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星巡りの日々  作者: 長男
第一章 かつて青いと言われた星
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第二話 非日常

宇宙が舞台ですがSF物は読んだことないので設定は雰囲気です。


「あぁー、良い湯だぜー」

『ルーク、言葉の語尾に「ぜ」をつければ格好よくなるわけではありませんよ』


 二人の会話が閑散な荒れ地に響き渡る。辺りに広がるのは滑らかな岩肌の大地。二人は天然の温泉へと来ていた。ここはもともと山の頂であったが、幾度となく繰り返された火山活動によって山全体の起伏はゆるやかになっていた。瓦礫の平原を素足で駆け回るルークにとっては気軽に来れる保養地である。


 ルークは空を見上げた。熱すぎるくらいの湯に浸かり、ごつごつした岩の縁に背もたれ、なんの気なしに見上げてみた。空はいつもと変わらぬ藍色に。木綿を薄く引き裂いたような雲は頼りなく漂っている。果てしなく続く深色には恐ろしさすら覚えるが、暗闇の中にも煌々と浮かぶ無数の天体たちがそれ以上にルークの興味を引いた。

 先人たちがこの青い星を捨ててまで目指した彼方。そこには、今も人々がいるのだろうか。


「行ってみたいよなー」


 ルークがぽつりと言葉を洩らす。うだりそうな熱さのせいか、いつもの調子ではなくやけにおとなしい口調だった。

 一間置き、ルークの隣を浮遊する端末が震える。


『そのためには、十分な知識と訓練。それと信頼できる(ふね)が必要ですね』

「艦なぁー...」


 ルークの声は分かりやすく沈んでいた。知識は学べばいい。時間は山ほどある。訓練もそうだ。しかし宇宙船は、仕組みが分かっているだけでは作れない。材料と、途方もない時間がいる。十代半ばの人間一人、教育用AI一基。有人ロケット一つ作るにはあまりにも心もとない。

 あるいは、星中を探し回ればすでに完成したものが見つかるかもしれないが、それも確証はない。何より、本格的に世界中を回って探すとなれば、今の生活をやめなくてはならない。

 この星は変わった。かつて太陽光を拡散していた成層圏は、もう二度と空を彩ることはない。捕食者の頂点が退き、生物たちも多様に進化した。すべての環境が、旧世代の知識を越えた危険を孕んでいるのだ。

 今のように、食料と住まいが十分に安定している場所が、他にもあるだろうか。

 次々と思い浮かぶ不安、無謀さに、ルークの顔がだんだんと水面に沈んでいく。


『ルーク、ほら、向こうから迎えが来るってことも!あなたはまだ若いですから!人生、何が起こるかわかりません。案外、すぐそこまで接近していて、今にでも...』


 見かねたエダがしどろもどろに気休めを言うが、ルークには暗に無理だと言っているように聞こえた。


 その時、二人の頭上でなにかが光った。


「ん?」

『あら?』


 目を凝らすと、金色に輝く星々の隙間に赤い光が見えた。光は徐々に明るさを増しながら、放物線を描くように落下している。


「流れ星?」

『ですかね。......うわ。今計算してみたら、けっこう近くに落ちそうですよ、あれ』

「......」

『ルーク?』


 不自然な間があり、突然ルークは立ち上がった。


「艦だ!」

『はい?』

「艦だエダ!あれは宇宙船だ!」

『!?せめて下は履いてくださいルーク!』


 即座に赤い流れ星へとまっすぐ進もうとするルークに一言入れ、エダは再度観測する。カメラレンズの倍率を上げると、確かに人工物らしき凹凸が見えた。

 轟々と燃え盛るそれは向こうの方に聳える壁の奥へと消えていく。直後数百メートルはありそうな水柱が昇り、地鳴りがここまで轟く。


『ダムに落ちたみたいです!』

「行こう!」



 ◇ ◇ ◇



 鉄くずだらけの平野を駆け抜け、途中棲み処のあるクレーターへと風呂用具を投げ捨て、二人は堤防の上に立つ。遠くの山岳地帯から脈々と流れ出て来た地表水が、コンクリートの堤防にせき止められ巨大な湖を作っている。水面には空の色が映っていた。

 首を動かさずともそれは見つかった。藍一色の風景の中、くすんだ鉄の塊がプカプカと浮かんでいる。円錐台の塊はロケットというより小さな潜水艦のようだ。小さいと言っても、人一人はゆうに、もしかしたら二人まで入れそうなくらいには大きい。


「やっぱり...!」


 ルークは湖に飛び込んだ。脱いだ服が縁に垂れかかり、飛沫がかかる。


『ルーク!もう少し慎重に!』


 気遣うエダを引き離し、ルークはあっという間に届く。円錐台の側面には取っ手がついていた。それを掴み、ルークは岸へと引き返した。


『ルーク!』


 ルークはようやく陸地に上がり、エダの再三の呼びかけに答える。


「大丈夫だ、エダ。落ちた場所が良かった。破損は少ない」

『そういうことではなく...!いえ、ですが今はそれより』

「ああ」


 船は沈黙したまま水面を漂っている。中の人物が出てくる気配はない。無人機だろうか。いや、先ほどルークが掴んだ取っ手は、おそらく人の出入りする扉だ。ただの無人探査機であれば、あんな風に人の手で掴むような形である必要がない。

 ルークは再び取っ手に手を伸ばす。改めて近くで見ると、取っ手の付近に細い切れ目のようなものが見えた。ところどころ焦げ跡に隠れてはいるが、切れ目は円形を模っていた。

 取っ手をしっかり握り、ルークはゆっくりと引っ張った。しかし...


「ぬ・ぐ・ぐ・ぐ・ぐ・ぐ...!」


 扉はびくともしない。それでも力を緩めずにいると、期待そのものが水面から離れそうになる。


『ルーク。おそらくロックがかかっています。腕力では無理です。ここはいったん、無線での接続が可能な私のデバイスを取りに戻りましょう』

「むう...」


 エダの助言にルークが不服そうに唸った、その時。

 プーッ、と。波にゆらゆらと揺らぐ機体から安っぽい音が鳴った。

 直後、勢いよく扉が開かれ、中から飛び出た人影が目にもとまらぬ速さでルークの腕をからめとった。


『ルーク!?』

「動くな!」


 人影は宙に浮かぶエダに拳銃を突きつけ、もう一方の腕でルークの首元にナイフをあてがった。あまりにも素早い一連の動作に頭が追い付かないのか、ルークは口を開いたまま何も言えずにいた。


「お前...いや、お前たちは二人か...?そっちのお前は、通信機か?」


 厳かな声音でそう尋ねるのは、ルークとそう年の変わらなそうな少女だった。灰色の髪の少女だった。少女の恰好は、迷彩服の上に分厚い防弾チョッキを着こむという、まるでいくつもの戦場を生き抜いてきた傭兵のような身なりだった。右腰のホルスターにはエダに向けているものとは別の拳銃が収まっていた。

 目つきの鋭い少女はそのまま辺りを見回し、二人に問いかけた。


「おい答えろ!お前たちは二人だけかと聞いている!そもそもっ...ここは、どこなんだ!なんだこの星は!なぜ空があんなにも暗い!」

「は」


 ルークが声を上げた。この状況をまるで意に介さぬような、ただならぬ雰囲気に、少女のナイフを握る手に力が入る。エダはこの状況でなにをするべきか考えるが、何度繰り返しても目の前の拳銃にかなう術が見つからない。

 緊迫した空気の中、ルークは大きく息を吸い、言った。


「はじめましてだぜ!!!」


 空気が、止まった。



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