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第三話 運命交差

 

 ランディ=レッドサラマンダーは紛うことなき天才である。


 瞳の色は赤、それも第二色領域に位置するほどに深く、鮮やかな性質を示している。


 色の濃さは魔力の純度を示しており、濃ければ濃いほど純度が高く強大である。すなわち第七から第一色領域と識別されており、純粋にして強大な第一色領域を示すは数百年前に大陸を統一せし国家の歴史を振り返ってもかの偉大にして無慈悲な初代王のみ──となれば、その一つ下に位置する第二色領域の強大さもわかるというものだろう。


 ランディ=レッドサラマンダーは万物を燃やし尽くす。鋼鉄は元より、水や空気さえも彼女の炎の前では等しく焼却対象でしかない。


 レッドサラマンダー公爵家が次女にして、歴代最高峰の才覚の持ち主。生まれながらに才能に恵まれ、その才能を伸ばすために必要な残虐性を獲得した怪物にとって、敵対者とはすなわち腕の一振りで消し炭となる有象無象でしかないということだ。



 ーーー☆ーーー



「おほほ!! エンターテイメントのなんたるかを理解しない、つまんない横槍ですわねえ。不愉快にもほどがあるというものですわぁ」


 魔法飛空船から飛び降りてきたはずのランディ=レッドサラマンダーは侮蔑を吐き捨てるだけの余裕があった。


 その身体には傷一つない。おそらくレンディナが投げ出された時にも用いた炎の爆発や空気の急激な温度上昇による上昇気流を利用して着地の衝撃を緩和したのだろうが──それにしても、異常であった。


 単に強力な衝撃波を放てばいいわけではない。その身を叩く衝撃波が肉体を破壊することは防ぎ、なおかつ着地の衝撃を殺すなど並大抵の技術では不可能だろう。


 それを、ランディ=レッドサラマンダーは軽々と達した。いいや、軽々と達したように見えるくらい、彼女の『力』が凄まじいということだ。


 第二色領域。

 事実上トップクラスの才能を持ち、その才能を残虐性なりし精神にて伸ばした傑物。『選抜』されるのは確実と評されし、レッドサラマンダー公爵家が歴史の中でも最高峰の令嬢。


 ランディ=レッドサラマンダーは笑う。

 笑って、ジロリとレンディナではなく彼女のそばに立つ女を見据える。


「で、お前は? せっかくのお楽しみを邪魔してくれた、不愉快極まりないクソ野郎様のお名前はぁ???」


「スカイ=フォトンフィールド。どこぞの魔女の手で作られた、『デザイナーズモンスター』の一つです」


 清らかな笑みであった。

 それでいて、ドロドロに粘つき濁りきっていた。


 相反する性質を両立させる金髪碧眼の美女の言葉をランディは『「デザイナーズモンスター」? 意味不明ですわぁ』と一蹴。


 直後にその繊手を横に振るう。

 その軌跡から噴き出すは無詠唱にて具現化せし猛火。濁流のごとき勢いで放たれた魔法は余波だけで近くの木々を爆発するように燃やし、地面を溶かすだけの熱量を秘めていた。


 それだけの熱が、赤が、スカイ=フォトンフィールドへと襲いかかる。


 だというのに、


「くっくっ」


 スカイ=フォトンフィールドは清らかに、それでいて濁った相反する笑みを浮かべる。そのままランディ=レッドサラマンダーを真似るようにその手を横に振るい──ブッジュバァ!! と赤が消失する。


「なぁ!?」


 いいや、正確にはスカイの手の動きに合わせて噴き出した水のカーテンに阻まれ、かき消されてしまったというべきか。


 あの炎はそれこそ軽く町の一つや二つ焼き尽くせるほどに超常的な熱量を秘めていたのだ。多少の水であれば蒸発させただろうが──ならば、同じように超常的な水であればどうか。


 すなわち、魔法。

 それもランディ=レッドサラマンダーの才能を真っ向から粉砕できるほどに高威力の魔法が具現化されたのだ。


「相性もあるけど、単純に脆弱ですね。純粋であるとは、すなわち融通がきかないということです。エンターテイメント? 面白みのない単調な力を振りかざしておいて、よくもまあそんな言葉を吐いたものじゃねーですか」


「き、さまァ……ッ!!」


 ランディが何事か言いかけた、その時であった。


 トン、と。

 いつの間にかランディ=レッドサラマンダーの懐まで飛び込んでいたスカイ=フォトンフィールドがその手を伸ばす。薄い胸の中心を指でつついたかと思えば──ぶっしゅう!! とランディの穴という穴から赤黒い液体が噴き出した。


「ば、がばうあ!?」


「水系統魔法。液体を支配するその性質を突き詰めれば血流操作にだって手が届くものですよ。まあ下手に純度を高めると、水を操ることしかできなくなり、このように融通をきかせることはできねーですけど」


 残虐性が、地面に倒れる。

 ひっ、ばう、と呻き声をあげるだけの肉塊と変貌する。


 血を噴き出したダメージから、だけではない。


「そして、人体とは水分(血液)の塊です。それを掌握すれば、身動きを封じるなど動作もなきことです」


 圧倒であった。

 力こそ全てという鉄則に縛られし国家の中でも特権階級に位置する公爵家、その中でも歴代最高の才覚を持つと評されるランディ=レッドサラマンダーが一切の抵抗虚しく潰えた。


 スカイ=フォトンフィールド。

 突如現れた金髪碧眼の美女は微量なれど多様な『色』が混ざった碧眼を細めて、ランディ=レッドサラマンダーを見下ろす。


 不純物の混ざった、純度の低い『青』が。

 不純物をほとんど含まない、純度の高い『赤』を、だ。


 金髪碧眼の美女の瞳には落胆や憐れみといった、完全に下と扱う色が浮かんでいた。


「汚いですねえ。いかに純度が高くとも精神に汚染された血だなんて喉を潤すのにも使えないじゃねーですか。ま、甘露に困ることはなさそうですし、別にどうでもいいですけど」


 吐き捨て、踵を返す。

 ランディ=レッドサラマンダーのことなど眼中にないと告げるように、淡々と。


 絶大な才能と残虐性、そして公爵家というブランドでもって周囲の人間を振り回し、常に中心に君臨し、誰もが無視できない存在感を放っていたランディ=レッドサラマンダーをだ。


「お、おァ」


 ぶぢ、ぶぢぶぢぶぢっ!! と。

 水系統魔法、その応用たる血流操作によって肉体の自由を奪われているランディの身体から繊維を引き千切るような音が連続する。


 ついにはぶしゅっ! と二の腕やこめかみの血管が千切れ、鮮血が噴き出して──それでもなお、音は止まらない。


 火系統魔法。

 脂肪の燃焼、その末に膨大なエネルギーを生み出し、肉体が出力するパワーを増大させ、血液を軸とした支配を肉の圧にて強引にねじ伏せる。


「あッあああああああああッッッ!!!!」


 ぶっヂィッッッ!!!! と。

 多くの筋線維が断線するのも厭わず、血液操作による肉体支配から脱したランディ=レッドサラマンダーが勢いよく起き上がる。


 その繊手が真っ直ぐに金髪碧眼の美女へと突き進む。指先にランディの代名詞たる炎を凝縮して。


 そして。

 そして。

 そして。



 ゴッバァッッッ!!!! と、スカイ=フォトンフィールドの胸の中心をランディ=レッドサラマンダーの繊手が貫く。その繊手から噴き出した炎は瞬く間に燃え広がり、金髪碧眼の美女の全身を紅蓮と染め上げた。



「おほほ」


 笑みが。

 広がる。


「おほ、おほほ、おほほほほほ!! 私の動きを封じたことだけは褒めてやりますわぁ。ですが、結末はこれこの通り! 私はランディ=レッドサラマンダー。この身に流れし高貴な血筋が屈することはあり得ないのですわぁ!!」


 ──それを、レンディナ=レッドサラマンダーは呆然と眺めていることしかできなかった。


 腕や足は吹き飛び、全身を喰らわれ、ロクに動けなかったから、というのもあるだろう。だが、万全だったとして、レンディナに何ができたのか。


 彼女は魔力を持たない能無し。漆黒の落ちこぼれにできることなど何もない。自分のことを助けてくれた人が殺されるその瞬間でさえ、嘆き悲しむことしかできないのだ。


 力がないとは、すなわち無力ということ。

 これまでもそうだったではないか。レンディナが無力だったから、良いようにいたぶってくる残虐性を跳ね除けることはできなかった。


 無力であることは、罪だ。

 奪われたままで終わるしかないのは、それだけしか選べないのは、無力たる罪に対する罰である。


「いや、だ……」


 それは何に対する否定であったのか。

 命の恩人の死をただ眺めていることしかできないレンディナが言葉を搾り出した、その時であった。



 紅蓮が、揺らぐ。

 全身を炎に包まれ、炭化して崩れ落ちる末路を辿るはずだった人影がその胸の中心を貫く繊手を掴み取ったのだ。



「お、ほ?」


 笑みが、固まる。

 狂ったように哄笑していた残虐性の塊がそこまで意表を突かれ硬直したのはいつ以来であるのか。少なくとも彼女が生まれた頃から否が応にも一緒だったレンディナはそんなの見たことはなかった。


「くっくっ。魔女を仕留めるには火炙りが定番かもですが、残念ながらわらわには吸血鬼のエッセンスも混ざっているです。『デザイナーズモンスター』、特性を混ぜ合わせることで長所を収集し短所を塗り潰す人為的な生命ですもの。胸を貫き全身を焼く程度では、そんな当たり前の手段では殺せねーですよ」


「……ッ!?」


 それは『はじめて』のことだっただろう。

 かのブルーウンディーネ公爵家が令嬢に接戦の末に敗北した時だって感じることがなかった感情だっただろう。


 あのランディ=レッドサラマンダーが、残虐性を凝縮して作られたような怪物が、恐怖に表情を歪めたのだ。



 直後に紅蓮が大きく揺らぐ。

 残虐性の象徴たるランディへと何かが襲いかかり、肉と骨と神経とがひしゃげる音と共に薙ぎ払われていった。



 ーーー☆ーーー



 そして。

 運命は交差する。


「やあ、甘露ちゃん。おまたせしたです」


「あ……」


 くすり、と。

 純粋無垢なようでいで、欲望にまみれたかのような相反する笑みでもって金髪碧眼の美女は身をかがめる。


 そこが限界であった。

 命の恩人が死なずに済んだと分かった瞬間、安堵と共に緊張の糸が千切れたのだろう。レンディナ=レッドサラマンダーの意識は暗黒に落ちた。

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