弟と浴衣
二年の夏休みはテニスサークルの合宿の後、バイト、そして帰省のイベントをこなした。
「兄貴、大学って楽しい?」
三つ下の弟が酎ハイを飲みながらテレビを見ている僕に話しかけてきた。
小学校の時は僕の後ろに引っ付いてよく一緒に遊んでいたが、僕が中学生になるとだんだんと必要なこと以外話さなくなっていた。別に仲が悪いというわけではなく、特に良いというわけでもないごくごく普通の兄弟関係だと僕は思っていた。
「まあ、高校に比べると格段に楽しいぞ。来年末くらいから就職のこと考えていかなきゃいけないけど、単位さえ取れてれば自由も効くし、おそらく人生で一番いろいろなことができる期間だな」
部活が終わり受験勉強に切り替えなければいけない時期なのだが、いまいち切り替えができていないようなことを母親からは聞いていた。
「浪人の一年は地獄だったな~。楽しみもなく勉強の日々。同級生が楽しいキャンパスライフを過ごしているかと思うとよけい三年の時にもっと頑張っていればって後悔したな。親にも迷惑かけたしな」
僕よりも一回り縦も横も大きな弟は神妙に聞いている。野球で日に焼けた肌は真っ黒だ。
「俺、ちょっと部屋に戻るわ」
「がんばれよ」
「兄貴も彼女作りがんばれよ」
一言余計なのは血筋か?
「そういえば……」
一度部屋に引っ込んだ弟が顔を出す。
「兄貴って俺の最後の試合、見に来てた?」
両親とは別で一人で応援に行っていたのだが、見つかっていたのだろうか?
「まあな。最後だったし。お前の豪快な三振を見に行ったよ」
「うっせい! バカ兄貴! 自分だって最後ダブルフォールトで終わったくせに」
嫌なことを思い出させる奴だ。
「まあ……応援に来てくれてありがとうな」
そう言ってまた部屋へ戻って行った。
お盆過ぎに僕はアパートに戻ったのはコウと田所の約束があったからだ。
夏休み直前に滑り込みで彼女を作ったコウが花火大会に僕たちに彼女を紹介すると言ってきた。
僕はコウの彼女に興味があったが、それと共に田所がショックを受けているのではないかと心配だった。
そんな僕の心配をよそに花火大会の日、僕は待ち合わせ場所へ行くと田所が待っていた。
携帯を見るとまだ十分前だった。いつも何分前に来てるんだろうか? 不思議だ。
「いつも早いな。たまには、待った~支度に手間取っちゃってって言ってみたくないのか?」
「そういうのは恋人ができるまでお預けです」
ライトブルーに金魚の浴衣、ピンクの帯に花の髪飾りを付けた田所は冷たい目で俺を見る。
「やっぱり花火には浴衣だな。可愛いぞ。よく似合ってる」
「ほへ! あ、ありがとうございます。先輩たちと花火を見に行くって言ったらお母さんが浴衣にしろってうるさかったんです」
「そういえば田所は着付けできるのか?」
僕は田所の隣に立ち、コウたちを待つ。
「できないんです。今日も美容室にお願いしたんです。文化祭では着物で茶会があるんですよね」
「そう、一年は裏方だけど女の子は着物だぞ。男も二年からは着物だからな」
「じゃあ、たっくん先輩も着物着るんですか? 見てみたい。七五三みたいなんですかね」
田所はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「夏休みおわったら茶会の準備や練習が始まるから、その時に着物での練習もやるぞ」
「なんか楽しそうですね」
一年生にとって初めての大学での文化祭はワクワクするんだろうな。
「そういえば田所。コウたちが来る前に聞いておかなきゃいけないことがあったんだ」
「何ですか? 急にそんな真剣な顔になって」
僕は他の人に聞かれないように田所の耳に手をあてた。
「浴衣ってやっぱり、はいてないのか?」
「たっくん先輩のスケベ! 変態ですか? 死にますか?」
僕はお約束は外さない。たとえドン引きされても。まあ、普段通りの田所に僕はほっとした。
そんな馬鹿話をしているとコウたちがやってきた。




