9
私が軟禁されていたことは日本で大きな失踪事件として扱われていた。私は記者会見で、迷惑と心配をかけたことを詫び、友達であったアオに助けてもらったこと、今のアオを取り巻く状況について説明し、彼女に救いの手を差し伸べてほしいと強くお願いして席を立った。
身勝手に映っただろうか。しかし、私にとってはそれだけ、アオの存在は大きかった。今まで付き合ってきた友達の中でも一番で、悠一の次に愛しい人間でもあった。
家に着くと、心配と安堵の声で迎えられた。父も母も、そして連絡を受けて来ていた悠一も涙を流して私をひしと抱きしめ、私は彼らと一緒に涙を流してただ謝っていた。私は初めて自分の生き方を後悔した。
大学は冬期休暇がすでに終わっていたが、今回の事を忖度してか、今まで休んだことは気にしなくていい、単位は出席扱いで、試験も後に補習を受けてくれれば特別に免除するということだった。
家で夕食を食べながらテレビを見ていると、私の事件が続報を伝えていた。
私は危うく箸を落としそうになった。
M族の村のボツリヌス菌食中毒の大規模発生を報じていた。警察が駆けつけて発見したときには、既に重症化して助からなかった患者が少なからずいたとの事だった。
発生源は昔教授が持ち寄った自家製缶詰で、子供が盗んで蹴り遊びに使っていたものだった。村を写していた写真の一枚が膨らんだ缶詰を手に歩く少年の母親を写しており、犯人として彼女が逮捕された。引き続き事情聴取を行っているという。
むごい事件だが、女を人として扱わない男子結社的社会だ。恨まれても当然だろうな、と私は空いた食器を流しへと漬けた。
一月ほど後、私の身体に異変が起きた。
吐き気がこみ上げ、洗面所に駆け込む。傍にいた母親に背中をさすられながら、胃の中のものを戻す。
症状が落ち着くと母親に、在学中の妊娠における学業へのリスクと避妊の大切さ、私と悠一の、家庭を持つことに対する認識の甘さを説教された。
リスクなど承知していた。悠一ともその事についてはよく話しあい、決めていたのだ。
私たちは避妊していた。
私は身ごもったのは、ドリの子供だった。
父と悠一には絶対に言わないでくれと母に土下座でお願いし、私は地元から離れた病院で子供を中絶した。父が知れば、必ず悠一にこの事を話さずにはおかないだろうし、悠一が知れば、私に何があったかを知ることになる。これ以上みんなに心配をかけさせたくなかった。
私が研究室を訪れると、今西教授は手招きをした。「まさか僕の缶詰が凶器になるなんてね」とぼやいてはいたが、事件以降のレアメタル採掘と土地開発が軌道に乗っていることに上機嫌な様子を隠せずにいた。
「村はどうなったんですか」
「もうない。あそこにいた村の中心的役割をしていた人はみんな死んだよ。まぁ食中毒がなくとも、警察に鎮圧されて消えたろうね。彼らはやり過ぎたんだ。日巴にとっては目の上のたんこぶが消えたっていう認識さ。知ってるかい? 司法解剖で、年寄連を中心に急性糖尿の症状が出てたらしい。僕のお土産が功を奏したのかな。とにかく、一件落着さ」
「嬉しそうですね」
「食人族が消えたことに変わりはない」
「アオもいなくなったんですか」
「さあね。――そうそう、明石さんが大使に選ばれたとき、外務省ODAの担当の人がいたろう? あの人が明石さんがこの件でニューギニアに悪印象を持ってほしくないから、是非もう一度来てもらって、きちんとしたおもてなしがしたいんだとさ。僕も彼らとは今後ともいい関係を築いていきたいし、明石さんに検討してほしいんだ」
「考えさせていただいてもいいですか」
今西教授の口の端が吊り上がった。
「君は賢い。きっと分かってくれるはずだ」