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来週は書けたら書きます




「さて。改めて質問しよう。貴女は何処の誰なのかな?」


 ボクが立ち上がった事を確認すると、此方と目を合わせながらその人は訊ねた。口調からして唯の質問と言うよりも尋問に近い気がする。少なくとも穏やかじゃない雰囲気を察していた。


「んと、その、ボクは······え······あの······あれ······?」

「うん?どうしたのかな?落ち着いて話してくれよ」


 ボクは話そうとした。名前だとか、出身だとか。けれど喋れなかった。頭の中に靄が掛かったかのように、何一つとして情報を引き出せない。実に奇妙な感覚だった。常識がすっぱ抜かれたかのような、今まで当たり前としていたことがわからなくなる感覚。


 慌てふためくボクを見て、その女性が目を細めた。


「喋れないのかな?それとも喋りたくない?」


 低い声色で言われ、ボクはビクリと身体を震わせた。彼女はボクの顔を覗き込み、目を合わせて更に言葉を続ける。


「怪しいねぇ。せめて何かしら話してもらいたいのだが?」


 更に女性が問い掛けてくる。ボクは後退りをするも、彼女に腕を掴まれているため逃げられない。


 泣きそうだった。彼女はボクを疑っている。不審者として疑っているのだ。


 己の潔白を証明する情報を話せない。話したくとも捻出出来ず、ボクには震える事しか出来なかった。


 ここが平穏な地域では無いと察していた。彼女の服装が野性味溢れているのが1つ目の理由。もう1つは狩りをしているっていう点。今どき、ねぇ。狩りなんてしないでしょ。


 少なくとも現代社会から遠い場所なのだろうと。ここはボクの知らぬ国。言葉が通じる理由はさておき、異国の地という事は察していた。


 だとすれば何をされるか分からない。人食文化がある民族だったら、不審者たるボクは殺され食われるかもしれない。世界各国なんて全く知らないからこそ、何をされるか分からないのだ。


 いや、もしかしたらここは秘境と噂のグ○マなのかもしれない。友人に読んで聞かされた漫画にそうあったな。あそこはヤベェって。そしたら流石に人食文化は無いな。良かった、安心だ。


 それなら家に近いな。


 あれ?家って何処だっけ?


 それを考えるとまた霧が掛かり思考が止まってしまう。やはり何も喋れない。戸惑いの呻き声しか漏れ出てこなかった。


「はぁ」


 一層強く怯え出したボクを見て、彼女は深く溜息を吐いた。諦めたような、憐れんだような。そんな溜息を吐いた。それからボクの頭に彼女は手を伸ばす。


 ボクは咄嗟に目を瞑った。そして覚悟する。


「追求するのは辞めよう」


 予想していた痛みはやって来ない。むしろ優しく声を掛けられ、そして撫でられた。


 目をゆっくりと開ける。女性はボクの頭を撫でながら、申し訳けなそうに眉を曲げていた。


「怖がらせてごめんね。警戒していた事は許して欲しい」

「······」

「最近何かと物騒な事が多くてさ。いや、それでも君のような子供に取る態度ではなかったね。すまなかった」


 震えるボクを優しく包み込み、撫でてくれる。とても心地良かった。彼女へ対する恐怖は失せ、その安らぎに身を預けていた。


 暫くあやされると気持ちも落ち着いた。涙も止まり、嘔吐きも止まる。ボクの様子を確認してから抱擁が解除されて少しだけ離れた。


「名前。本当に話せないのかな?」


 幾分と優しくなったその問い掛けに、ボクは首を縦に振った。冷静になってみても分からない。自分に関する情報だけが全く以て消えてしまっていた。


「ん······思い出せないん、です······」


 ボクはか細い声で答えた。それが精一杯だった。


「そっか。わかった。無理に思い出そうとしなくていい。」


 そう言いながらまた頭を撫でてくれる。やはり気持ち良く、心地好く。ボクはされるがままに大人しく撫でられ続けた。


「でも不便だからねぇ。私が付けても良いかな?」

「ん、お願いします」


 彼女の提案を二つ返事で承諾する。名前が無いと不便、というのはボク自身も分かっていた。自分で自分の名を付けるというのはあれだし、渡りに船というものだ。


 彼女は数分迷い、ボクを舐めるように上から下へと見つめた後、漸く口を開いた。


「雪······ユキというのはどうだろう?この髪色は白、いや、銀?だからさ。ユキという名にしたんだ。安直かな?」


 髪色から当てた名前らしい。ユキ。何となくしっくりくる名前だった。もしかしたらこれが本名だったのかもしれない。


 この時初めて己の髪色が白や銀に近いと知ったのだが、そこは敢えて無視させてもらおう。


「ん······気に入りました。ユキと、呼んでください」

「気に入ってくれたなら良かった!よろしくねぇ、ユキ。私はアルフィアナ。気軽にフィナとでも呼んでくれて構わないぜ?」


 彼女──アルフィアナは


「ん······フィナさん」

「ははは。そう硬くならないでよ。そうだな······呼び捨てが難しいならフィナ姉、とかでも良いよ?」


 ボクの呼び方にアルフィアナは笑う。それから"姉"と呼ぶよう勧めてくる。彼女にとって冗談のつもりだったのだろう。少しでもボクの緊張を解こうと、親切心から出た言葉だった。


 しかし、ボクにとってその呼び方はとてもしっくりきた。この人を姉と仰ぐ事に何の抵抗もなく、むしろ喜びの方が強かった。


 アルフィアナを見上げ、ボクは口を開いた。


「ん······フィナ姉さん······」


 親族や友人を失った今のボクにとって、アルフィアナは何よりも親しい人物だ。親しく、信頼でき、そして護ってもらえる存在。本能が甘えたいと願っていたのかもしれない。全力で縋れと訴えていたのかもしれない。


 ボクの言葉にアルフィアナは目を見開いた。フリーズしたように固まり、ボクをじっと見つめてくる。その反応から驚愕は読み取れるが、嫌悪などは無いように思えた。少なくとも嫌がられてはいない、という事だ。


 この瞬間からアルフィアナはボクの姉となった。血は繋がっていないものの、本当の姉妹のような仲となる。フィナ姉はボクを可愛がってくれたし、何時だって見守ってくれた。とても尊敬出来る人だ。


「おっと······こりゃ可愛いな。涎が出ちゃいそう」

「ん······?」


 ただ、少し残念なところもあったんだけどね。

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