あの的の真ん中に当たれ。風を切って真っ直ぐと飛び、あの的を貫もはや的が何処にあるか分からなくなった。と命じてしまった。


 すると途端に予感が変わった。今までてんで違う場所に突き刺さっていた矢が、的のど真ん中にぶっ刺さるビジョンが見えた。今離せば当たる。それを強く察していた。


 いつの間にか風が強く吹き始めていた。ボクの髪の毛のみならず、周囲に生えている草木がザワザワと揺れている。それでも当たる予感は変わらない。こんな風では阻害することが出来ない程確立した予感。


「んっ······!」


 そして放った。


 その矢はボクの予感通りの軌跡を辿り、狙っていた的の中心へと吸い込まれた。今までに何百という数を射ってきた。そのどれもが的に届くこと無く地面に突き刺さり、また駄目かと嘆いていた。


 矢が的を貫いている。今まで当たらなかったと言うのに、この一発目で中心を。何たる偶然、何たる奇跡か。いや、予感していたからこそ偶然だとか奇跡だとかとは思えなかった。


「ん······夢じゃない」


 頬を摘んで引っ張った。その感触も痛みもある。これが夢ではない現実だと理解出来た。


 喜びが胸の内から込み上げてくる。的中した事実を酷く喜んでいる。口角がつり上がってきている事を察した。止められない。どうしようもなく嬉しかった。


 早くフィナ姉に伝えたい。この感動を、この偉業を伝えたい。そして褒めてもらいたい。その思いが強くなる。


 その時、後ろから足音が聞こえてきた。


「ユキ!」

「んっ!?」


 タイミング良くフィナ姉が帰ってきたようだ。何故か息を荒らげており、ボクの姿を見て安堵していた。


「ん、どうしたのフィナ姉?」

「ユキ、私が居ない間に何も無かったかい?」

「ん、見て、フィナ姉!当たったんだよ!的に矢が当たったんだよ!」


 そう訊ねられ、ボクは的を指差して声を出す。高揚したテンションのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねてしまった。報告出来た事が物凄く嬉しかったのだ。


「おぉ。やったねぇ、ユキ。おめでとう」

「ん!」


 的のど真ん中を貫く矢。それを見てフィナ姉がボクの頭を撫でてくれた。心地良さのあまり目を瞑り、フィナ姉のなでなでを堪能する。


「それ以外に、何か無かったかい?」


 存分に撫でられた後、フィナ姉が再度訪ねてきた。これの他に?と首を傾げてしまう。


「ん······あ、れ······?」

「ユキ!?ユキ!」


 急に世界が暗くなった。ボクの目から光が消えてしまった。一月以上の前、盲目だった頃と同じ感覚。世界が黒一色に染まり、何も無くなり覚束無い。不安と虚無が漂う世界に豹変した。


 足元が揺れる。とても心許ない。立つことがままならなくなってきた。地面がドロドロに溶けてしまったかのようだ。


 フィナ姉がボクの名を叫ぶ。あぁ、必死な声だ。ボクを心配してくれているのだろう。その声が遠く遠くなっていく。


 遠く遠く消えていく。


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