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 肩をゆすられていた。瞼を開く。

 真っ暗だった。アオの顔が、その闇の中に滲んでそこにあった。

「ユミコ、もう大丈夫だよ」

 私の知っている、アオの玉を転がすような声が優しく語りかけていた。

「アオ……、アオなの?」

 アオが頷く。私は彼女を抱きしめて嗚咽した。

「ごめんね、ユミコ。……本当に、ごめんなさい」

「いいんだよ。殺してだなんて、無理いってごめんね」

 ひとしきりのハグが終わると、アオは肩に下げていた私の荷物を返し、手を取った。

「何処へ行くの」

「この村を離れるのよ。私についてきて」

 日中かまびすしかった動物たちの鳴き声、熱帯雨林の立ち姿、その草いきれ。森の暗闇はそれら全てをその帳で遮断しているかのように、無機質で森閑としていた。とある一方に、暗闇と木々の気配がひしめくその隙間から、小さく赤い何かが見える。かがり火だ。あの先に村があるのだろう。私はアオの手に導かれて、足元に気を付けつつ村を迂回して歩いた。

「男たちは祭のために場所を移動してる。今は家に女と子供たちが残ってるくらいよ」

「じゃあ、今、みんな私たちを探してる最中なのね」

「ユミコは大丈夫だよ。貴方は舌を噛んで死んだと伝えてるの。みんな、私が貴方を解体して、女たちを呼んで一緒に肉を広場へ持っていくのを待ってるんだ」

 身の毛もよだつことをさらりと言うとアオは目を伏せて先へと進んだ。

 不意に視界が開け、車一台分の道が森の前後を分かつように横に流れていた。対面の木々の一部が伐採してくりぬかれ、そこにジープがこちらを向いて収まっている。

 アオは運転席に乗り込むと、いつの間にか手にしていた鍵を差し込んだ。白く丸い光が密林を照らし、ジープは痩せた木々を左右にこすらせながら道を疾走していく。

「これから先、どうしても祭が行われる居場所を通過しないといけないから、飛ばして突っ切るよ。頭を伏せててね」

 私は言うとおり、頭を両手で抱えて低くしていた。

 疾駆するエンジンとタイヤ音にまじって、人の声が聞こえた。それは間もなく叫び声に変わった。私は思わず顔を上げていた。

 視界の先にドリがいた。ライトに映し出された彼の顔は苦悶に満ち、小銃を抱えるように持って何事かを叫んでいる。

 アオのアクセルがより深く踏み込まれた。見る見るうちに彼の姿が迫る。ドリが銃をこちらに構えて叫ぶ。

 強い衝撃に車体が浮き上がる。次の瞬間には、ドリの姿はフロントガラスから姿を消していた。私の思考はしばらく停止し、目の前の光景が背後に流れ去ってゆくのを見つめていた。

 アオのすすり泣く声がして我に返る。彼女はハンドルに額の先をつけるようにしてうなだれていた。私は、アオはドリの事が好きだったのだと確信した。そしてアオの言うとおり、この村では自由に人を愛せないことも。村が人を変えてしまうことも。

 私はアオの頭を撫でながら、彼女のような人間を保護してやれる居場所がないものか思案していた。


 夜が白みだし、地の暗闇を照らすには力不足な満天の星が青と白と黄の中に飲まれて消えていく頃、私たちは街についた。そこの警察署に着くなり、アオはこういった。

「この人は、私たちM族の人間が軟禁していました。きっと、日本大使館に連絡がいっているはずです。私は、彼女を助けるために、村の人を轢きました」

「アオ!」

 彼女の手を取った私の手をもう一方の手を上から重ねて握り返すと、アオは私に穏やかで、しかし寂しい笑顔を向けた。

「悠一さんと幸せにね、ユミコ。きっと、ユミコたちなら……今まで、ありがとう。そして、ごめんね」

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