卵焼きとバイト
「その口紅よく似合ってるね。唯ちゃん」
コウはめざとく田所の鮮やかなオレンジ色の口紅に気がつく。
「ありがとうございます。たっくん先輩にプレゼントしてもらったんですよ」
田所は水色のエプロンをつけながらコウに答える。
「服は脱がなくて大丈夫か?」
「油がはねたら熱いでしょう。って言うか裸エプロンなんてしませんよ。新婚ですか? 死にますか?」
裸エプロン知ってるんだ。新婚ならやるのか?
一時間もすると料理がテーブルに並ぶ。
唐揚げ、ポテトサラダ、ミートグラタン、餃子と卵焼き。ビールに焼酎、お茶やジュースがを準備した。
「たっくん先輩、コウさん誕生日おめでとうございます」
「「ありがとう」」
俺たちは料理に手をつける。
「美味い! 田所って家でも料理作ってるのか?」
「高校に入ったら何故かお母さんが料理を覚えろって半分無理矢理教え込まれたんですよ」
お母さん、田所の女子力に危機感を抱いたんですね。グッジョブです。
「僕たち四月初め生まれは大体仲が良くなった頃には誕生日が終わってるんで、友達に祝ってもらうことが少ないんだよな」
「わかるわ~。来年と言いながら、新年度の忙しさで忘れられるしな」
僕たちはそうそうって二人で盛り上がる。
「先輩たち、来年も誕生会しましょう」
「なんで田所はそんなに俺たちの誕生会にこだわるんだ?」
「あたしの誕生日……一月一日なんです」
「わかった! おまえの誕生会もしっかりやってやる! それまで手作りケーキの練習もしておいてやる」
「先輩、ケーキはお店のがいいです」
「わかった。約束な。しかしこの卵焼きも美味いな」
誕生会から田所は僕の部屋に入り浸るようになっり、自然とコウとも仲良くなった。
春が過ぎ夏になろうとしたある週末、田所はいつものように僕の部屋にゲームをしに来ていた。
「どうした? なんか元気が無いみたいだけど」
いつもはゲームの勝敗に一喜一憂してそのクリクリした目を表情豊かに回しているのに、今日はなんだか心ここにあらずと言った風だった。
「ん~、これってたっくん先輩に相談する内容かわからないんですけど」
ゲームを一休みしてコーヒーを淹れてやる。
「悩みがあるなら聞いてやるぞ。力になれるかどうかはわからないけど」
「もうすぐ夏休みじゃないですか。それであたしもそろそろバイトでも始めようかと思ってるんです」
一年前のことを思い出した。日本一周の資金を貯めるために必死でバイトしてたな。やっぱりこの時期、みんなバイトを始めるのか。
「バイト雑誌見てたクラスのそんなに親しくない男の子が声かけてきたんですよ」
恋愛相談か? それなら人選ミスだぞ。
「ほう、それで」
「いいバイトがあるからどうかって話なんですけど、なんか変な感じなんですよ」
「変なってどういう風に」
「浄水器や化粧品を買って会員になるらしいですよ。会員になって、あたしの紹介で他の人が会員になったらあたしにお金が入るらしいんですね。その人がまた別の人を会員にしたらまたあたしはお金がもらえるらしいんですよ。別に会員を増やさなくてもあたしの紹介の人が商品を買ってもお金貰えるって仕組みらしいんですよ」
田所は腕を組んで言われた説明を一生懸命思い出していた。
「なあ、それって一度セミナーに来ないかって誘われなかったか?」
「誘われました! たっくん先輩知ってるんですか?」
田所はそれまで難しい顔をしていたのがパッと明るくなる。おまえに難しい顔は似合わん。
「それやめとけ。おまえに友達、親戚が多くてその関係を金に変えるつもりなら止めないけどな。よく考えてみろ」
そう言って僕は紙とペンを持ってくる。
「スタートが一人だとするぞ。変えるの一人が十人を会員にする。この十人が次の十人を会員にすると百人。次は千人、一万人、十万人、百万人、一千万人、一億人と八回目には日本の人口だ。その誘った子は何番めだ? 上の一握りしか儲からないぞ。そうすると儲からない紹介した人の不満は直接紹介したお前に向けられるがそれに耐えられるか?」
田所はブルブルと頭を振る。
「そしてセミナーに行くとなんかその気にさせられる。そのためのセミナーだからな」
「先輩~。あたしどうしたらいいですか?」
田所が泣きそうな顔で僕に助けを求めるさまはまるで子犬のようだ。
「他でバイトが決まって忙しいと言ってたセミナーを断れ。心配だったら僕が付いて行ってやる。あと他の友達にこの話をして否定されたら大人しく引き下がった上で自分はしないと言っとけ。その子はもうハマってるから自分で気がつくまで目を覚まさないから」
「先輩~」
次の日、僕は田所に付き合ってその男に会いに学食に行った。
「江島君、この間の話だけど、ほかにバイトが決まったからごめんね」
「大丈夫だよ。田所さん。掛け持ちでも全然できちゃうよ。それにもうすぐ、夏休みだよ。今頑張れば海外旅行にも行けるぐらいお金が貯まるよ」
江島と呼ばれた男はメッシュの金髪に赤ぶちの眼鏡、高そうな腕時計を身につけたいかにもチャラそうな男だった。
「いやそうじゃなくて」
「みんなもうやり始めてるよ。早く始めた方が有利だって、あとから始めようとしたら大変だよ」
江島の押しの強さにたじろぐ田所。
「江島君だっけ? 田所はやらないって言ってるんだよ」
しょうがなく僕は口を出してしまう。
「田所さん、この人だれ? 彼氏?」
江島は胡散臭そうに僕を見る。
「そ、そう! あたしの彼氏。だからバイトと遊びで忙しいの。だからセミナーにもいかないから。よろしく」
早口でそういうと僕の腕を引っ張って立ち去った。
後ろで江島が何か言っているようだったが無視して僕たちは学食を出た。
「おい。もう大丈夫だろう」
人気のない構内のベンチまで来て僕は田所に声をかけた。
「すみません! 先輩、あたしなんかテンパっちゃって」
日差しの強くなってきた中庭のベンチに二人で座る。
「僕は別にいいけど、田所は変な噂立てられないか? 彼氏がいるとか言われると男も寄ってこないし合コンのお誘いもなくなるぞ」
「あ~それは大丈夫です。これまで男の子に言い寄られたことなんてないですし、合コンもそんなに好きじゃないんですよ。むこうは男友達くらいにしか思ってませんよ」
しおらしくしてれば案外と可愛いのにな。
「まあとりあえず変なことに巻き込まれなくてよかったな。あとはなにを言われても無視しとけ。このまま半年もすれば彼、孤立するだろうから」
「なんかそれもかわいそうな気がしますが」
「大人の思惑に乗って友人関係をお金に換えた結果なんだからしょうがないよ」




